6-4作戦の成果

「え、これがさっきの水野歩美……?」

 呆気あっけに取られた見城が俺に耳打ちしてきた。

「あぁ、そうだぞ?」

「かわいい……。お前ホントに何があったらこんな……」

 見城はそれきり言葉を失った。いや、ホントに俺もびっくりしたよ。

「歩美、録音はバッチリかい?」

 天城さんが尋ねた。

「はい! 完璧ですよ〜。コピーしたデータがこれです」

 水野さんはケースに入ったマイクロSDをテーブルにパシッと置いた。そして、よそのテーブルから空いているイスを借りてきて、誕生日席を作って座った。

「ちなみに、あたしノートパソコン持ってきたから、撮影係のみんなが撮った画像とか動画のデータも入れられるよ〜」

 トンボでも捕まえるように人差し指をくるくる回して撮影係に悪い笑顔を送りだした。

 なるほど。その発想はなかったな。警察でコピーしてもらえばいいやとか思っていたが、今コピーしてといてもらうか。うん、そうしよう。

「じゃあ水野さんはその作業をよろしく」

 俺は自分のスマホを水野さんに渡した。

「パスコードはかけてないから、そのままカメラロールからデータ抜き取っちゃって」

「はいは〜い!」

 受け取った俺のスマホをひらひらと振りながら、水野さんは軽い返事をした。落とさないでくれよ……。

「桂介、あなたセキュリティ意識が低すぎるわよ。スマホ落としたらどうするのよ」

 ムッとした顔で腕を組む香子にとがめられる。

 うーん、香子の言う通りなのはわかっているんだが、いちいち解除するのもめんどくさいんだよなぁ……。

「土橋、めんどくさいとか思ってるだろ。自分のためにするんじゃないと思え。お前のスマホには他人の情報も入っているんだぞ」

 思考が表情に出ていたのか、不知火にもなじられてしまった。

 しかし、確かに言ってることは一理どころかくらいあるな。うーむ、しかし、どうするかな。自分は覚えやすくて、でも予測しづらく、俺のパーソナルデータに関係のない数字。考え出すと難しいんだよなぁ……。

「まあ、思いついた時にでも設定しておけ。俺は今自動ロックしないように設定を変更したから、土橋のやつが終わったら同じようにカメラロールから抜き取ってくれ」

 不知火はテーブルの上を滑らせるようにして自分のスマホを投げて水野さんに渡した。

「はいよ〜。あ、龍子先輩もスマホ出してください」

「あぁ、私のパスコードは覚えているかい?」

「はい〜、覚えてますよ〜」

 天城さんもポケットから出した自分のスマホを水野さんに手渡した。この二人、本当に仲がいいんだな。ただの先輩後輩という関係を超えて、信頼を寄せる友人としてお互いに認めているのだろう。

「それじゃあ、水野さんにそれをやってもらっている間に、こっちはこっちで開封作業を続けよう。さっき言ったようにテープの逆側を切るなり破るなりして開けてみてくれ」

 俺が指示を出すと、接触係の三人はそれに従ってプチプチマットを破りだした。意外にも小川さんが一番豪快ごうかいに破っていた。いや、正直に言うともうそんなに意外でもなかったが……。

「……どれも、被害団体からもらった画像に近いわね。キーボードに関しては新品みたいだから傷とかで判別はできないけど、ゴルフクラブや時計はなんとかなりそうね」

 香子はそう言って特徴的な傷がついている部分をカメラに収め、ゴルフ部とダイビング部に送った。まあ、キーボードはそのデザインが特徴的だから既に特定されたと言っていいだろう。



