3-3不思議なお茶会の始まり

「なんでも好きな物を選びたまえ。今日はちょうど全品百円セールみたいだし、遠慮えんりょすることもないぞ」

 天城さんはドーナツ屋に入るや否や俺たち三人にそう言うと、自分の世界に入ってしまったようで、キリッとしたさっきまでの顔をゆるませてドーナツを選びだした。その顔は、そうだな、るんるん顔と形容するのがちょうどいいだろう。さっきまでと同一人物だとは思えないほどに、ただただかわいい。麗人の意外な一面を垣間見た気がした。まあついさっき初めて会ったばかりだからどっちが意外な一面なのかわからないけどな。

 歩美さんも天城さんにくっついて、あれやこれやとドーナツを選び出した。

 さて、俺はさっきポテトとシェイクを食べたばっかりだから、ホットコーヒーだけいただこうかな。

 なんて考えていると、

「うーむ。いろいろあって、よくわからないな……。どれかオススメはないか?」

 長身の男はこういう店は初めてらしく、俺の肩をちょんちょんと突っついて耳打ちしてきた。この男、よく見ると爽やか系イケメンで、こんな感じの店は彼女でも連れて来てそうだが、さっきの感じからしてもどちらかというと硬派なタイプなんだな。

 んじゃ、ここは俺が一肌脱いでやるか。

「甘いのは苦手じゃないか?」

「あぁ、むしろ結構好きな方だ。時間的にも甘い物を食べたい」

 じゃあドーナツの選び方くらいわかるだろ、とツッコミたくなったが続けた。

「じゃあ、あとは食感だな。昔ながらの固めのサクサクした感じが好きならこれとかオススメだな。俺はいつもこれだ」

 そう言って俺はオールドファッションを指差した。

「ふむふむ、それはサクサクなのか。じゃあ、こっちの、なんか、ぽこぽこしたやつは?」

 男が指差したのはもちもち食感のリングドーナツだった。

「あぁ、それはこめしょく文化の浸透している日本人に売れるように、もちもちした食感にしてあるドーナツだよ」

「ほう。確かに俺も米は好きだが、ドーナツを食べるときには米っぽいもちもちした食感はいらないな」

 俺も全く同じ意見だ。ドーナツやパンには、パサパサとかサクサクとかそういう食感を求めているのだ。

「二人とも、決まったかな?」

 天城さんがにこやかな表情で尋ねた。その手に持ったトレイには、一体何人で食べるつもりなのかと聞きたくなるくらいの量のドーナツが載っていた。天城さんは俺の視線に気づいたのか、

「い、いや、違うぞ? これは私と歩美で食べるのであって、私一人分じゃない」

「あぁ、ははっ、そういうことですか……」

 どう見ても二人分を大きく超える量だが俺はてんがいったフリをした。食べる量は人それぞれだし、初対面の女性にそんな野暮やぼなことをツッコむ程俺は無粋じゃない。

「それで、どうかな? 二人とも決まったかい?」

 天城さんは、俺の反応をどう思ったかはわからないが再度尋ねた。

「じゃあ俺はこのオールドファッションとカフェオレでお願いします」

 長身の男が答えた。爽やかな微笑を添えて。

「え、それだけ……かい? もっと食べてもいいんだぞ?」

天城さんは困惑の表情を浮かべていた。こんな大男がそれしか食べないなんてありえない、とでも思っているのだろうか。だが、おごるからちょっとお茶しよう、と言われて入ったドーナツ屋でドーナツを何個も食べるような無遠慮な人は、そう多くはないだろう。

「はい。でもさっき昼飯を食べたばかりなので大丈夫です」

「あっ、なるほどね」

 天城さんは安心したようにニッコリと笑ってうんうんと頷きながら、「で、君は?」とでも言いたげに俺に視線を向けた。

「俺はさっき間食したばかりなので、ホットコーヒーだけお願いします」

「そうか、了解した」

 そう言うと天城さんは、長身の男が所望しょもうしたオールドファッションをトレイに一つ追加し、レジで四人分のドリンクをオーダーして会計を済ませてくれた。締めて、三千七百円也。

 四人分にしても多過ぎるドーナツの量にレジの女の子は明らかに引いていたが、天城さんはそんなことなどお構いなしに商品を受け取り、四人掛けのテーブル席を陣取った。

 レジの女の子は会計後にトレイを四つくれたが、俺はホットコーヒーだけ、長身の男はアイスカフェオレとドーナツ一つ、歩美さんはアイスティーとドーナツ三つ、天城さんはミルクティーとドーナツを数える気もなくなる量、と実にアンバランスな分配をした。

 さっき天城さんは、私一人の分じゃないとか言っていたが、やはりあれはほとんど天城さんの分であったことが判明してしまった。しかし、俺も長身の男も何も言わなかった。周りの客の視線が俺たちの声を代弁してくれていたからだ。

 そんな視線などやはりお構いなしに天城さんは、キリッとした表情をつくって「いただきます」と手を合わせ、ドーナツを食べ始めた。目を輝かせてドーナツを頬張るその顔は、やはりとてつもなくかわいかった。

 まあ、こんな感じで謎メンバーでのお茶会は始まった。

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