第2話死にたい人はどうやって死ぬのか

《僕、30で死ぬって決めてるんだ》


その言葉を聞いたとき、水上の心に湧き上がってきたのは好奇心だった。


なんで? どうして? いつ? どこで? どうやって?


それらを一気に聞きたい衝動に襲われたが、酔いが適度に回ってきた頭で一つずつ質問することにした。


「おいおいどうした。就活が怖くて怖気づいたのか? ならここで憂さ晴らししてるだろうに」


水上は突然品川がやってきた理由をそれだとなんとなく思っていたのだ。自分も仕事の憂さ晴らしをしたいし、酒は品川が持ってきてくれるからタダ、という理由で今までこうやって毎週末酒盛りをしていた。


「違う。21歳の誕生日のとき、ベランダで酔に溺れながら冬空を見てたときに決めたんだ、30までに死のうって」


目を伏せて少し頬が赤くなった顔で品川は言った。その目にはなんだかわからないが底しれない決意のようなものが宿っていると水上は感じた。


「そんな告白突然されてもな。何がつらいのかわからんが俺は女子じゃないし恋愛でお前を救うことはできんぞ」


水上はそう軽口を叩いた。深刻な話題のときほど場違いな軽口を叩きたくなる、水上はそういう男である。


「恋愛で救われるのかい、君は。安っぽい、安っぽい」


目を水上の方に向けてへらへらした表情で品川は言った。


「安っぽくて悪かったな。仕事から家に帰ったら彼女が晩酌の用意をしてくれるだけで救われるんだよ、俺は」


彼女なんていないけどな、と水上は少しムッとした顔をしながら付け足して言った。


「つらいとかそういう気持ちは無いよ。ただ、そう決めただけ。だから修士に行ったし博士にも行こうと思ってる。働かずに20代を学生で過ごして、そして死ぬ」


相当量のアルコールを飲んだはずだがその目は酔っているようには見えない。どこまでも深く深く真剣な眼差しだった。


「……そうか決意は硬いんだな」


水上はどんどんウォッカを継ぎ足してはあおり継ぎ足してはあおる。どんどん気分が高揚しもっと飲みたくなる。またウォッカをあおる。そうやってこの重苦しい話についていこうとした。


「うん。僕は30までに何らかの方法で学生のまま死ぬ」


「けど、それくらいで死ぬとなると自殺か病死くらいしかないよな」


素朴な疑問を水上は口にした。


「そうだね、そのどちらかになると思う。まあ、だけど健康体だし自殺なんじゃないかなあ」


品川は自分の死に関することの話であるにもかかわらず、相変わらずへらへらした顔だ。ただ、その瞳だけは深刻に真剣だった。


「首吊りか?」


水上は試しに聞いてみた。


「首吊りは自分の部屋じゃ否定型でしかできない。けど、前に試してみたけど頭がぼーっとするだけでダメだった。コツがいるらしいから難しいんじゃないかな」


どこか遠くを見るような目で品川は答えた。


「じゃ、溺死」


なんとなくの気分で水上は提案してみた。


「苦しい。やだ。却下」


手を"ノー"の形にしてスパッと品川は言い切った。


「じゃあ飛び降りとかどうだ?」


「ひゅーとしてどさっ。ほぼ一瞬で意識なく死ぬ。……それは運が良いときの話で、運が悪いと後遺症が生涯残る可能性もあるし不確定性が高い。確実に死にたいしその方法はあまり使いたくないなあ」


相変わらず遠くを見るような目で、手を顔に当てて考え込むようなポーズを取り品川は言った。どうやら彼は自殺の方法についてそれなりの知識があるようだ。


「薬のオーバードーズはどうだ?」


「それも死ぬまでの過程が苦しい。それに、死ぬまでに薬を吐き出してしまうかもしれないし死にきれない可能性がある」


水上の提案を品川はまたさらっと却下した。

提案しては却下される。その繰り返しで水上はなんとなくいらついてきた。こいつは本当に死ぬ気はあるのだろうか?深い深い深刻な目を見る限りは本当に死ぬつもりらしいが……。


「いちいち注文が多いな……。じゃあどんな方法で自殺するんだよ」


その質問を聞いた品川は遠い目をするのをやめて、ニコッとした表情を水上に向ける。


「僕たちにはぴったりな方法があるだろう?」


「"たち"で俺を巻き込むな」


自殺なんてごめんだと言いたげな顔で水上は言った。

その顔を見ずに、手を上にして天を仰ぐような格好になって品川は言う。


「アルコールを飲んで飲んで飲んで飲んで飲んで、ブラックアウトして人生もアウトさ」


天を仰ぐのをやめて品川はへらへらした表情を水上に向ける。僕たちは同類だろ? と言いたげな顔だ。


「……たしかに飲んだくれの俺たちにはピッタリだな。まあ、俺は賢いから死なない程度にしか飲まないけどな 」


俺は賢いの部分を強調しながら水上は言った。


「ふふ、そうだね、君は賢い。じゃあその賢さを活かして今日もこれから夜明けまで飲もうよ」


そういうと品川はグラスを取りウォッカとオレンジジュースを混ぜ乾杯のポーズを水上に向けた。


「おう。まだまだ酒はいっぱいある。天才の俺だから天才の飲みっぷりってやつを見せてやるよ」


水上も飲みかけのグラスを手に取り、乾杯のポーズを向ける。


「見たい見たい。ぜひ見せてほしいな」


カチン、とグラスで乾杯し、ぐいっとお互い酒を飲み干す。


そうやって今日もろくでもない酒盛りは続いていくのであったーー。

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