3-6不思議なお茶会の終わり

「あぁ、それで、その子はなんとか逃げ出したらしくて、ミスコンを辞退してうちに相談に来たらしいんだ。本当のところはよくわからないんだけどね」

 まあ、実際になんかされてたとしても、それを言いたくはないだろうしな。天城さんは実際に話を聞くうちに何かを察して、こういう言い方をしているんだろう。広告研究会め、許しがたい暴挙ぼうきょだな。

「私たちは早速動いた。セクハラの物的証拠自体はなかったんだけど、そんなの残るわけないからね。そこで、他の参加者たちにも聞き取り調査をしたんだ。そうしたら同じような話がでてきてね。おそらく実際にそういう行為は毎年のように行われていたんだろうということがわかった。ただ、いかんせん物的証拠がないのがあまりにも大きかった。文化部常任委員会も証言だけではさすがに処分は下せない」

 痛いところだな。物的証拠もなしに解体処分なんか下したら、権力の横暴だと叩かれかねない。しかしこのまま野放しにしておくには、あまりにも悪質で、許しがたい団体であることには違いない。

「だが、このタイミングでとある団体から、広告研究会が部室でタバコを吸っているようだと通報があってね。実にちょうどよかった。広告研究会は過去に四度、部室内での飲酒、喫煙等の違反行為で、文化部常任委員会から厳重注意を与えられていてね。正直、私は四度も繰り返されているというのに、厳重注意程度で済ませてきた過去の委員長たちは甘すぎるとは思ったがね。まあ今回はそれが使えると私は考えた」

 セクハラ疑惑に、部室で飲酒喫煙って……、なんというか、もうあれだな。しょうのデパートだな。

「それで、部室内での喫煙を理由に過去の警告と合わせて広告研究会の解体に踏み切ったんだ」

「う〜ん。それなら、広告研究会の自業自得ってやつじゃないですか? なんで龍子先輩が恨まれるんですか?」

「歩美の言うことはもっともだけどね、解体された側の人間の中にはそうは考えられない者もいるんだよ。特に、ミスコングランプリをチラつかせてセクハラしようなんてふざけた発想の馬鹿どもならね」

 天城さんの言う通り、こういう異常な人間は普通の人間ならありえないような考え方で逆恨みするものだ。その辺は深く考えても時間の無駄というものだろう。俺たちには到底理解できるようなものではないのだから。

「さて、これが今回の一件の背景だよ。みんな巻き込んでしまってすまなかったね」

 天城さんはそう言って締めくくった。



 その後は、天城さんがひたすら残ったドーナツを食べるのを俺たち三人が見守りつつ、たわいもない世間話をした。驚いたことに、天城さんはあの山盛りのドーナツをあれよあれよと言う間に完食してしまった。あの引き締まった体のどこにそんなスペースがあるというのだろうか。

 まあ何はともあれ、これにてお開きということになったが、これも何かの縁ということで、俺たち四人は連絡先を交換しておいた。俺はどうかわからないけど、不知火と水野さんはあの三人組に完全に顔を見られたから、今後何かトラブルに巻き込まれる可能性も考慮して、その時は情報共有することになった。

 さて、会はお開きになったものの、俺以外の三人は電車を使うらしく、わざわざ俺だけ別の道を行く理由は無かったので、駅までは一緒に行くことにした。その道すがら、俺はあることをふと思い出して、天城さんに聞いてみた。

「天城さん、さっき、なんであの三人組にあんなにぜんと振る舞えたんですか? 見物人がいたとはいえ、あいつらが逆上して暴れ出してたら、どうしてたんですか?」

 この疑問に答えたのはなぜか不知火だった。

「その時は、水野さんを守るためにあの三人を制圧しただろうな」

「いや、制圧って……。不知火はできるかもしれないけ――」

「いいや、できる。天城さんならな」

 不知火は俺の言葉をさえぎって、そう断言した。

 なんでそんなことがわかるんだ。初対面だろ。

「天城さんの手を見なかったか?」

 不知火はさらに謎をかけてきた。

 手? よくわからんことを言うやつだな。

「見たけど、それが?」

「見たけどわからなかったか。なるほど」

 おそらく今、俺はバカにされたのだろう。

「手の指の付け根のところ、拳の頭の部分にタコができていたんだ」

 うーん、言われてみればまあ、そんな気がしないこともない。無駄に否定語を重ねるくらいには薄い印象だが、確かに白い肌には似つかわしくない色になっていたような覚えはある。しかし、

「それが、なんなんだ?」

 俺にはまだよくわからない。

「拳ダコって言ってな。拳を鍛えている証だ。おそらく、空手などのしゅくうけんを修めているんだろう」

 ほう。拳ダコ。聞いたことないな。そんな勲章くんしょうみたいなのがあるのか。

「うん、不知火君の言う通り、私は空手二段だ。拳ダコは女の子っぽくなくて恥ずかしいけどね」

 前を歩いていた天城さんが少し照れたように言った。

「いえ、その手は大事なものを守るために鍛錬たんれんを積んだ者の手です。誰に恥じることもない立派な手です」

「ふふっ、そうかい? そう言われると嬉しいね」

 不知火のフォローに、天城さんはさらに照れくさそうにした。

 立派な手、か。その通りだな。実際さっきも水野さんを守っていたのだから。

「ちなみに高校生の時の文化祭で、空手部の男子が演武で板割りに失敗しちゃったのを見て、空手部員でもないのにギャラリーから飛び入り参加して、一撃でその板を割っちゃったんだよ。すごいよね〜」

 そう言って、水野さんはパンチを繰り出すような身振りをした。

 すごいな。俺には真似できそうにない。痛いのはごめんだ。

 天城さんの強さに感心したところで駅に着き、新宿に実家のある天城さん、同じく新宿に一人暮らしをしている水野さん、千葉のもとわたに実家のある不知火の三人と別れ、俺は来たときと同じように歩いて帰った。



 自宅に戻った俺は、買ったものを袋から出すこともせずにそのまま玄関に放置した。久しぶりに長い時間歩き回ったせいか、身体がかなり疲れていたのだ。俺はコートすら脱がずに疲れた身体をベッドに横たえた。

 あぁ、このまま眠ってしまいそうだ。

 そこまで思ったところで、俺の意識はなくなった。

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