05:悪役令嬢はとぼける



「なんで……なんであんたが! ヒロインでもないただの悪役がそこにいるのよっ!? これはあんたがした嫌がらせがばれてジェラルドが婚約破棄するイベントでしょう!?」


 いつか見た般若みたいな顔をしてメルリが叫ぶ。掴みかかってこないのは衛兵が彼女の腕を掴んで離さないからだ。

 ゲームでジェラルドが甘い顔を向けるのはヒロインで、ライオがべったり懐くのもヒロイン。ところが今この場にいる二人はエステルの横にいて、エステルが二人を大切にするのと同じように二人もエステルを大切にしてくれる。


「さて……、いったいなにをおっしゃられているのかわたくしにはわかりませんわ」

「あんたがなにかしたんでしょう!? そうに決まってるっ!」


 ええ、ご推察の通りジェラルドとライオのルートにおいて重要な、トラウマ的出来事は責任持って潰させていただきましたからね。合言葉はトラウマはクラッシュ! ノットいじめ! だめ、絶対! と、心の中だけで返しておいた。

 ヒロインとかイベントとか、エステル以外は頭のおかしい人の妄言と捉えるだろう。そうわかっていて、だけどエステルはメルリを助ける言葉は絶対に吐かない。


「エステルは貴女に嫌がらせなんてしていないし、婚約破棄もする予定はないかな。僕の婚約者は昔も今もエステルだよ」


 エステルの腰を抱いている手とは逆の手で彼女の髪の毛を一束すくったジェラルドはさりげなくそこへ口づける。


「っ、人前ではご遠慮してくださいませっ」


 にこりと微笑みかけられ、耳まで赤くしたエステルはぷいっとそっぽを向いた。

 まるで髪に神経が通っているかのように、口づけられた部分から全身へと甘さが走る。手を繋いだり腰を抱いたりというエスコートとは違う彼の真っ直ぐな愛情表現は何度受けても慣れない。恥ずかしい。


「ちょっとぉ、こんなとこで二人の世界とか作らないでもらえますかぁ」

「僕はいつでもエステルのことを愛でたい」

「僕の姉さんが可愛いのは今に始まったことじゃありませんよぉ」

「それは認めるけど、ライオのっていうには語弊があると思うな。エステルの婚約者は僕なんだけど?」

「うるさいうるさいうるさいっっ! 私は魅了魔法なんか使ってないっ!」


 メルリが叫び激しく暴れ始めるが、元病弱な貴族の娘の力が日頃から鍛えている男二人に敵うわけもない。厳しくなる拘束に彼女はついにその場に膝をついた。

 人の心をその人の意志関係なく操ることのできる魅了魔法は、何代も前の王が法で使用を禁止している。破れば使用者の魔力を封印し、身分関係なく女であれば修道院へ。男であれば国境を守る軍隊へ配属されることになっている。


「魅了魔法は使われているかの判断が難しい。だからばれないとでも思った?」

「っ、私は!」

「あんたが魅了魔法を使ったことは証明されたんですよぉ。残念でしたねぇ?」


 メルリの顔がより一層憤怒で染まっていく。儚くて可愛いなんて印象はもうどこかへ吹っ飛んでしまった。


「僕の研究テーマは魅了魔法の解明なんで、そういう意味では研究がはかどったからお礼でも言えばいいですかぁ」

「ライオの研究には期待している者が多いしね。だけどこれ以上学園の秩序を乱させるわけにもいかないから、貴女の身柄はひとまず王宮預かりとさせてもらう」

「そんな……! 殿下、信じてください! 魅了魔法なんて使ってない、本当に知らないんです! 私はただ殿下が好きだっただけでっ! 殿下だって私を傍に置いてくれたじゃないですかぁっ!」

「貴女がエステルを罠に嵌めようとしているのに黙っているわけにはいかなかった。それだけだよ」


 「連れていけ」とジェラルドが衛兵に命じれば、彼らは暴れるメルリを強引に連れていく。メルリはそれでもまだ違う、信じて、おかしい、絶対許さないと口にしていたが、取り合ってくれる人間はすでにこの場から強制退場させられている。

 彼女の味方はもう誰もいなかった。


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