5-4深謀遠慮

「ところで香子、返事来たか?」

「いいえ、全く。それどころか既読すらつかないわね」

 春休み期間だからな。それぞれ部活なりバイトなりで忙しいのだろう。小川さんもさっき練習に行ってたし、天城さんも無理矢理時間作ってくれてるだけだしな。暇なのは俺たちくらいか。

 しかし、盗まれた物がわからないのではこれ以上動きようもない。どうしたもんかと思っていると、天城さんが口を開いた。

「なぁ土橋君。まだ了解は得られていないけど、とりあえず小川さんと見城君の二人も頭数に入れることにして、人員配置はどうするつもりなのか聞いてもいいかい?」

 そうか、それを話してなかったな。

「それも考えてありますよ。まず、犯人に接触する三人は香子、見城、小川さん。それを撮影して記録する三人は俺、天城さん、不知火。本部で録音しておく一人は水野さんです」

「えぇ〜⁉︎ あたしが本部⁉︎ なんで⁉︎ 龍子先輩じゃないの⁉︎」

 水野さんが素っ頓狂な声をあげた。

「あぁ、天城さんには取り引きの現場にいてもらいたいからね」

「そうなの? 撮影係なんてあたしでもできると思ったけど……?」

 まあ一般的にはそうだな。一応の役割は遠目から取り引きの様子を撮影するだけだからな。しかし、

「ほら、天城さんだったら取り引きの時に万が一もめるようなことになったとしても、どうにかできるだけの能力があるでしょ。不知火と同じ理由の配置だよ」

 さすがにもめ事になるようなことは絶対無いとは思うけどな。念には念を入れておこうかなって程度の配慮だ。

「なるほどね〜。え、じゃあ本部ってこの部屋じゃないの?」

「もちろん。この部屋は文化部常任委員会の部屋だぜ? 天城さんのみならずこの部屋まで借りるなんて図々しいこと、たとえ天城さんが許可してくれたとしてもやらないよ。それに、天城さん不在の折には副委員長さんがここにいるはずだけど、その場合はさっきみたいに他の委員たちが入ってきて、仕事の話をすることもあると思うんだ。そうなると録音には不向きだし、何より仕事の邪魔だろ?」

「あぁ〜、それもそうだね〜。あれ、じゃあどこに本部を置くの?」

 水野さんは頭を斜め四十五度に傾けた。

「水野さん、一人暮らしなんだよね? 自宅を本部にしちゃえば、当日は自宅待機できるし、ちょうどいいんじゃないかって思――」

「だ、ダメだよ〜。うちはみんなを呼べるような部屋じゃないから……」

 水野さんは俺の言葉を遮って、両手を顔の前でバタバタと振った。本部にするって、そういう意味じゃないんだけどな……。

「いや、歩美。作戦内容からすると、私たちが歩美の家に行くわけじゃないと思うぞ。そうだよね、土橋君?」

「えぇ、天城さんの言う通りです。便宜上、本部って言いましたが、そこにみんなで集まったりはしません」

 俺は苦笑いして答えた。

「え、あ、そうなの? へへっ、焦ったよ〜」

 頭をポリポリと掻いて、水野さんは照れ笑いを浮かべた。まあ気持ちはわかるけどな。俺も正直こいつらを一人暮らしの家にあげたくはない。そもそも昨日知り合ったばかりで、俺たちはまだそんなに仲が良いわけじゃない。

「じゃあ、そういうことで、大丈夫?」

 俺がそう聞くと、水野さんは親指を立て、ウインクまでつけて「うん! りょ〜か〜い!」と快諾かいだくしてくれた。

「んじゃ、水野さんはいいとして、他には何か質問とかありませんか?」

 俺がそう聞くと、香子が口を開いた。

「さっき、もめるようなことがあってもどうにかできるだけの能力があるから天城さんを撮影係にしたって言ってたわよね。何か武道でもやっていそうな天城さんや銀はいいとして、桂介が用心棒を兼ねられるの?」

 なんて当たり前のことを聞いてくるんだこいつは。

「無理に決まってるだろ」

 胸を張って堂々と答えた。

「そんな自信満々に言わないでよ」

 香子は口を尖らせ、顔をしかめた。しょうがないだろう。俺は生まれてこの方、一度も喧嘩すらしたことがないんだからな。武道経験だって、体育の授業で柔道をちょびっとやらされたくらいだ。そんな俺が用心棒になれるわけがない。

「まあ基本的にもめ事になんかならないとは思ってるからな。それに俺は見城と組むつもりだから、万が一何か起こったとしても男二人だし何とかならなくても諦めがつくさ」

「なるほどな。女子なのに犯人に接触しなくてはならない風岡と小川さんに万が一が起こってしまって、しかも何とかならなかったら責任がとれないから、確実な護衛をつけておこうということか」

「そういうことだ」

 銀の言葉に、俺は大きく頷いて答えた。

「私と不知火君は責任重大だね」

 天城さんが少しおどけてそう言った。

「えぇ。しかし、土橋はこう見えて深謀遠慮しんぼうえんりょ策士さくしですね」

「ははっ、そうだね」

 ふ、二人とも、それは褒めているのか……? なんかバカにされているような気がするな。二人には俺がどう見えているのか、小一時間ほど問いただしてやりたいものだ。

 ピコン。

 誰かのスマホの通知音が鳴った。

 方向、タイミングからして香子だろう。みんなの視線が香子に集まる。

「……ゴルフ部からの返信よ。ほら」

 香子はそう言って、スマホの画面を俺たちに向けた。

 しかし俺はいいとして、他の三人はそこそこ距離があって見づらそうにしている。それを察してか、香子は読み上げた。

「とりあえず『マグヌス』と『ドライバー』で検索すればでてくるらしいわ」

「マグヌスってなんだ……?」

 俺は聞きなれない言葉に引っかかってしまった。

「私だって知らないわよ。ゴルフ業界では有名なブランドかメーカーなんじゃないの? なんにせよ、それで検索すればいいって言ってるんだからわからなくてもいいじゃない」

 ふむ、それもそうか。

「それから、打撃面に多少の傷あり、だそうよ。画像も添付されてるわ。しかも底値ドットコムのね」

 なんと……!

「ってことは底値を調べる手間が省けたな。早速COWOLFカウルフで調べてみようぜ」

 俺は喜び勇んで号令をかけた。

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