6-3作戦成功

 ふぁ〜、あったけぇ〜。生き返るぜ。

 深紅堂書店の中に入った俺は、先輩である天城さんを含めた寒空の下で待機している五人に悪いとは思いつつも、一人で暖房の恩恵おんけいきょうじゅした。

 エスカレーターで二階に上がる。ここは実用書とかが置いてある階で、夏に詰将棋の本を買いに一度訪れたことがある。昨今の将棋ブームは目を見張るものがある。特に去年は史上最年少でのプロデビューを果たした棋士が、永世七冠の権利とタイトル三つを保持していた史上最強とうたわれる棋士を含むトップ棋士達を非公式戦ながら次々と破ったり、デビューから公式戦無敗の二十九連勝を飾ったりと将棋界が大きく取り上げられる機会が多かったからな。正直ミーハーな感じがして気が引けたが、指し将棋は全然得意じゃないけどルールくらいは知っている、という程度の俺でもパズル感覚で楽しめる詰将棋をやってみようと思ったのだ。半年近く経った今でもまだ全部は解き切れずに本棚の肥やしになってるけどな。

 帰ったらやってみるかな、なんて余計なことをぼんやりと考えつつ、ガラス張りの壁際まで足を運んで往来を見下ろした。

 うむ。バッチリ見城のいる三角州が見える。思った通り撮影にもってこいだ。あったけぇし。



 時刻は十三時三分。約束の時間は過ぎたが、まだ見城と内山が接触している様子はない。内山には時間を守るという意識もないようだ。見城もしきりに腕時計を確認しては辺りをキョロキョロと見回している。さすがにちょっと怪しい。

 なーんて思っていると五分後、俺たちが来たのとは別の横断歩道から三角州に進入する、竹刀袋のようなぬのぶくろたずさえた汚らしい格好の男が見えた。マスクをつけてはいるが二度見たことのあるあの緑のニット帽は、間違いなくあの男が内山だと俺に言っている。

 俺はスマホのビデオカメラを構え、録画を開始した。

 内山が見城の肩を叩き声をかけた。見城は振り返り、何か言いながらイヤホンを外した。作戦通りイヤホンを手に巻きつけるようにして持ち、内山の方へ近づけた。

 よし、うまいぞ。自然に見える。これならバレることはなさそうだ。

 二人は挨拶を済ませ、何やら和やかなムードで言葉を交わしているようだ。何を言っているかはわからないが、見城の表情からはいつも通りの調子で会話できていることが読み取れる。

 よしよし、このまま何事もなく終わってくれよ。

 俺の願いは通じたようで、内山は布袋を見城に手渡した。見城がそれを開けて中身を確認する。ここから見える限りではちゃんとゴルフクラブのようだ。

 見城はさっき俺が渡した代金入りの封筒を内山に手渡した。内山は中身を確認し、うんうんと頷いた。

 二人は「それじゃあこれで!」という声が聞こえてきそうなモーションで手を振って別れた。

 取り引きは無事成功した。俺は録画を終了し、スマホをポケットへしまった。

 見城がチラッとこちらへ目を向けた。俺はとりあえず頷きを返して、急いでエスカレーターを降り見城の元へ向かった。



「よう、俺の勇姿はちゃんと撮れたか?」

 見城はニヤっと笑って聞いてきた。

「あぁ、バッチリだ」

 俺もニヤっと笑って返す。俺たちは拳を突き合わせた。

 めっちゃリア充っぽい。こういうのはウェイウェイ大学生っぽくて正直心の中でバカにしてたが、まあ、たまには、悪くない。特にこんな気分の時にはな。

「よしっ! じゃあ学食に行こう。他の二組のことも気になるしな」

「おう!」

 俺たちは並んで歩き出した。



 俺と見城が学食に入ると、そこには春休み中だというのに部活をしに来ていると思われる学生たちが意外にも多くいた。昼飯時だからそこそこいるとは思ったがほぼ満席くらいまで埋まっているとは。

 しかし、その中に見知った顔を見つけるのに時間はかからなかった。

 左奥のテーブル席を占拠する四人は間違いなく天城さんたちだ。天城さんの圧倒的なオーラが俺に教えてくれた……わけではなく、昼飯時だというのにテーブルの上に一切食事を広げずに六人席を占拠する四人組はそれだけでとても目立つのだ。

 俺たちが近づくと、唯一こちらを向いて座っていた不知火が気づいて手を振った。それを見て振り返った天城さんは笑顔で迎えてくれた。

「やあ、首尾はどうだった?」

 天城さんのその問いに、俺と見城は一瞬だけ顔を見合わせ、ニヤっと笑って同時に答えた。

「「上々です!」」

「それはよかった。まあ、座って座って」

 天城さんは俺と見城に着席を促した。俺たちは空いている不知火の隣の席に座った。男女が三対三で向かい合って座ると合コンみたいでちょっと恥ずかしい。

「あとは歩美が来るのを待つだけだね」

「はい。その間に盗品であることを確認しておきましょうか」

 俺の提案は受理され、小川さんはダイバーズウォッチが入っているであろう紙の小箱を、見城はゴルフクラブの入った布袋を、香子はキーボードが入っているであろう紙袋をテーブルに置いた。

 それぞれ開けると、クッション用のプチプチマットに包まれたブツが入っていた。

「あ、ちょっとストップ」

 セロテープで留められたプチプチマットを破ろうとする三人を俺は止めた。

「あん? どうかしたのか?」

 見城が首を傾げて尋ねた。

「セロテープは剥がさないようにしてくれ」

「え、なんでですか?」

 小川さんの疑問に香子も頷いている。

「大事な証拠の可能性があるからだ」

 俺の答えに五人は一斉に首を傾げた。

「俺は盗品に指紋が残っている可能性については絶望的に低いと思ってる」

「はあ? 桂介が言い出したんじゃないの。指紋が取れるかもしれないって」

 渋い顔をして香子が非難の声をあげた。

「あぁ、だからセロテープだ」

「す、すまない土橋君。意味が、わからない」

 天城さんはお手上げのポーズをとって言った。もったいつけるのが俺の悪い癖、だったか。反省して今回はすぐに答えを言おう。

「手袋を着けた手でセロテープを貼ろうとすると、手袋にくっついて貼りづらいんです。だからたぶん、犯人もセロテープを貼る時だけは手袋を外したんじゃないかと思うんですよ」

 俺の示した可能性に、五人は目を見開いた。

「そうか……!」と不知火。

「なるほど!」と小川さん。

「その発想はなかったな」と天城さん。

「……やるわね、桂介」と香子。

「お前、昔っからそういうことよく気付くよなぁ」と見城。

 口々に褒められ、ちょっとくすぐったくなった。

「まあ、そういうことだから――」

「おっまたせ〜」

 俺の言葉を遮って、元気な声が飛んできた。

 声の方向に全員が目を向けると、そこに立っていたのは満開の笑みを浮かべた水野さんだった。

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