憤怒の猛竜編
翼が生えたトカゲ 壱
焼け付く様な空気の中で必死に荒い呼吸を整えながら、ブレイデン・アウダークスは空を見上げた。
遥か上空には巨大な翼。 周囲には陽光を受けてきらきらと輝く粒子が幻想的に舞っている。
「上から来るぞ! 気をつけろ!」
風を切る音と共に、巨大な翼は身を翻してブレイデン達に向かって急降下してくる。
「アニキ、守りに入っても、じり貧になるだけっス。 ウチの
「無理すんなリコ。 お前、まともに動ける身体じゃねぇだろう?」
ブレイデンは満身創痍の身体を引きずってどうにか立ち上がった。 彼の肉体もまた、限界を迎えようとしている。
「無理なんかじゃねぇっス! エミねぇを傷つけやがった、あのボケをぶち殺さないと気がすまねぇんスよ!」
激しい口調で息巻いているのはブレイデンのパーティメンバーの一人であるリコ・ラトムス。 小柄で愛嬌のある見た目からは想像もつかぬほどの強い心と、苛烈な怒りを内包した彼女は地形魔術を操るパーティーの攻撃の要である。
リコは小さな体躯で巨大な飛翔体を迎え討つべく、痛む身体に鞭打て立ち上がる。 そして魔法を唱える為に呼吸と共に
大気のうねりと共に接近して来た飛竜に対してリコは大地の怒りを解き放つ。
「
大地の魔力によって生み出された無数の石弾は飛竜に対して爆発的な勢いで弾け飛び、その周囲に漂う金色の粒子に触れた瞬間に、跡形も無く霧散した。
「なんできかねぇんスか!」
リコの悲痛な叫びの直後、猛烈な火炎の息吹が地上に襲い来る。
「ぐぅゥオォおオッ!」
ブレイデンは大剣を盾にして迫り来る灼熱の炎から仲間を守るべく立ち塞がった。
攻撃魔法も魔力付与も決して得意ではないブレイデンの取り柄は、その恵まれた大きな体躯と、身体強化魔法による並外れた耐久力である。 自分の頑丈な身体は仲間を守る為にあると彼は考えていた。
炎で地上を蹂躙した飛竜は再び空へと舞い上がる。
この魔物は暗緑色の鱗に翼の生えた巨大な蜥蜴という、典型的な飛竜の外見的特徴を持っていながら、その行動パターンは一般的なそれとは大きく異なる。 火炎の息吹による一撃離脱を繰り返すという普通の飛竜からは考えられないような戦術を使うのだ。 加えて周囲に纏う金色の粒子は、何らかの原理で魔法攻撃を散らしてしまう。 つまり手の出せない上空から一方的に攻撃を仕掛けて来るということである。
「リコ、無事か?」
「ウチはなんとか…… でも、エミねぇが!」
酷い火傷を負い、倒れているのはエミリア・ラーディックス。 麗しきエルフ女性にしてパーティを支える
魔力を直接創り出せるフロース姉妹には縁のない話だが、外部から体内に魔力を取り込む事が出来る量は、時間辺りおおよその限界値が決まっており、それを超えて魔法を行使しようとすると肉体に大きな不可が掛かるのだ。
「アニキ… ウチ、このままヤラレっぱなしなんてイヤっスよ……それに早くしないとエミねぇが……」
ブレイデンに決断の時が迫っていた。 彼が選べる道はおおよそ二つ。 動けないエミリアを置いてリコと共に逃げるか、来るか分からない助けを待ち続けるか、である。
ブレイデンは短い苦悩の後に第三の選択肢を選んだ。
「リコ、一か八かだ。 一発かますぞ」
「アニキ! なんか作戦があるんスか!?」
「まぁな、チャンスは一度。 しくじればあの世行きだ」
ブレイデンが語ったのは作戦とは呼べぬ程の大博打だった。
「無茶っスよアニキ! そんなの……出来るわけ……」
「冒険者ってのは無茶してナンボなんだよ。 ぐだぐだ言ってる暇は無え、来るぞ!」
飛竜が再び地上に向かって急降下する体勢を見せたその時!
「今だ。やれ、リコっ!」
「アニキを信じるっス、
"隆起する大地"により、ブレイデンの立っていた地面が凄まじい力で持ち上げられ、もたらされた爆発的推進力と限界値を超えた身体強化による大跳躍により、ブレイデンは天空へと打ち出された。
「墜ちろォォぉぉおッ!」
重力を振り切って空を駆け上がるブレイデンは、大剣を前に構えて来るべき衝撃に備える。 一度急降下を始めれば途中で軌道を修正したり、停止する事は極めて難しい。 狙い通り飛竜が飛び込んで来たなら、ブレイデンの大剣は堅い鱗を貫き、殺し得るだけの力を宿している。
しかし、ブレイデンの捨身の一撃が飛竜に届く事は無かった。
「なん……で…?」
飛竜が見せたのは急降下するふりだけであり、その後即座に体勢を立て直して天空に舞い戻り、推進力を失って墜ちていくブレイデンを見降ろしていた。 その瞳には魔力の微弱な流れすら逃さない、魔力視の力が備わっていた。
魔力の流れを通して飛竜には全てが見えていたのだ。 ブレイデン達の無謀な作戦のその全てが。
敗北感に打ちひしがれながらブレイデンは大地に叩き付けられた。 リコが地形魔術を発動し、地面を柔らかくして落下の衝撃を和らげなければ即死していただろう。
「ちくしょう……」
「アニキッ!」
「俺の事はいい… お前だけでも逃げろ……」
「でもッ!」
「リコ…私の下に…来て……」
自分を呼ぶ消え去りそうな小さな声に、リコは駆け寄った。
「私の手を握りなさい」
「エミねぇ…」
リコは姉と慕い、愛するエミリアの手を優しく握った。 その手はまだ温かく、生命の鼓動が残っている事を感じさせる。
「
エミリアが唱えた治癒魔法はリコの傷んだ身体を隅々まで癒した。
「ブレイデンの言う通りにしなさい。 貴女だけでも逃げるのよ」
「エミねぇだって限界なはずなのに…なんでウチなんかに……」
「貴女は大切な仲間で、血が繋がっていなくても私の愛する妹なの…だから生きて…」
「エミねぇのこと置いて逃げられるわけないっス… 最後まで側にいさせてください…」
「本当に馬鹿な妹ね……来なさいリコ…」
全てを覚悟したエミリアとリコは強くお互いを抱き締め合い、その時を待った。
「結局、全部無駄だったんだ……俺のやってきたこと全部…」
愛し合う乙女達が理不尽に引き裂かれる、この世界に救いなど無いのであろうか?
ブレイデンが絶望に身を委ねようとした正にその時である!
「無駄なんかじゃないわよ。 私達が間に合ったのだから!」
「もう安心してくださいまし、わたしと姉さまが来ましたわ!」
ブレイデンの瞳が捉えたのは二人の美しい少女だった。 風に靡く金色の髪。 瞳の色は炎の紅と空色の碧。 可憐にして凛々しく、戦乙女の如く気高き威容。 決して触れてはならぬような眩い高潔さを示す存在感に、ブレイデンは圧倒されずにはいられなかった。
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