閑話・魔術ギルド 参
「より強い魔法の力、ですか…… それに全ての竜を殺す? 何やら色々事情が有りそうですねぇ」
クロエは好奇心に瞳を耀かせながらフロース姉妹を見据える。
「なるほど、お二人とも珍しい瞳の色をしていますね。 リリアさんが紅で妹ちゃんが碧。 つまりあれですか、あの有名なおとぎ話の中に出てくる──」
「
クロエの言葉を引き継いだ何者かの声。 その仰々しい話し方とは対称的に、余りにも幼く可愛らしい声は、実験室の奥から発せられていた。
「小娘どもが何を騒いでおる。全く、かしましいとは良く言ったものだ……」
口調に対して、声の質があまりにも合っていない。 本人にもそれが分かっているのか、頑張って低音で発声しようと心掛けている様だか、それがかえって声の幼さを助長させている。
実験室の奥からトコトコ歩きながら姿を現したのは、声の印象と違わず見かけ七、八歳くらいの少女であった。
それは幼い少女の持つ特性を体現したかの様な存在——すなわち、細く、小さく、薄く柔らかい。 触れる事すら躊躇われる無垢にして無辜なる魂の器。 彼女の色素の薄い肌と色を無くしてしまったような白髪は、儚げな印象をより一層強め、神秘性を伴ってその美しさを際立たせている。
「フィーリア、お客様に向かって失礼ですよ」
「知らぬ。 そ奴らがきさまの客であろうが、我等にとっては何者でもないわ」
「せめて挨拶くらいしてもらえませんかねぇ? あなたがそんな態度だと、あなたの偉大なる
「うぐぅ……」
フィーリアと呼ばれた少女は忌々しげな様子でクロエを見やると、フロース姉妹に対して傲然と名乗った。
「我等こそ、偉大なる主人アルカナム様より生み出された
などと威厳たっぷりで本人は名乗りを上げたつもりのようだが、姉妹の反応は悲しくなるようなものであった。
「この娘も魔術ギルドの見習いの娘なの? ちっちゃくてすっごいカワイイ! ほっぺたぷにぷにだし、凄く良い匂いがする……」
「わっ、やめろ愚かもの! ほっぺたをぷにぷにするな! 後ろから抱きつくな!」
「姉さま、わたしもぷにぷにしたいです……」
「やめ、やめろ! 我等が偉大なる主人さま以外にこの身体を許すつもりはない!」
「あのー、その娘一応年長者なんで、やめたげてくださいね」
クロエの言う通り、フィーリアは錬金術の秘法により生み出され、悠久の時を生きる人造の魔人ホムンクルスにして、王都を守護する"久遠の守り手"の一体である。
「フィーリアはこんな愛らしい姿をしてますけど、建国されて間もない頃から、アウローラを守り続けてきたホムンクルスなんです。 王都が曲がりなりにも国として機能しているのは彼女のおかげですよ」
「強大な力を操る魔法使いは、個人の持つ意思によって世界を破滅に導く可能性すらある。 それを危惧した我等が偉大なる主人、エレノア・アルカナム様は魔術ギルドを創設し、強大過ぎる魔法的脅威に対する抑止力として我等に"久遠の守り手"としの役目を与えてくださったのだ」
主人の事を語るフィーリアはどこか誇らしげな様子だ。
「偉い! 千年近くに渡って、ご主人様から与えられた役目を果たし続けているなんて…」
「健気ですわ……」
「頭をナデナデするな! 愚か者!」
見た目の与える印象とは中々覆らないもので、フィーリアの幼い身体は王都守護という役目に似つかわしくないように思える。
「何故あなたのご主人様は、あなたをそんなに幼い姿として創造したのかしら?」
リリアの口にした疑問は当然のものと言えるだろう。
「そ、それはこの姿が我等の偉大なる主人にとっての理想を体現しているからだ……」
「……あなたのご主人様って
「業が深いですわね……」
「うるさい! アルカナム様を愚弄するな! ……きさまらの無礼極まりない態度、最早我慢ならぬ。 我等が主人様の名誉をかけて、きさまらに決闘を申し込む!」
事実がどうあれ、主人を幼女趣味呼ばわりされて黙っていられる程にフィーリアは穏やかではない。 寧ろ、有り余る力をもて余した彼女は好戦的とすら言えた。
「なんだか楽しそうな事になってきましたねぇ。 ではでは皆さんこちらにどうぞ~」
そう言ってクロエは一行を魔術塔の最上階へと案内する。 魔力を用いた昇降装置に揺られて一行が辿り着いたそこは、天井も壁もない屋上であり、吹き荒ぶ突風に煽られて転落すれば命はないだろう。
「今日日決闘なんて時代錯誤極まりないんですけど、昔はこの魔術塔の最上階で頻繁に決闘が行われていたらしぃですよぉ?」
古くから魔法使いの間で単なる暇つぶしとして、或いは自らの全存在を賭けた力比べとして、決闘は行われてきた。 その中で命を落とす者も少なくない。
「戒律無用の決闘だ。 泣いて赦しを請うなら赦してやらんでもないぞ?」
「……泣いて赦しを請う姉さまは見たくないですわね……」
「私もそんな姿はエリスには見せられない。 つまり、闘うしかないのよね」
しかし、フロース姉妹には幼い少女の姿をしたフィーリアに危害を加える事など出来ないだろう。
「より強い魔法の力を求めるなら、全力で闘ってくださいねぇ? あなた方に協力するかどうかは闘いを見て決めるとしましょう」
「手加減しようなどと考えるなよ? 王都を守護する"久遠の守り手"にして、
こうして精霊魔術師フィーリア対、百合魔法使いフロース姉妹の決闘が始まった。
「どうしよう… あんな小さい娘に攻撃なんて出来ないわよ…」
「とりあえず相手の攻撃を避け続けて、打開策を考えましょう」
フロース姉妹は手を繋ぎ
「どうした? さっさと剣を抜くがよい。 きさまらから来ぬのなら、こっちから行かせてもらうぞ?」
フィーリアは精神を集中し、魔力を集めて力線を形成する。 その中心には腰に下げた道具袋から取り出したる、
「火の精霊よ。 我等が呼び掛けに応え、此処に集え!
