6-6勝利の宴②

 不知火の案内でやってきた寿司屋は、昼飯時だというのにさほど混んでおらず、十分と待たずに席へと通された。狙っていた座敷席だ。

「ラッキーだったな」

 上着を脱ぎながら不知火がそう言った。

「あん? どういうことだ?」

「この店は結構な人気店だからな。ランチタイムはかなり混雑することもある。こんなにすんなり通されるとは思わなかった」

 おいおい、がっつり並ぶ気だったんかい……。

「そんなことより、意外と綺麗な店舗ね」

「あぁ、何年か前に改装したらしい」

「へぇ。やっぱり人気店だけあってもうかってるのね。地下とはいえ駅近で大通りに面したこの場所だと賃料だけでもかなりしそうなのに、改装の費用が捻出できるなんてね」

 二人ともその辺にしとけ……。おしぼりを持ってきてくれた美熟女店員さんが気まずそうな顔をして話しかけるタイミングをつかみあぐねているぞ……。

「うわ〜、どれもおいしそうだよ〜」

 水野さんがフォローに入った。……いや、ただ単にメニューに心奪われただけのようだ。なんとも水野さんらしい。

 しかしそのおかげか、店員さんがここぞとばかりにさささっと動き、おしぼりを配っていった。



 さて、注文を決めなくてはな。

「どれどれ……」

 ありきたりな感動詞を呟いてラミネート加工されたメニューに目をやる。なるほど、水野さんが心奪われるのも頷けるな。確かにどれも美味しそうだ。まあ「写真はイメージです」なんて可能性もなくはないが、周りの客の食べているのを見る限りそんなことはなさそうだ。むしろ写真の撮り方が下手く……いや、みなまで言うまい。

 うーん、何にしようか。初めての店でメニュー数が多いとどれを頼むか迷ってしまってしょうがない。不知火に聞いてみるか。

「何がオススメなんだ?」

「ん? あぁ、俺はいつもワンコイン丼だ。他にも握りや三色丼なんかも頼んだことがあるがどれもうまかったから、テキトーに選んでも失敗はしないと思うぞ」

 なるほど。全く参考にならん。が、まあいいか。不知火の言葉を信じて三色丼パートツーなる物を頼むとしようかな。

「私はねぎとろ丼にしようかしら」

 頬杖を突いてメニューに目を落としていた香子が呟いた。

 ふと、水野さんがメニューを裏返して目を丸くした。

「えっ、すごい! 穴子ロールだって! めっちゃおいしそうだよ!」

 穴子ロール⁉︎ 魅力的なワードだ。ていうかこのメニュー裏もあったのか。

「そんなのあったのか⁉︎」

 不知火が二度見した。って、お前も知らなかったんかい!

「あたし穴子ロールにしよ〜っと」

 お、俺も穴子ロール食べたい……。しかし、三色丼も捨てがたい……。

 俺はあることに気づいた。メニューの穴子ロールを食い入るように見つめているのは俺だけではなかったのだ。

「なぁ、不知火。二人で一つ穴子ロール頼まね?」

「そ、そうだな。そうしよう」

 決まった。

 というわけで店員を呼び注文を済ませた。

 待つこと二十分。注文の品は全てテーブルに並んだ。客席は満席状態のはずなのに、これはかなりの早業だ。素晴らしい。

 俺たちはさっそく食べ始めた。

 俺の頼んだ三色丼パートツーは酢飯にマグロ、サーモン、びんとろが盛られたものだ。さらに、大量のガリと親指の先くらいの量のすりおろされたわさびが大葉に乗ってど真ん中に鎮座している。わさびを小皿に移し、しょうゆで溶く。それを全体に回し掛けて、いざ実食。

 まずはびんとろのところを一口。とろけるような食感が最高だ。続いてサーモンのところを一口。香り高い甘みがガリとよく合っている。次はマグロのところを一口。赤身だが臭みもなくさっぱりとして旨い! これはいい。リピーターになるかもしれないな。

 さて、次は穴子ロールだ。

 裏巻きにした水菜と玉子の太巻きに、はみ出るくらい大きな穴子を一本乗っけて白ごまをかけた贅沢ぜいたく逸品いっぴんだ。一切れ取って口に運ぶ。

 はぁ……。

 思わず溜息の出るような旨さだ。水菜のシャキシャキ感と白ごまのプチプチした食感がよいアクセントになっている。何よりメインの穴子がとろっとろのふわっふわで美味しい。甘辛い詰めもたっぷりとかかっていて最高だ。

 気づいたらみんな黙々と食べていた。美味しいものを食べると無口になるっていうのは本当なのかもしれない。

「穴子ロール、めっちゃうまくね?」

 俺が沈黙を破ると、

「穴子がぷわっぷわだよね〜」と水野さん。

「俺も初めて食べたがとろけるような柔らかさの穴子とシャキシャキの水菜が絶妙だな」と不知火。

 穴子ロールを食した三人で盛り上がっていると、香子が仲間になりたそうにこちらを見ているようだ。

「香子も一切れ食べるか?」

「べ、別にいいわよ。このねぎとろ丼だって充分美味しいんだから」

 何を強がっているんだか……。

 ピコン。

 スマホが呼ぶ音がした。

 香子がスマホを取り出して確認する。

「ダイビング部からだわ。間違いないって。あと、気づかなかったけど、ゴルフ部からも来ているわね。こちらも間違いなく自分たちのものだと言ってるわ」

 俺たちが待ちわびた言葉だった。

「確認はとれた、か」と不知火。

「じゃあいよいよ?」と水野さん。

「えぇ、警察に行きましょうか」と香子。

 俺たちは目を見合わせ、そして無言で頷いた。

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