第32話 戦略的撤退

「桃探し、か・・・」


雪華からの随伴の依頼。

桃──大神実命オオカムヅミ

黄泉比良坂と隔離世の境界の結界、それを維持する為の触媒。

結界の修復に必要なのだが、なかなか見つからないのだ。

まあ、あれだけ地脈が吸われてたらなあ。


無論、俺も、見廻りの度に探しているのだが。

木すら見つからない。

休日に豊樹に探して貰うか・・・?


「鏡を借りてきたんです」


神鏡しんきょう

陽の社に祀られる、神器。

捜し物をするには、役不足だ。


「鏡まで持ち出したのか・・・それならなんとかなりそうだな」


「ふふ・・・何せ、初代巫女の再来と讃えられていますから・・・」


自慢する気配は微塵も見せず、雪華が言う。

やっぱり、雪華は性格が良いと思う。


「もう、巫女辞めたい」


「何でだよ」


時々訳が分からない事を言い始める。


「とりあえず、それで桃を探してくれ」


さて・・・生き残っている木が有れば良いが・・・


「そうですね・・・かしこみかしこみ、我が氏神、天照大神よ。畏れ多くも、お願い申上げるを、お許し給え。願わくば、我を導き給え」


雪華の祈りに呼応し、鏡に力が宿る。


「・・・有りそうですね・・・あちらです」


雪華について、山道を歩く。

えらく複雑な道のりだ。

そして・・・


崖の下、大樹の陰、分かりにくい場所に・・・それはあった。

枯れかけた老樹・・・そこになるのは・・・大神実命オオカムヅミ


「有りました、ね」


「ああ、有ったな」


そう、1つだけ、あった。


結界を張りなおすには、10個は必要だ。


・・・


「他に桃は有るか?」


「これで最後ですね・・・」


霊脈を誘導、陣を張り、術具をめぐらせて・・・

それでも、新しい桃の木を育てるには、10年はかかるだろう。

此処まで大神実命オオカムヅミが減少した事など、記録にない。

もっとも、結界の綻びもそうそう起きる事では無いので、何度かあった可能性は有るが。


詰んだ。


--


村に戻って、報告。

一様に、暗い顔。


ややあって、長老が口を開いた。


「やむを得まい・・・此処を・・・この村を、放棄しよう」


「長老様?!」


雪華が驚きの声をあげる。

当然、他の民もだ。


「結界が無くなれば、この地は魔物が跋扈する地となろう・・・我々では魔物に対抗できぬ。此処に残ったとしても、犬死にとなる」


長老が、ぽつぽつ、と告げる。

確かにそうだが・・・だからと言って・・・


「長老様。魔物が外界に出れば、亡国の危機に瀕します・・・外の人達では、弱き魔物ですら、脅威となります」


「然り。だが、抗せぬ訳ではない。神社の表社も有れば、四天王、行者に陰陽師・・・我々を凌ぐ者もいる」


「・・・そうなのですか・・・?」


俺は思わず問う。

外の世界の事は分からないが・・・


「それに、だ。この隔離世でこそ、魔物はかなりの力を振るうが・・・外界では、殆ど力を発揮できぬ。逆に、我々はより強い力を振るう事ができる。儂が此処を放棄すると言ったのは、その為じゃ」


なるほど・・・だが・・・


「しかし、此処、隔離世でこそ、魔物の動きを把握できる。外界に出てしまえば、見失い、二度と調伏できないのでは?」


俺の問いに、


「黙れ、月の魔士よ。そなたに意見する権利等無い」


ぬう。


「ならば、私が問いましょう。外の民の安全はどうなるのですか?外に逃げた魔物にどう対処するのですか?」


「陽の巫女よ。これは村の事。長老たる儂に最終決定権が有る。貴方様の意見も・・・聞かぬ」


長老が首を振る。

確かに、陽の巫女と長老は、同格の力を持ち・・・村の運営に関しては、長老が決定権を持つ。


「ではこうしようではないか。儂は、この村を離れる事を望む者を、連れて行く。巫女よ、そなたは、そなたと共に残る者とのみ、残れ」


どよ・・・


顔を見合わせる人々。

あ、これ、長老に賛同して出て行く奴結構いるな。

まあそれはそれで良い気もするが。


「明日、皆の意見を聞こう。皆、今夜、じっくりと考えなさい」


長老はそう言うと、屋敷へと戻っていった。

さて・・・


「長老の奴め・・・出て行け!」


火林が呪詛を吐く。


「・・・とは言え、結界を張り直せない以上、打つ手が無いのは事実・・・悔しいですが・・・出て行く方々を止める気にはなれません」


無駄死にしろ、そう命令するに等しい。

・・・村の外に出たら俺達が強化されるのか、魔物が弱体化するのか・・・それが事実かすら分からないが。

少なくとも、自分達の安全は得られるのだから。

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