第35話 忌み子

俺の霊気は可能な限り遮断。

だが、黄泉比良坂ここは魔物が馴れ合う場では無い。

魔物同士でも、激しい生存競争が行われている。

その為、従魔達も、可能な限り瘴気の放出を抑えさせている。


見つかれば、終わり。

慎重に、慎重に。


ガッ、ギギギギギギ


目の前に、突然の火花。

結界に、何かが当たった?


ガアッ


八幡やわたが何かに噛み付く・・・現れたのは・・・蜘蛛。

数メートルの高さの、冗談じみた大きさの蜘蛛。

躰は透明で、光が躰の中を走っている。


見不蜘蛛みずぐも、危険度は低い魔物であるな」


朧湖ろこの解説。

いや、普通に八幡がおされてるんですが。


ガッ


禍鹿かか、朧湖も参戦。

とどめを刺す。


「見不蜘蛛は、地上で魔窟を作れば、特性が隠形になる。此度の魔窟の件も、此奴等の仕業かも知れんな」


朧湖の独白。

いや、魔物が魔窟云々の部分も初耳だからね?


慎重に歩みを進める・・・


豊寿に探索を頼みたいところだが、探索の呪を他の魔物に感知されれば、面倒な事になる。

此処は慎重に、地道に。


視界の先、異形の人影・・・半ば抜けた髪、落ち窪んだ目、頬がこけ、ぼろぼろになった衣服と、膨らんだ腹・・・餓鬼だ。

人の魂が迷ったなれの果て。


それだけなら、気にする事は無いのだが・・・


「・・・あれは・・・何だ?」


訝る。

有り得ない。


餓鬼の群れの中、一体が・・・霊気を纏っている。

魔物が纏うものは瘴気、地上のものが纏うのが霊気。

霊気を纏う魔物など、聞いたことが無い。


ぎょろり


霊気を纏った餓鬼がこちらを見ると、


ガッ


駆け寄って来た。


迎撃しようとした八幡を手で制し──


ガヴ


餓鬼が、俺の腕に噛み付いた。


ギュウ


吸血・・・吸精?

霊力が奪われる。

く・・・


けほっ、けほっ


むせ、牙を離し、こちらを睨む。


「俺に敵対の意志は無い。お前は、何だ?何故霊気を纏う?」


「私は・・・お母様の子」


お母様?


ふと見ると、餓鬼達の傍に、大きな蛙が座っている。

穏やかな目・・・俺は理由もなく、悟った。

恐らく、八幡がこの餓鬼を攻撃していれば、俺達は認識する間もなく、消し飛ばされていただろう。

この蛙は、超常の存在だ。


改めて餓鬼を見ると・・・


焼け爛れた皮膚、体中に傷跡・・・そもそも、こいつは餓鬼なのか?

霊気を纏うのは・・・


「お前は・・・人間か?」


「私は、忌み子いみご


忌み子。

生まれるべきでない子。

誕生を歓迎されなかった子。


子供の遺棄。

俺の村でも、稀に発生する。

無論、育てる事に困難を感じた親が棄てる、というのはあるが・・・

殆どは・・・名家の跡取り関係。


それでも、普通は森や神社に棄てるのだが・・・

よりによって、黄泉比良坂に棄てるか?

殺した方がましだろう。

黄泉比良坂で死ねば、輪廻の輪に乗れない可能性が有るのだから。


それが、生きていた、というのはあり得ない事だ。

そこの蛙が、戯れに助けたのだろう。


不幸な目にあった人間、なら、話は別だ。


「お前、俺と一緒に地上に来るか?俺の屋敷で働けば、最低限の食事くらいは保証してやろう」


餓鬼と見間違える程の痩せ方。

食事が足りているようには見えない。


視界の端で蛙を見るが、止める様子は無い。


「私は・・・忌み子・・・地上に戻れば・・・殺される・・・」


「俺が保護してやる。俺の家で働いてる者を、他の奴にとやかく言わせない。俺を信じてくれ」


「・・・分かった。お前に・・・付いていく」


よろり、と近付いてくる。


「お前、名前は?」


「私は、忌み子ゆえ、名前は無い空き名なり」


名前すら付けられず、棄てられた、か。


ふと気付く。

この子は・・・女の子か。

分かりにくいが、体つきが、男では無い。

なら。


「なら、お前は明菜あきなと名乗れ」


「明菜・・・明菜・・・」


明菜が、噛みしめるように繰り返す。

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