第五章

5-1COWOLF

「クッ、フフッ。ハッハッハッ」

 棚やテーブルのせいもあって決して広くはない部室に、天城さんの笑い声が響いた。

「おもしろそうだね、土橋君。その話、私は乗らせてもらうよ」

「ほ、本当ですか⁉︎ ありがとうございます!」

 よかった。権力的にも能力的にも頼りになる天城さんの助太刀をもらえるのは大きい。

「龍子先輩が協力するならあたしも協力します。何ができるかわかんないけど」

「いやいや、人手は多いに越したことはないから助かるよ」

 水野さんだってこの先の作戦に欠かせない貴重な戦力だと、俺は本当に思っている。俺はチラッと不知火に視線を送ってみた。腕を組み、思案顔をしているこいつにも是非とも協力してもらいたいんだがな。

 ふと、視線を上げた不知火と目が合った。

「土橋。そんな目で見なくていい。二人が協力するというなら、俺も協力しないわけにはいかないだろう?」

 不知火はフッと笑って言った。

「おぉっ! そうか。ありがたい」

「あぁ。何より、本当に窃盗まであいつらのわざだったら、もうばなしにしておくわけにはいかないからな」

 同感だな、あんならちな輩は許しておけない。

 これで三人の協力が得られることが決まったわけだが、ここで香子が口を開いた。

「ねぇ、桂介。三人とも協力してくれるのはありがたいのだけれど、私たちはまだどう動くかは決めてないのよ? 何か策はあるの?」

「おう、あるぜ。もちろんだとも」

 策もなしに人数だけ増やそうとしたわけじゃない。

 長くなるかもしれないから、俺は椅子に座り直した。不知火と水野さんも座り直して聞く姿勢になったのを見て、俺は話し始めた。

「まず、俺の推理が正しければ、犯人は盗んだものを金に換えようとしてるよな。どうやって換金してると思う?」

 あえてクイズ形式を取ってみる。

「リサイクルショップに売ってるとかだと思ったけどね」と天城さん。

「もしくは質屋に質入れとか?」と香子。

「それぞれの専門店的なところとかは?」と水野さん。

「盗品とわかっていても売れるような闇サイトとかもあるな」と不知火。

 不知火のはツッコミ待ちなんだろうか。俺はなんにでもツッコんでやるほど軽い男じゃないぞ。

 その他はいい線はいっているが違う、と俺は思っている。

「たぶん、そのどれでもない」

「なんでよ」

 香子が不満気な顔をして俺に問う。

「まず水野さんのあげた、それぞれの専門店っていうのは、それ自体はあるだろうけど中古買取までやってるところってなると数が減ってくる。それに、いちいち売る場所を変えなきゃいけなくなって面倒だ。だから、非常に捌きにくいってことで却下だ」

「あぁ〜、なるほど〜。残念!」

 水野さんは口ではそう言ったが、うっすらと笑っているような表情や語調からは、大して残念さは伝わってこない。

「次に、香子のあげた質屋だ。これはそこら中にあるだろうが、さすがにタイヤチューブだとかサドルだけじゃ質種しちぐさにしてくれないんじゃないか?」

「うっ、確かに……。悔しいけど、その通りね」

 香子は口をとんがらせて、本当に悔しそうにしている。

「それで、天城さんのあげたリサイクルショップっていうのについてですが。これも質屋と同じようにかなりの数があるでしょうし、売る場所は一つ店舗を決めればそこを使い続けられるので、可能性としては、比較的高いと思います。しかし、そういった店は自分たちの利益率をあげるために、できる限り安く買い叩こうとするので、換金率が非常に悪くなります。犯人はもっと換金率の高いところを使いたいはずなんですよ。それに――」

「盗品に注目すると、タイヤチューブやサドル、ペダルと特殊なものばかりだから扱ってくれるかどうかということと、仮に扱ってくれたとしても、あまり頻繁ひんぱんに利用すると物が物だけに目立つから、店員に顔や名前を覚えられる危険性がある、かい?」

「は、はい。そうです」

 思わずドキッとした。天城さんに、言おうとしていたことをあまりにもピタリと言い当てられてしまった。さすが鋭いお方だ。

「それはわかるんだけどね。土橋君の言うような、一つの場所で何度も売れて、店員には顔や名前を覚えられる心配もなく、サッカーのスパイクのように買い手の多そうな物からタイヤチューブやサドルのようにニッチな物まで幅広く取り扱っていて、利益のために安く買い叩こうとしない店、なんてあるのかい? ちょっと私には思いつかないね」

 天城さんの言葉に、水野さんと香子も頷く。

「思いつきませんか。でも確かにあるんですよ。店ではないんですけどね」

「店じゃないってどういうことなの?」

 水野さんは前のめり、いや、横のめりになって俺に尋ねる。興味津々のご様子だ。ちょっともったいつけたくなる。

「ここ数年で急激に市場しじょうを拡大しているってテレビで特集されたこともあるんですよ?」

「桂介、そうやってもったいつけるの、あなたの悪い癖よ? 早く言いなさい」

 まだ出会って日も浅い香子にそんなこと言われる筋合いは無いのだが、確かにそうかもしれないので、俺は間をとって大ヒントを言うことにした。

「最近CMで、狼の主婦が『これで私物を売ってラクラクお小遣い稼ぎ』とか、牛の女の子が『これで買う方が安くてお得なのよ〜』とか言ってるの聞いたことないか?」

「あ! それあたし知ってる〜! でもなんだっけ?」

 水野さんは本当にいい反応をしてくれる。しかし、他の三人にはピンときていないようだ。

「あっ、わかった。『誰にでも楽々簡単! 持ち物を売ってお金にしよう! 安く買って買い物上手!』ってキャッチコピーのフリマアプリ、COWOLFカウルフでしょ!」

 水野さんからCOWOLFカウルフの名前が出て、ようやく三人にもわかったようで、あぁ、という感嘆詞かんたんしが聞こえてきた。

「なるほど。確かにフリーマーケットならどんなものでも基本的には自分たちの言い値で売れるね」と天城さん。

「それにあのアプリってたしか、設定したエリアが同じなら、商品を手渡しにすることもできるのよね。手渡しにしてしまえば客側に自分の住所とかが証拠として残ることもないわね」と香子。

 そう。全くその通りなのだ。俺の言うことがなくなってしまった。だがまあ、わかってくれたからいいか。

「なぁ……」

 しばらく黙っていた不知火が口を開いた。

「俺の出した闇サイ――」

「論外だ」

 久しぶりに喋ったのに途中でさえぎって申し訳ないが、事は深刻だからな。許せ、不知火。

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