「あの……」

 おずおずと小川さんが口を開いた。

「何です?」

「私、もう帰っても大丈夫ですよね?」

 言うや否や、小川さんは両手で口元を覆って大きなあくびをした。早く帰って寝たいのだろう。普段はベッドから極力出ないようにしているらしいしな。

「まあ、あとは証拠を集めて警察に持っていくだけなので大丈夫ですよ」

「ふぁ〜あ。それじゃ私はこれで失礼します。犯人捕まるといいですね」

 また大きなあくびをしながら、小川さんはちょこっと頭を下げ去っていった。

 捕まるといいですねってめっちゃ他人事のように言ってたけど、あの人被害者の一人だよな……。

「なあ、俺も帰っていいか? 証拠持って警察に行くって言っても、こんな人数でゾロゾロ行く必要ねぇよな?」

「んー、まあ、そうだな。帰っていいぞ。今日は助かったわ。サンキューな、見城」

「おう! じゃあな!」

 見城はそう言って立ち上がり、ひらひらと手を振って帰っていった。



「はい! お〜しまい!」

 水野さんがデータのコピーを終えたようだ。

 三人にスマホが返却された。俺はそれをポケットに戻した。

 一瞬だけロックを設定しようかとは思ったが、やはりめんどくさくなってやめた。まあ、そのうち、な……。

 天城さんもさっさとポケットに戻したようだが、不知火はスマホをいじっている。おそらく自動ロックするように設定し直しているのだろう。

 それはそうと、

「香子、返事来たか?」

 いつぞやもこんなことを尋ねたような気がするが、いつだったか。まあそれはいいか。

「まだ来ないわ。って、さっき送ったばかりよ? 気が早すぎるわ」

 あれ、そうだったか。

 ピコン。

 香子のスマホが鳴った……かと思ったが天城さんのだった。天城さんは四桁どころではない英数字列でロックを解除し、メッセージを確認している。

 さすが大規模団体の長なだけあって、守らなきゃいけない情報が多いのだろう。だから何桁打ったかもわからないようなパスコードを採用しているのか。しかし、水野さんも暗記できるようなもの。不思議だ。一体どういう……。

「みんな、すまない。新歓の関連の話で運常の委員長と一緒に学生課から呼び出されてしまった」

 天城さんは申し訳なさそうに言った。本当に忙しい人だな。

「天城さんも警察に行かなきゃいけないわけではありませんから、どうかお気になさらないでください。ご協力ありがとうございました」

「そうかい? じゃあ申し訳ないけど、私は学生課に行かせてもらうよ。どうなったか、後で教えてほしいな」

 また申し訳なさそうに眉を寄せる天城さんの悩ましい表情に頬が緩みそうになるのをなんとかこらえた。

「もちろんですとも」

「ありがとう。じゃあまたね!」

 天城さんはすっと立ち上がり、荷物を抱えて学生課へと走っていった。



 ふぅ……。なんだろう、急にほぼ半分の人が減って、少し寂しいような……。こういうのを寂寥感せきりょうかんとか言うのだろうか。なんか、違うような気もするんだが……。

 気づけば学生たちのにぎわいは先ほどよりも大きくなっていた。昼飯を食べる場所を求め、食事を乗せたトレーを手に右往左往うおうさおうする学生の姿も散見さんけんされる。

 ついさっきまでは七人で六人席を利用していたわけだが今は四人。しかも俺たちは昼飯を食べているわけではない。席を求める学生たちの視線が痛い。ここ学食において今の俺たちに市民権はない。

 不知火もそんな学生たちの視線に気づいたようだ。

「そろそろ退散した方が良さそうだな」

 不知火の言葉に、香子と水野さんも周囲に目をやった。

「そうね」と香子。

「じゃあどっかお昼ごはん食べに行こ〜。あたしお腹すいちゃったよ〜」と水野さん。

 そうか、そういうことか。先ほどから感じている何か物足りないようなこの感じは空腹感だったのか。

「じゃあ、飯行くかー」

 俺の号令で全員荷物をまとめて席を立った。水野さんが元のテーブルに椅子を返すのを待って、俺たちは昼飯を求め寒空の下へ繰り出した。

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