2-4土橋桂介の休日③

 次はどうすっかな。

 その日のメインの目的を達成してしまうと急にモチベーションが下がってしまうのは、人間のさがというより俺個人の問題だろう。

 俺が目的も無しになんとなく歩いているとサンシャイン60通りにでた。

「さあどうぞ〜! ご覧ください〜! 冬物セール開催中ですよ〜! この機会に、ぜひご利用〜!」

 全国にチェーン展開している靴屋の呼び込み要員が、寒さに負けじと大声を張り上げている。この通りにはなぜかこの靴屋が二店舗もある。それだけではなく、一本向こうのサンシャイン通りにも一店舗あるし、サンシャイン60やルミネ、パルコの中にもテナント出店していて、この辺りだけでも六店舗が密集している。なんとも不思議な店舗展開だ。品揃えも大差ないように見えるし、正直ただ客を食い合っているだけなんじゃないかと思うのは、俺が経営学のセンスに欠けているからなのだろうか。

 疑問を持ちつつも、俺は店から流れ出ている暖気にいざなわれ店内に吸い込まれていった。



 靴は買うつもりはなかったが、今の靴ももうそろそろ一年履き続けていてくたびれてきている。黒のキャンバス地のスニーカーなのだが、日焼けしたのか毛羽立ったのかわからないが、少し白けて当初の色から変わってしまった。さらに、じゃっかん生地がよれてきているようにも見える。

 いいのがあれば買い換えるか、くらいの軽い気持ちで俺は靴探しを始めた。

 このスニーカーに代わるようなものがいいけど、また同じようなスニーカーはなぁ……。なんか、高校時代から進歩してない感が否めないから却下だな。お、これなんかいい色味の赤だな。でも、赤枠は高校生の時に小遣いを貯めて買ったブーツで埋まってるからいらないな。黒系にしよう。このフェイクレザーのスニーカーもしっとりした質感でいいな。でも鼻の部分にステッチが入ってるのは嫌いなんだよなぁ。

 そうやって店内をうろついて商品をめつすがめつしていると、あるスエードシューズに目が奪われた。

 これいいな。なんか大学生っぽいし。落ち着いた雰囲気で、でもカジュアルな感じ。フォルムが綺麗で無駄なステッチもない。防水加工までされてるのか。しかも防滑ソールだ。うちの大学のキャンパスって学食前の噴水広場のところとか、雨の日は滑りやすくて怖いんだよな。これなら大丈夫かもしれない。インソールもクッション性が高くていいな。値段は税込みで七千円か。

 俺がスエードシューズを手に取り、突っついたり撫でたり裏返したりしていると、

「よろしければ、試着用にお持ちしましょうか?」

 その声に振り返ると、営業スマイルを浮かべた若い男性店員が立っていた。ちょうど試着してみようかと思っていたので靴のサイズと希望の色を伝えた。すると店員は狭い売場通路を、客にぶつからないようにするすると通り抜け、バックルームへと姿を消した。

 商品を選んでいる時に店員に話しかけられるのは好きじゃないが、試着したいのに店員が捕まらないのも困る、という日本人は多いんじゃないだろうか。少なくとも俺はそういう、いわゆるめんどくさい考えの持ち主なわけだが、あの店員はいいタイミングで声をかけてくれた。俺に権限があればベストタイミング賞をやりたいくらいだ。そんな賞はないけどな。

 数分後、両脇に靴の入っているであろう箱を抱えた店員が戻ってきた。

「お待たせしました。こちらへお掛け下さい」

 そう言って店員は俺をスツールへと促した。俺は唯々諾々いいだくだくとしてスツールに腰掛け、店員が差し出した試着用の靴を履いた。フィット感はなかなかだ。試しにちょっと歩いてみた。

「うわ、これ思ってたよりインソールが沈みますね」

 インソールは俺が予想していた以上に柔らかく、沈み込んだ。

 これ逆に疲れやすいんじゃないか……?

「あぁ、そうおっしゃるお客様多いですね。でも履いているうちに、大体一週間くらいでお客様の足の形にフィットしてくるので大丈夫ですよ」

 なるほど。

「ただ、やっぱり最初のうちは靴擦れとか起こりやすいので、それだけご容赦ようしゃいただきたいですね」

 ふむ、それくらいは大体どんな靴にも言えることだから、大したマイナスポイントではないな。

「じゃあ、これください」

「はい、ありがとうございます。ではレジの方へご案内させていただきます」

 別にご案内していただかなくてもレジくらいわかるものだが、おそらく客に売りつけた靴の数のカウントのためにレジまで案内する決まりなのだろうから、そんなことはいちいちツッコんではいけない。

 その店員はレジ担当の女性店員に引き継いで次のカモ、もとい、客への声掛けに戻った。

 俺は代金を支払い商品を受け取った。五千六百円。レジに金額が表示されるまで気づかなかったがセール対象品だったらしい。二割引は結構大きい。

「ありがとうございました! またお越しくださいませ!」

 俺は靴屋の店名がデカデカと印字されているビニール袋を手に提げて、レジ担当の女性店員の溌剌はつらつとした声で寒空の下へ送り出された。

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