閑話 夢の終わり、彼の始まり

 彼は、目の前で落下している天使に手を伸ばしていた。


 だが、実体を持たないその手が届くはずも無く、追いつくこともない。


 掴もうとする手は決まって空を切り、何度繰り返しても結果は同じ。


 光を失った彼女は、止まることなく落ち続ける。


 何故届かない。

 何故掴めない。

 どうすればいい。

 何をすればいい。

 

 彼には、攻めてきた悪魔と守護する天使。どちらが正しくてどちらが間違っているかなんて、見当もつかない。


 でも、彼女が何を守ろうとし、何の為に光を失ったのかは分かる気がする。そして、それはきっと正しい。正しいと、信じたい。


 ずっと傍で見ていたのに、何一つ彼女の役に立てなかった。それが歯痒く、もどかしい。


 彼女の素性も性格も、どんな言葉を話しているのかも解らない。解らないけれど…。


 力に、なりたかった。


 だが、そこで、今更ながらに気付いてしまう。


 仮にこの腕を掴んでも、自分に何ができる訳でもない、と。


 悪魔の軍勢を見た時も。異質の鎧を見た時も。至極色の巨腕を見た時も。


 自分は天使の横で人間らしく震えあがり、腰を抜かし、怯える事しかできなかった。


 それが人としての現実、限界。


 彼にとっては、天使が片手間に消し飛ばしていた下っ端の悪魔でさえ、絶望的な強敵となりうる。


 そんな自分が彼女を救うだなんて、どれ程愚かなことか。


 無駄だ。そう思い、伸ばしていた手を引きかける。


――ポツリ……


 突然、頬に水滴が飛んできた。


 雨か?


 いいや、此処は雲の上だ。


「――…!」


 天使が、閉じた瞼の隙間に涙を貯めていた。


 引きかけていた腕を再度伸ばす。


 どうして泣いているのか、その理由は解らない。解らなくていい。


 女の子が泣いている。なら男として、やるべき事は一つだ。


 見開かれた濃紺の瞳に迷いは無く、天使一人だけを映している。


(頑張った末のバッドエンドなんて、絶対に許さない……‼)


 相応しくないかもしれない。

 可愛い女の子に、良い格好がしたいだけかもしれない。

 何か、大きな失敗をするかもしれない。

 死に場所を求めているだけかもしれない。


 でも、それでも。


 僕でいいのなら。

 僕を使ってくれるのなら。

 頼む、お願いだ。


――彼女を、救わせてくれ。


 彼の夢は、そこで途切れた。



 

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