第25話 黒くて大きな猿

「確かこの辺りが目撃地点か・・・」


特に地脈の乱れは無い。


「御神よ」


雪華が神秘の行使。

探る様な光が走る。


「居ない、ですね」


雪華が告げる。

さて、勘違いか、離れたか、隠形おんぎょうか・・・


招来しょうらい八幡やわた


八幡は、俺が最も信頼する従魔じゅうまだ。

従魔、使役する魔物を便宜上、そう呼んでいる。


ヒュッ


影が犬の輪郭をとり、犬が現れる。

8つの目を持ち、8つの尾を持つ犬。

本来は朽毘狗きゅうびくという、神狼とすら渡り合う種族なのだが。

八幡は、8つしか目を持たない弱個体だ。


「八幡ちゃん、お久しぶりです!」


早速雪華がもふっている。

八幡は、雪華のお気に入りだ。

八幡のもふもふさは、あらゆる人を虜に出来るだろう──実は、駆勝の方がもふもふなんだけど。


「お久しぶりです、陽の巫女様」


八幡が丁寧に挨拶しつつ、喉を鳴らす。


「八幡、このあたりに猿の気配が無いか追って欲しい」


「猿・・・ですか?ふむ・・・猿、と言えば、複数の猿が此処を通ったようですが・・・ああ。独眼餓鬼どくがんがきが此処を通ったようですね・・・恐らくこれですかね・・・」


八幡がふんふん、とあたりを嗅ぎ、


「こちらです」


駆け出す。


八幡が本気で走れば、俺でも、雪華ですらついていけないのだが。

そこは俺に合わせて走ってくれている。

ちなみに、間に合いそうにない場合は、俺が八幡に乗ったり、駆勝に乗ったりする。


ぞわっ


悪寒。


独眼餓鬼──餓鬼の上位個体。

異界からの侵入者。


人界には、里を通る必要があるので、抜けることは無いが。

此処、狭間の地には迷い込んできたりする。

最近迷い込んできた中では、破格の存在だ。


「独眼餓鬼が出てくるなんて・・・綻びがかなり強いですね・・・」


雪華がげんなりと呻く。


異界と、境界の地の境目──黄泉比良坂よもつひらさか

その出入り口には、結界が張ってある。

その結界が・・・最近、かなり弱っている。


出入り口の結界を張る為の触媒、神桃しんとう

これが、最近はかなり不作なのだ。

黄泉比良坂の中にまで行けば、取ってこれるのだが・・・


違和感。


「雪華!」


叫ぶ。


警戒、察知、横に飛ぶ。


ゴッ


岩が飛んできた。

避けていなければ当たっていただろう。

雪華も、近くの木の上に避難している。


気配は、無い。


「招来、美海みみよ!」


現われたのは、月兎。

死者の送迎をする、異界の兎。


赤ん坊の時にはぐれて泣いていたので、拾って育てたのだ。


「みみ・・・」


美海がふんふん、と空中の匂いを嗅ぐ。

美海は法術の専門家。

隠形の法を解析、そして──


ぎああああああああ


黒い大きな、一つ眼の猿──独眼餓鬼だ。

・・・独眼餓鬼が此処まで強力な隠形を使うとは、聞いた事が無いんだが。


「迷える異界の魔物よ。此処はそなたがいて良い場所では無い。死をもって償いなさい」


雪華が浪々と告げる。

隠形さえ解けば、雪華の敵ではない。


「ぐ・・・オンッ!」


独眼餓鬼が放つのは・・・呪いの黒弾。


「わっ・・・きゃああああ?!」


雪華が涙目で躱す。


じゅく・・・


雪華が居た場所が溶解、黒い液体となって、じゅくじゅくと白い煙が出る。

何でそんなもん使えるんだよ。

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