5-3第六、第七の人物

「私も気になることがあるわ」

 香子が口を開いたものだから、何を言われるかとドキッとしたが、どうやら話の本筋に関することのようなので、ホッと胸をなでおろした。

「なんで三つだけ落札するの? 全部抑えればいいじゃない」

「あぁ、それは、三つより多いと人手が絶対に足りなくなると思うからだ」

 俺は肩をすくめて、お手上げのポーズをとって言った。

「だったら、一つでもいいじゃない。それにわざわざ同日・同時間帯を指定するのは矛盾してない?」

「それは仕方ないんだよ。俺たちが犯人と見ている広告研究会の残党は三人組だって話はさっきチラッとしたよな。だから、三人全員の関与を証明しないといけないんだ。それにあいつらが犯人だとしたら、そのうちの誰かが現場に指紋を残しているんだろ?」

 香子は目を見開いて、アッという表情になった。フッフッフッ。香子に一矢報いてやったぞ。

「忘れてたわ。なるほど。三人の指紋を手に入れて、警察に照合させるのね」

 そういうことだ。

「その窃盗犯、指紋残してたのか。何というか、非常に詰めが甘い奴だな」と不知火。

「でも、そういう犯人像も、広告研究会の連中なら合致するね」と天城さん。

「たしかにそうですね〜。なんか頭悪そうでしたし」と水野さん。

 み、水野さん……。それただの悪口……。まあ、いいか。実際その通りだし。

「あれ、ところで、広告研究会に面が割れてない三人って、誰だい? 私は論外として、歩美と不知火君も昨日ガッツリ顔を見られているから、残りは風岡さんと土橋君だけなんじゃ……?」

 おや、バレてしまったか。さすがは天城さん。

「あれ、ホントだ! 土橋くん、大丈夫なの⁉︎」

 水野さんはムンクの『叫び』みたいな顔をして、頭を抱えている。そんなに困らなくても……。

「全く気付かなかったが、よく考えてみたら少なくとも、犯人に接触するのに三人、その瞬間を画像または映像に収めるのに三人、本部で録音をするのに一人で、合計七人は必要になる。俺たちは五人しかいないんだぞ。作戦は実行可能なのか……?

「桂介、どうするのよ……」

 その辺も大丈夫なんだ。俺はちゃんと考えてある。

「まあまあ、落ち着け。俺たちには、まだあと二人、協力してくれそうな人物がいるんだよ」

 自信満々に言い放ってみる。

「えっと……土橋君。それは、誰なんだい?」

 天城さんは疑わしげな表情を顔に浮かべている。

「天城さんたちはご存知ない人達です。一応、香子だけは知っています。香子の友人でこの盗難事件の被害者の一人、文学部日本語日本文学科一年の小川楓さんと、俺の高校時代からの友人、経済学部経営学科一年の見城です」

 …………。

 まあ、そりゃ、誰だよってなるよな……。わかってはいたが、いざ場が静まり返ると、悪いことをした気分になって結構ツラい。

「楓が、協力してくれるの……?」

「あぁ、そう言ってた」

 さっき偶然会った時、確かに「私に協力できることは何でもしますから」と言っていた。事情を説明すれば協力してもらえる……はずだ。いや、してもらうぞ、絶対。

「あら、そうなの。じゃあ楓も犯人に接触する役にできるわね。それはいいとして、見城って誰?」

 見城……、お前って奴は、なんてびんな男なんだ……。名前すら覚えてもらえていないなんて……。

 まあ会ったこともないんだからしょうがないか。

「俺の高校時代の同級生だよ。そいつも学桜館に進学してて、今は文芸部員だ。俺と香子が初めて会った時、俺が本を返そうとしてた相手だよ」

「ふーん」

 うわっ、すっげぇ興味なさそう。

「土橋、その二人は――」

 コンコンコン。

 不知火の声を遮るように、ノックの音が飛び込んできた。

「ちょっと失礼するよ。どうぞ!」

 天城さんは俺たちに一言断りを入れて、外の人物を招き入れた。

「失礼します」

 ガチャッ、ギイィッ。

 ドアを開けて、一人の女子学生が入ってきた。

 天城さん以外の四人はその子と軽く会釈えしゃくを交わした。

「すみません、お話中のところ。ここに、どうしても急ぎで委員長の印鑑が必要でして……」

 その子はそう言うと、手に持った紙束をめくり、右上のあたりを指し示した。

「そうかい。じゃあ、持ってきて」

 天城さんは右手でその子を手招きしつつ、左手で引き出しから判子を取り出した。紙束が手渡されると、パッと目を通し、押印する。紙束を返す時には、「ご苦労だったね。引き続き頼むよ」と労いの言葉を添えた。

 なんだろう、この素敵な上司感。一歳差とは思えない……。

「では、失礼しました」

 目的を果たしたその子は、ペコッと一礼して帰って行った。

 そういえば天城さん、文化部常任委員会の仕事でここを離れられないって言ってたな。今更ながら申し訳なくなってきた。

「すみません、天城さん。お忙しいのにこんなことに巻き込んでしまって」

「いやいや、明日までだから大丈夫だよ。明後日になれば副委員長が旅行から帰ってくるから、彼に任せられる」

 そう言って天城さんは副委員長の席を指差した。

 そうなのか。じゃあ犯人との接触は明後日以降に実行することにした方がいいな。

「あの、話を本筋に戻してもいいですか?」

 先ほど途中で話を切られた不知火が言った。

「あぁ、悪かったね。続けてくれたまえ」

「はい。で、土橋、その二人は本当に協力してくれるのか?」

「あぁ、大丈夫だ。特に見城は、こういうのを結構面白がって協力してくれるやつだからな」

「じゃあその見城くんって人は協力してくれるとして、小川さんだっけ? そっちは本当に協力してくれるのかな。なんでも協力するって言ってたらしいけど、犯人と接触してもらうかもって言ったら怖がりそうだけど」

 水野さんが、当然といえば当然の疑問をていする。だが、俺は自信満々に答えられる。

「それは全く心配してません。大丈夫なはずです」

「なんで桂介が楓について、そんな風に言えるのよ」

「言えるさ。忘れたとは言わせないぞ、香子。お前が最初に俺に声をかけた時、犯人とおぼしきやつに片っ端から声をかけていくとかいう雑な作戦に、小川さんは協力していただろう。ラクロスのラケットを持って女子トイレに隠れて、香子が犯人に襲われたら助けに入る役だったろうが」

 香子は露骨にギクっとして、「そ、そういえばそうだったわね……」と言わんばかりの反応を示した。フッフッフッ。今日の俺はえてるな。

「というわけで、見城には俺から頼んでおくから、香子は小川さんによろしく言っといてくれ」

「わかったわ」

 香子は首を縦に振った。

「しっかし、土橋くん……」

 しばらく黙っていた水野さんが口を開いた。

「ん?」

「犯人と間違えられてたんだね……」

 み、水野さん、それは気づかないでほしかったな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る