死にたい人と

近江 コナ(柳葉 智文)

第1話 死にたい人とウツウツカイシャイン

「……っ、はー。苦しいなあ」


  いつも通り玄関のドアを開けそこに座り込む。家に入ると気力がゼロになってしまって膝から崩れ落ちてしまうのだ。平日仕事帰りは毎日繰り返していてもはや儀式めいている。


「っ、てと」


  下駄箱にあらかじめおいてあったぬるいビールを手探りで取り、カシュ、とプルタブを引きグイグイと飲み干す。その間、わずか30秒だ。


「……っはー、ぐえ」


  急に飲み干した炭酸に胃をやられつつも、スッと立ち上がりスーツを廊下に脱ぎ捨て部屋着のジャージに着替える。そのままパソコンの前へ座り込む。


  ふう、とため息をつくといつもの習慣であるネットサイトの巡回をはじめる。シラフではそこまで面白くないが、アルコールが回っているとなんとなく楽しくなってくる。

今日はいつもウォッチしている動画投稿者が新作をアップしたようだ。それを見ようとクリックしたその時ーー


  ピンポーン


「開けろ開けろ!水上!」


「………………来たか」


  のろりと立ち上がり水上は玄関へと向かう。その間にも男の急かす声が扉の外から聞こえてくる。


「まだかー?水上?」


「今開けるから待ってろ、品川」


  そう言うと水上はドアを開け、品川を向かい入れる。品川は勢いよく玄関の中へと入ってきた。


「今日もいい酒があるぜー。度数が強くてその上安い! 圧倒的コストパフォーマンスだ」


  水上も品川も酒は好きだ。いや、アルコールが好きといったほうが正確だろうか。味など吐き出さずに飲める程度だったらなんだっていい、特に度数の強いやつは最高だということでは意見が一致している二人である。

ちなみに、工業用のアルコールは学生時代に二人で試したことがあるが、とてもじゃないけど飲める代物ではなかった。


「どれ、見せてみろよ」


そう言って水上は品川の手から酒のビンの入った袋をを受け取る。


「ふむ……40度のウォッカか。ちょうど賞味期限が切れかかってるオレンジジュースがあるからそれで適当に割って飲むことにしよう」


  品定めをするように品川の持ってきた酒を手に取り部屋へと戻っていく。それに後から品川もついていく。


  今日は金曜日。自堕落な夜の飲み明かしのはじまりだ。



ーーーーーー



「でさー、そのゲームのキャラがさ、魅力的でさなんのってさ」


  品川はほんのりと赤らんだ顔で最近やったゲームのキャラがいかに魅力的かを語っている。いや、語っているというよりも一方的にまくしたてているという方が正しいだろう。すでにウォッカを200mlは飲んでいる。


「セラフィーヌのあのおさげの形がいいんだよなぁ〜」


「なあ、あのさあ」


「?」


水上に話しかけられて品川はキョトンとした顔で水上のことを見つめる。


「お前ってさ、最近ゲームしかやってねえの?先週も同じこと話してたじゃんか」


「うん。俺には今はそれしかない。毎日10時間はやってるし」


それを聞いて水上はずっと思っていた疑問を口にする。


「そんなんで大学行けてるのか? もう就活の時期だろうに、そんなんでいいのかよ」


品川は大学院の修士課程2年生だ。たぶん、そのはずだ。1ヶ月前にふらりと水上の家に直接やって来てそう名乗り、こうやって金曜の夜はぐだぐだと酒盛りをしているのだ。

4月のこういう日は桜が似合うなあと言いながら桜の花びらが混じった酒を持ってきたのだ。


  ーーふ、と遠い目を一瞬したあとうつむいて何かをつぶやいたかと思うと、突然顔を上げとびっきりの笑顔で品川は答えた。


「いいんだよ、僕、30歳で死ぬって決めてるんだ」

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