02:悪役令嬢は責められる



◆◆◆



「皆様お揃いで、わたくしになんの御用でしょう」


 これがどのルートにも共通している重要な悪役追い出しイベントであることを知っているが、エステルに前世の記憶があることは誰も知らない秘密だ。きょとんと、なにも知りませんという顔で首を傾げてみる。


「白々しい……。今更とぼけたところで無駄ですよ」


 嫌悪を微塵も隠さない顔でエステルの前に立ったのは、宰相の第二子息であるクラリオンだ。家督を継ぐのは上の兄と決まっているもののその優秀さを買われ、ジェラルドの側近という立場を得ている。


「貴女にはメルリ・スインデル嬢に対して行った数々の悪質な嫌がらせの主犯として罪を償っていただきます」


 クラリオンは声高々にエステルを罪人扱いした。周囲に知らしめるために、わざと。

 なんだなんだとこのやり取りを傍聴していた生徒たちから狙い通りにどよめきが起きる。


「きみはもっと利発な女性だと思っていたのに、残念だよ」

「あら、グルーガス様にそんなふうに思われるなんて心外ですわ。人違いではありません?」


 先頭のクラリオン、その斜め後ろに立つジェラルド、そしてさらに医務室医のハビュラスと騎士志望でメルリの幼馴染であるアベル、クラリオンの兄グルーガスの後ろに隠れるように立っているメルリは、エステルにちらりと視線を向けられただけでびくりと肩を跳ねさせて見せた。わざとらしいその挙動に思わず眉をしかめそうになるのをぐっと堪える。

 確かにエステルはメルリのことを知っているが、それはあくまで乙女ゲームの中のキャラクターとしての話。現実では学園内で遠くから見かけることはあっても、言葉を交わしたことはない。


「令嬢たちの憧れの的である貴女なら直接手を下すまでもなく、メルリ嬢を良く思っていないのだと少し口にするだけでどうとでもなるのではありませんか?」


 十五になったエステルは、誰もが認める完璧な淑女だった。

 王妃になるための教育は想像以上に厳しかったけれど家庭教師に大絶賛されるくらいに努力したし、髪や肌などの手入れも手を抜いたことはない。微笑むだけで周囲が感嘆の吐息をこぼすほどなのだから、彼女の決意はしっかり実を結んだと言っていいだろう。ほんっとに頑張ったんだよ!? ……と、話がそれた。


「生徒同士のいざこざとはいえ、少しやりすぎだぞ、バレンティーヌ」

「ハビュラス先生まで……そこまでしてわたくしが彼女を目の敵にしなければならない理由でも? 彼女とは今日が初対面ですのに」

「貴女の大切な婚約者が、自分以外の、それも自分より爵位の低い令嬢を常に傍に置いているその状況が気に入らないのでしょう?」


 クラリオンの視線は、最初エステルに声をかけて以降なにも喋らない婚約者に向けられる。

 メルリはいつの間にか、そのジェラルドの後ろに隠れて彼の制服の裾を遠慮がちに掴んでいた。許しもなく王族に触れるなど許されることではないのだが、ジェラルドの表情はいつも通り穏やかなものである。

 エステルもちらりとジェラルドに視線を向けるが、すぐに逸れてクラリオンへと戻った。


「教科書や靴を捨てさせたり、お茶会に呼ばせないようにしたり、挙げたらキリがありません。私は誰にでも等しくお優しい貴女を尊敬していましたが……、騎士を志す者としてこんなことは絶対に許せません」


 爪が食い込みそうなほどに拳を握り込むアベルの正義感には感嘆するが、その正義が間違ってしまっては勿体無い。

 なぜなら、挙げられたどの事柄もエステルには覚えがない。メルリには細心の注意を払って近寄らないようにしていたし、気に入らないなどと口にしたことだって一度もないのだから。

 そもそもお茶会とは友人同士や家にとって有益になりそうな人脈を広げるのが目的に開催されるのであり、それに呼ばれないのは彼女がどこの家からも有益だと判断されていないだけの話だ。

 というか、考えてみてほしい。エステルが友人に聞いた話によれば、メルリは常に彼らの内の誰かの傍にあり、同性と仲良くしようとする素振りすら見せないそうだ。しかも婚約者がいる男性もいるというのに。仲良くどころか、警戒されるのは当然である。エステルのせいではない。メルリの自業自得なのだ。

 まあ、そうは言ったところで今の彼らには受け入れてもらえないと思うけれど。言い訳をするなと切られて終わりそう。


「心当たりがありませんわね。それにわたくし、殿下の交友関係に口出しするつもりもありません」


 そんな狭小な女だと思われていたなんて、と切なげに目を伏せてみせれば、周囲から同情を買うのはエステルの方だ。

 小さく耳に届いた「エステル様お可哀想……」という呟きに、クラリオンは苛立った。嫌がらせを露呈させれば焦った彼女はすぐにボロを出すと思っていたのに、ボロどころから隙すら見せず周囲すら味方につけようとするなんて。

 しかし彼女を追い詰める手はまだ残っている。

 彼は勝ち誇った顔で、次の手を打った。


「殿下とメルリ嬢が深い仲であると疑心を持っていれば、自分の立場が危うくなるのですからそんなことも言ってられないのでは?」

「まぁ……」

「そ、そんなことありませんっ! 私と殿下だなんてそんな、恐れ多い……!」


 この時初めて口を開いたメルリに、全員の視線が集まった。


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