フィーリアが魔法を唱えると、依り代となる火蜥蜴の死骸に火の魔力が収束し、八本脚の巨大な蜥蜴の姿をした、燃え盛る炎の精霊が顕現した。
「ちょっ!? なによあれ!」
「
膨大な熱量により周囲の空気を揺らめかせながら、禍つ火の精霊はフロース姉妹に迫った。
「遠慮はいらぬ。 存分に戯れるがよい!」
姉妹は剣を抜き、
「確かにヤバそうな相手だけど、私達だって竜を殺してるのよ。 勝てない訳ないわ!」
「近づいただけで熱にやられてしまいそうですわね……攻撃範囲重視でいきましょう」
「了解よ、エリス」
フロース姉妹は光の刃を刃渡り六本分の長さまで延長し、禍つ火の精霊を待ち受ける。
八本の脚をバタバタと動かしながら襲い来る生ける炎。 フロース姉妹は間合いに敵の姿を捉えた瞬間、光の刃を同時に閃かせた。
竜すら殺し得るフロース姉妹の剣技は、魔力の集合体である精霊すら切り伏せる。 禍つ火の精霊は前脚を切り落とされ、切断面から火の魔力を溢れさせる。
「熱っつう… エリス、大丈夫?」
「問題ないです。 手早く片付けてしまいましょう。 ……火は苦手ですわ」
「……同感よ」
次々に身体中を切り裂かれ、魔力を失っていく禍つ火の精霊。 しかし、燃え尽きる寸前に関わらず、その力は衰えを見せない。 より一層荒れ狂い周囲に炎熱を撒き散らす。
「くっ…… うぅ…」
吹き出した炎に一瞬怯んだエリスを、禍つ火の精霊の口から放たれた熱線が捉える。 直撃を喰らえば肉も骨も、消し炭と化してしまうだろう。
「エリスッ!」
エリスは光の刃を盾の様に拡張させ、辛うじて熱線を防いでいる。 しかし、徐々に押し込まれ、エリスの肉体が焼かれていく。
「よくも私のエリスを…… 許せないッ!」
リリアは自身の身が焼かれるのも構わず、禍つ火の精霊に対して猛然と走り出す。 そして尚もエリスを熱線で苛む仇敵に対して大きく跳躍すると、光の魔力を収束させた刃を頭上から叩き付け、禍つ火の精霊を真っ二つに切り裂いた。
「姉さまッ!」
全身を炎熱で焼かれ、倒れ伏した姉の下にエリスが駆け寄る。 リリアの方が重傷を負っているのは火を見るより明らかだ。
「エリス…… 火傷は大丈夫…?」
「姉さまの方が大丈夫じゃないですわ! …じっとしていてくださいまし……」
「んっ……」
エリスは瞳を潤ませながら、愛する姉と口付けを交わした。
姉妹の身体が淡い光に包まれ、急速に傷が癒えていく。 リリアとエリスの間でのみ使える治癒魔法──
「ふむ…… 禍つ火の精霊を退けるか…… ならば次はこいつの相手をして貰おうぞ」
フロース姉妹が禍つ火の精霊と闘っている間に、フィーリアは次の精霊魔術の準備を整えていた。 彼女は再び魔力を集め力線を形成し、
フィーリアの精霊魔術により顕現したそれは不気味な存在感を放つ、宙に浮いた二つの漆黒の多面体であった。
「また変なのが出てきたわね。 妙な動きされる前に速攻で叩くわよ! エリスは右のやつをお願い!」
「分かりましたわ、姉さま!」
既に回復を終えていた姉妹は油断なく瞬時に漆黒の多面体との距離を詰めると、光の刃を叩きつけた。
フロース姉妹の斬撃は大した抵抗感もなく、あっさりと二つの漆黒の多面体を両断する。
「大したことなかったわね」
「まだです! なにか変ですわ姉さま!」
斬り裂かれた漆黒の多面体は切断面から次々に展開されていき、中から現れたのは底無しの闇。 それらは迅速かつ無慈悲にフロース姉妹を包み込み。
『何処にいるの? エリスッ!』
漆黒の多面体から溢れだした闇に飲み込まれたフロース姉妹は、気が付くと光も音も届かない空間に閉じ込められていた。 この魔法は恐らく、闇の精霊を用いた高度な結界の一種であろう。
「くっくっく…… かかりおったな。 闇に飲まれるがよい!
