短歌2首「浴衣」


帯解き はだけし肩に 手を添えて

麗し君の 首に印す


 窓外で鈴虫の鳴き声がこだましている。

 暗闇に浮かぶ君の顔はほのかに上気している。

 浴衣の帯は解け、衿元はすでにはだけている。袖は肘に掛かり、襟は胸元で留まり、肝心な部分を隠してはいるが、恥じらいを含んだその姿が実にいじらしい。

 すでに露わとなった肩から鎖骨にかけての淫靡な線が私の本能を昂らせる。

 細い肩に手を添えて真っすぐに見つめれば、君もまたそれに応えて視線を送ってきた。

 しばしの無言……。心の中をくすぐられたかのような面映ゆさに堪らず、君を抱きしめる。ぴたりと触れ合った肌、うなじから醸し出される香気、伝わり合う鼓動、私達は全身で互いの温度を確かめ合う。

 君を愛した証を残したくて、黒髪をかき上げて首筋にそっと口をつける。

 君が「んっ」と小さく呻く。首筋に押された印を見て私は満足する。

 身勝手だけど人の目につかぬように少々位置に気を遣ったんだし、このくらいは許して欲しい。

 許さぬなら最期まで責任を取ろう。それは君との契約印だ。



帯解き ぱさり床打つ きぬの音と

虚ろに過ぎ去る 祭囃子よ


 帯がするりと解かれる。

 凛とした夏の装いは緊張を失い、力無く床に崩れ落ちていく。

 ぱさり、ぱさりと落ちては溜まる衣の山……。

 それが床打つ音さえも聞こえるほど、部屋は静まりかえっていて、でもそれが二人だけの空間には心地よかった。

 貴方の手によって、私はあれよあれよと言う間に生まれたままの姿へ……。

 冷房の効いた部屋でこの姿は少し肌寒い。私達は脱いだ衣服を置き去りにしてベッドへなだれ込む。

 冷房が唸る外で、遠く祭囃子と人の喧騒がさざめいている。情事に勤しむ私達には、それはもうどうでもいいものだった。

 私は己の欲のままに声、吐息、粘膜の接触に耽溺していく。

 主を失い、虚ろとなった浴衣はむなしく外の音に耳を傾けていた。


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