03:悪役令嬢は見ていた



 ジェラルドの後ろから少しだけ顔を出したメルリは白磁のような頬を赤く染め、首を横に振っている。しかしまんざらでもないと思っているだろうことが、エステルには手に取るようにわかった。


「あの、これ以上エステル様を責めないでくださいっ! 悪いのは私なんです……。エステル様という婚約者がいるのに、必要以上に殿下と親しくした私が悪いんですっ」


 頬を染めたと思ったら一転、また怯えた様子でうっすら涙まで浮かべている。加えて先ほどの台詞。冤罪を押し付けられているこちらからしたら、なに言ってんだこいつ、くらいの気持ちなのだけれど、メルリを崇拝している彼らはその健気な台詞に心打たれ、彼女を見つめる瞳が甘く震えている。

 だが、もっとよく見てほしい。ちらりちらりと不自然にならない程度にジェラルドに向ける、涙を浮かべた瞳の奥にあるのは自信と期待だ。


 ――エステルは、メルリが自身と同じくこの世界を『ゲームとして知っている』転生者であることを知っている。


 知ってしまったのは本当に偶然だった。

 教師に頼まれた用事で普段は人の立ち入らない旧資料室へ本を取りに行った際のことだ。道すがらの空き教室で彼女が暴れているのをたまたま見てしまった。


『なんでジェラルドとライオのイベントが全然起こらないのよっ!? 推しルートすごく楽しみにしてたのに! せっかくヒロインになったのにこんなのおかしいっ!』


 できればその二人以外と恋愛してくれないかなぁと思っていたが、その二人こそ彼女は狙っていたようだ。

 それにしてもゲームをしている時はヒロイン可愛いが口癖だったけれど、これは撤回するしかないと肩を落とした。あんな般若みたいな顔するヒロインはお断りしたい。


『それもこれもあの女が私のところに来ないから……!』


 憎しみすらこもったその台詞はエステルに向けられたものと予想する。

 まあそうだろう。ジェラルドとライオのルートは、悪役であるエステルがいてこそ愛が育まれ深まる。だというのに当のエステルはいじめるどころか、メルリとはできるだけ関わらないように努めているのだから。


『絶対に奪ってやるっ』


 吐き捨てられた台詞を最後に、エステルは元の目的地である旧資料室へと忍び足で向かう。公爵令嬢として感情を制するのは得意なはずなのに、その場を駆け出しそうになる自分を制するのは大変だった。

 思い返せばジェラルドとは彼が七歳、自分が六歳の頃からの付き合いになる。親に決められた婚約だったけれど、彼は嫌な顔ひとつせず、むしろ積極的に交流する時間を作ってくれた。始めこそトラウマさえクラッシュし将来の不安要素さえ潰しておけば婚約者云々についてはどうでもよかったけれど、ゲームではなく目の前で生きて笑いかけて、優しく甘やかしてくれるジェラルドを好きになるのに時間はかからなかった。

 そして本当の姉のように慕ってくれるライオのこともエステルは大好きだ。絶対に幸せになってほしい。

 記憶があるのをいいことにイベント通りに事を進め、誰かを選ぶどころか攻略対象者たちを思うがままにしているメルリ。ジェラルドやライオを奪うと言ったその口で、他の男へも恋をしているように振る舞っている。

 そんな彼女に彼らを渡したくないと心から思ったから、エステルはイベントに繋がりそうなすべての要素は以前にも増して徹底的に潰してきた。誤解を招くことが絶対にないよう、近寄ることもしない。


「私にしてみれば貴女がしたことは許しがたいですが、当事者である彼女があのように言っており、貴女が謝罪さえしてくれれば許すとおっしゃっています」


 だから、こんな風に責められる理由はひとつもない。


「……ではわたくしがそれらを行ったという証拠は?」

「された方が貴女で間違いないと証言しているのですから、それで十分でしょう」


 そんなわけあるか。これには周囲の生徒たちからのエステルに向く瞳に同情色が強まる。

 しかし目が曇ってそんなことにすら気付かないクラリオンは、同じく黙ったままのジェラルドを振り返った。


「貴方の婚約者なんですから、貴方からも言ってくださいませんか、ジェラルド殿下」


 ぴくりとエステルの肩が少しだけ反応し、ジェラルドにその瞳が向けられる。


「そうだなぁ……僕は、」


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