フロース姉妹はお互いに異なる異空間に幽閉され、闇の中をさ迷っていた。 何処まで進もうとも拡がるのは久遠の闇のみである。
『何処にいるのですか? 姉さまっ!』
光も音も届かない空間ではどこまでが自分で、どこまでが闇なのか判別が付かなくなり、次第に自意識が希釈されていく。
フロース姉妹は闇の中で永遠に離ればなれになる運命なのであろうか?
『エリス、例え貴女がどれだけ深い闇に迷い込もうとも、私が絶対に見つけ出すわ…だって貴女だけが私にとっての光なんですもの……』
答えは断じて否! 例え時空を隔てていようとも、姉妹の絆はお互いを求め合い、引き合うのだ!
『どれだけ深い闇に飲まれようとも、わたし達は一人ではないのですわ……いつだって、わたしと姉さまは一つです!』
『分かる…… エリスが私の事を呼んでいるのが……』
姉妹の間に生まれた、惹かれ合い引き合う想いは
フロース姉妹は時空の壁すら突破する百合力を光と火の混合魔力に変換し魔法を放った。
『『
姉妹が同時に放った"稲妻のらせん"は結界の内側から闇を引き裂き、精霊の依り代となっいたアメジストを粉々に粉砕する。
「なん……だと…!? どうやって結界を破ったというのだ!?」
フィーリアが驚くのも無理はない。 "隔絶の精霊結界"の内側は魔力が存在しない空間であり、普通の魔法使いでは破る事は不可能に近い。 彼女に誤算が有ったとすれば、フロース姉妹は自ら魔力を生成することができる存在であるという点だ。
「外は眩しいわね…… 結構時間がたった気がしてたけど、そうでもないみたいね」
「姉さま、ご無事で何よりですわ……」
久遠の闇より帰還した姉妹はフィーリアを真っ直ぐと見据える。
「よもやあの与太話が真実だとでもいうのか…… 百合魔法使い…」
フィーリアは最早認めざるを得ないだろう。 自らが決闘している相手が伝説の百合魔法使いであるという現実を。
「あの娘には少し、お仕置きする必要があるみたいね。 母さん直伝の"あれ"でいくわよ!」
「"あれ"ですわね…… 正直心が痛みますわ。 あのような責め苦を味あわせることになるのは……」
フロース姉妹は武装強化魔法を解除すると、剣を鞘に納め、全魔力を身体強化に割り当てる。 そして放たれた矢の如くフィーリアに対して疾駆した。
「光の精霊よ! 我等が呼び掛けに応え、此処に集え! セレスティアル——」
「遅いですわっ!」
次の精霊魔術を発動させようとしていたフィーリアをエリスが捉え、背後から抱きつく様に動きを封じる。
「戒律無用の決闘なんでしょう? なら何をされても文句は言えないわよねぇ?」
「なっ、何をするつもりだ! やめろっ!」
リリアは両手の指をわきわきと蠢かせながらフィーリアに迫った。
「さあ、お仕置きの時間よ! オリーブ母さん直伝、くすぐりの刑!」
リリアは細くしなやかな指を器用に操り、フィーリアの全身をくすぐり倒す。
「ひぃっ!? やめ、このおろかもの! ひゃうっ? どこをさわっておるのだ! このっ、ひゃっ、うひゃはっはっはっは! ふとももは、ひゃめてぇ! うくっくっくっ、アハハハハ!」
くすぐり責めによる苦痛とも快楽ともつかぬ感覚に狂わされ、フィーリアは激しく暴れ回る。 しかし、その幼く脆弱な肉体では姉妹の力に抵抗する事は難しい。 より激しく責められ、抵抗の気力すら奪われていく。
「われりゃの… まけだ…… まけをみとめりゅからぁ! ゆるひてぇ……」
目尻に涙を浮かべ、口の端からはだらしなく涎をたらし、敏感になった身体をひくひくさせながら赦しを請うフィーリア。 最早誰の目にも決闘の勝敗は明らかであった。
フロース姉妹は勝利したのだ。 その類い稀なる勇気と知略と絆の力によって、王都を守護する"久遠の守り手"にして偉大なる魔法使いに創造されたホムンクルスにして、悠久の時を生きる幼女の姿をした精霊魔術師を討ち破ったのだ!
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