3-4自己紹介
「あ、ところで、すっかり忘れていたんだがまだ名乗っていなかったね」
歩美さんがドーナツを一つ食べ終わるより早く二つのドーナツを平らげた天城さんが、
そういえばそうだった。天城さんとか歩美さんとか勝手に聞こえた名前で呼んでいたが、正式な自己紹介はまだだった。しかも俺たち
というわけで、自己紹介タイムが始まった。最初は天城さんだった。
「私は
天城さんはそう言ってニコッと一瞬笑った後、次のドーナツにかじりついた。すごい食欲だ。
「あ、そうそう。ちなみに誕生日は八月八日だぞ」
そう言いながら、天城さんはリングドーナツを両手に二つずつ、アラビア数字の八の字に見えるように持って、俺と長身の男に突きつけた。
こ、これは、一体どう反応したらいいのやら……。
俺は助けを求めるように長身の男にチラッと視線を送ると、長身の男もまた助けを求めるように俺を見ていた。
どんな反応を期待していたのかわからないが天城さんは満足したらしく、手に持ったドーナツをトレイに置いて食べかけのドーナツをまた食べ始めた。
うーん、なるほど、おちゃめ機能も
まあそれはおいておくとして、天城さんは二年生なのか。だから歩美さんは敬語で話してたんだな。
次は天城さんの隣、俺の真正面に座っていた歩美さんが自己紹介を始めた。
「あたしは経済学部経営学科一年の
ふむふむ。水野歩美というのか。では、水野さんと呼ぶことにしよう。香子のように、初対面でいきなりファーストネームで呼べ、なんて言う人は少ないだろうからな。……あいつ、やっぱり変だよな。
「ちなみに龍子先輩とは同じ高校で、その頃からいろいろお世話になってま〜す」
そういうことだったのか。学年も学科も違うのになんでこの二人が知り合いで、しかもこんなに仲がいいのか不思議だったが、高校時代からの付き合いなのか。
なんて一人で納得していると、全員の視線が俺に集まっていた。いや、天城さんはドーナツと俺を四対一くらいの割合で、チラッ、くらいにしか見ていなかったんだが、まあともかく、流れ的に次は俺ってことだろう。
「俺は土橋桂介で、経済学部経営学科の一年です」
一日ぶり二度目の自己紹介だ。こんな頻度で自己紹介なんてしたことないぞ。なんか、今が人生で一番アクティブな時期なのかもしれない。
まあ、それはいいか。そんで最後は長身の男の番なわけで、俺にとっては一番謎な人物だった。
「俺は
同期なのか。いや、それより気になるのは不知火という名字の方だ。かなり珍しく、日本におそらく何世帯もないような名字だ。俺は格闘ゲームの登場人物、つまり架空の人物として一人知っているだけだ。実際に不知火という名字の人間に会ったことはなかった。まさかこんな所で、こんな形で会うことになろうとは夢にも思わなかった。
「へぇ、不知火君ね。そんな名字の人に会うのは初めてだよ。横綱の土俵入りの型みたいな名前だな」
横綱の土俵入りの型に名前があるのは知らなかったが、天城さんも相当驚いているに違いない。なにせ、あの天城さんが一度かじりついたドーナツから口を離してそう言ったのだから。
「しらぬいって……どういう字書くの?」
水野さんはそもそも不知火というものを知らないらしい。まあ珍しい読み方だから知らなくてもしょうがない。俺も最初に不知火という字を見たとき、読みがわからなかったからな。逆もまた
「不意打ちの不に、知るの知、それと火災の火で、不知火だ」
不意打ちや火災なんて言葉を自分の名字の説明で使うやつもまた、俺は初めて会った。この男、おそらく変人の部類に入るのだろう。しかし、とりあえず水野さんは不知火の物騒な、もとい、丁寧な解説で理解が及んだようで、
「へぇ〜、なるほどね〜。じゃあ、知らない火、知らぬ火、からの不知火ってことか〜」
そう言って腕を組んで、ふむふむと頷いている。
そこには気づくのか。
まあそれはそれとして、名前はわかったし、さっきのこと聞いてみようかな。今のところこの四人には他に共通の話題はないしな。
「あの、さっき、天城さんと水野さんはなんであいつらに絡まれてたんですか?」
「それは俺も気になりました。ナンパがこじれたって感じじゃなかったようですよね」
そう。不知火の言うように、なんらかの
「ふむ。まあ、二人には助けてもらったし、歩美は訳も分からず絡まれて怖い思いをさせてしまったし、話した方がいいだろうな」
歩美は訳も分からず、ってことは水野さんはあいつらのターゲットじゃなかったのか。天城さん個人のもめごとだったんだな。
「どこから話そうかな。まあでも、とりあえず長くなると思うから、心して聞いてくれ」
天城さんはそんな前置きをして語り始めた。
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