6-8警察署②

 小会議室のような部屋に案内され、テキトーな席を取った俺たちは早速本題に入った。

「で、犯人を見つけたっていうのはどういうことなんですかね?」

 柔和な表情を崩さず問う雨海あまがいさんに、香子が答える。

「言葉通りよ。犯人に目星をつけて、証拠を集めてきたの」

「んー、証拠って、どういう……?」

 雨海さんは腕を組んで背もたれに寄りかかり、露骨にいぶかしげな表情を浮かべた。

「具体的には取り返した盗品とその時の記録ね」

「ほう……えぇっ⁉︎ 取り返した⁉︎」

 椅子から跳ね起き、身を乗り出して目を丸くしている。心底驚いているようだ。

「はい。ちなみに、取り返した盗品はこちらです」

 俺はそう言って不知火に目をやると、不知火はスッと動き出して雨海さんの手元に取り返した盗品の入った袋を持って行った。

 雨海さんは白手袋をはめて中身をあらためる。

「あぁ、こりゃ、確かに、盗まれた物の中にあったな。ん! このキーボードなんかつい最近被害届が出されたやつじゃないか。エスカルゴデザインみたいな、なんか被害者にすごい熱弁されたやつだ」

 エルゴノミクスデザインだがめんどくさいし訂正はしないでおこう。しかし部長さんはやはり警察でも熱弁をふるったのか。おもしろい人だ。

「これ、どうやって……?」

 雨海さんは目を丸くしたまま尋ねた。やはり香子が答える。

COWOLFカウルフってフリマアプリで出品されてたから買い取ったのよ。受け渡し方法を手渡しにして三人をおびき出し、取り引きの様子を撮影録音してきたわ」

「ちなみにそのデータはこちらです」

 俺が今度は水野さんの方に目をやると、水野さんはやや緊張したおもちでデータの入ったマイクロSDを雨海さんに手渡した。

「以上が、私たちの集めた証拠よ」

「なるほど。すぐに鑑識に調べてもらいます。ところで、このゴミは……?」

 困ったように眉をひそめた雨海さんが手袋をした手でプチプチマットをつまんでこちらに見せた。

「ははっ、ゴミじゃないですよ。証拠の一つです。しかもある意味今日持ってきた中で一番の証拠になる可能性があるものです」

 俺は苦笑いで答える。

「と、言うと……?」

「そのプチプチマット、セロテープがついてますよね。そこから指紋が取れるんじゃないかなと――」

「なるほど! それを現場から出た指紋と照合して一致すれば……!」

 にわかに興奮した様子の雨海さんは、先ほどまでのゴミを見る目とは一線をかくした視線をプチプチマットに向けている。

「それで、私たちはどうすればいいのかしら?」

「んー、とりあえずこれらの証拠品は我々で預かって鑑定をしますんで、もう帰ってもらって大丈夫ですね」

 え? なんか、意外とあっさりしてるな。こんなもんなのか。

「あぁ、それでですね、犯人逮捕に繋がったらこちらからご連絡差し上げますので――」

「ちょっと待って。犯人逮捕に繋がったらって、私たちは犯人逮捕の瞬間に立ち会えないの⁉︎」

「えぇ、そうなりますね」

 雨海さんは笑顔で答える。まあ、仕方あるまい。刑事ドラマじゃあるまいし、俺たちが関わっていい次元の話じゃないからな。

 しかし、香子は納得がいかないようだった。

「私たちが見つけたのよ。証拠まで揃えて、あとは逮捕するだけ。なのに、立ち会うことも許されないの? そんなのいいとこど――」

「悪いが、ここから先は警察の仕事だ」

 雨海さんが香子の言葉を遮った。その表情はさっきまでの柔和な笑顔から一変し、罪を憎む刑事の顔になっている。



 その迫力にされてさすがの香子も黙ってしまい、俺たちはすごすごと退散することとなり、受付で敬礼する雨海さんに見送られて目白警察署を後にした。

「まあ、しょうがねぇよな。雨海さんの言うように、ここから先は警察の仕事だ。そもそも学生のやることじゃなかったしな」

「あぁ、土橋の言う通りだな」

「これ以上危ないことはできないもんね〜」

「……まあ、そうね」

 香子だけはまだ納得がいかないようだ。

「香子、果報は寝て待とうぜ?」

「……わかったわよ」

 たぶんわかってない感じの顔だが、香子は一番意気込んでこの件に首を突っ込んでいたのだからしょうがない。まあ時間が解決してくれるだろうさ。

「俺たちも、これで解散か」

 不知火がどこか寂しそうに呟いた。

「ん〜、でも同じ大学に通ってるんだし、またご飯食べたり、どっか遊びに行ったりとかはしてもいいんじゃない?」

「水野さんの言う通りだな。またなんかあったら集まろうぜ。俺たち、結構いいチームだったろ?」

 俺は不知火にニヤッと笑いかける。不知火は一瞬だけキョトンとした顔をしたが、やがて笑みを返した。

「フッ、そうだな。悪くない」

「だろ? 香子もだぜ?」

「……そうね。考えておくわ」

 香子の言質げんちも取れた。まあそれでどうなるわけでもないけどな。

「……そんじゃあ、またな!」

 俺が手を挙げると、

「あぁ、また」と不知火。

「まったね〜」と水野さん。

「また」と香子。

 俺たちは解散し、それぞれの帰路きろに着いた。



 結構いいチームだった、という俺の感想に嘘はない。特に最後までいた四人は互いに凸凹でこぼこしたところがありつつも、それがぴったりとはまるようなそんな心地よさがあったように感じている。

 寒さがいつもより身にしみるのは、あいつらと別れた寂寥感せきりょうかんのせいだろうか。

 いや、やめだやめだ。センチな気分に浸るのはよくない。犯人探し自体は成功を収めて、うまいこと警察にバトンタッチできたんだ。喜ぶべきじゃないか。そんでもって犯人逮捕の知らせが届いたら――、

「あいつら誘って、飯でも行こうかな」

 俺の独り言は雲ひとつない青空に白い息とともに溶けていった。

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