閑話・魔術ギルド 弐

「またのお越しをお待ちしております、お客様」


 従業員数名と魔術師が使役する沢山の使い魔に見送られて、フロース姉妹は夢見る羊亭を後にした。


「いやー、初勝利のお祝いはここにしようってずっと思ってたのだけど、想像以上に素晴らしいところだったわね! 可愛い店員さんもいたし…」

「姉さま、お戯れも大概にしやがれですわ」

「エリス、口調変わってるから! ……私が悪かったわ…」


 普段は比較的穏やかに振る舞っているエリスであったが、その内面は姉であるリリアに対する様々な感情で決して穏やかではない。 しかし、当のリリアはその事に余り気づいていないらしい。 全くもって度し難い姉である。


「それにしてもエリス、私魔術ギルドなんて初めて行くのだけど、貴女は何かあてがあるのかしら?」

「前にエスクードさんからお話しを伺っていましてよ? 魔術ギルドにわたし達と是非会ってみたいと仰られている方がいると。 たしか、星魔法使いステラ・マギウスのクロエ・アドアステラ様という方ですわ」

「それ結構前の話じゃない? いまさら押し掛けて大丈夫かしら?」

「なんでも魔術ギルドの実験棟にいるのでいつでも会いに来て欲しい、との事なので遠慮無く伺いましょう!」

「人見知りな貴女がやけに積極的ね?」

「そ、それは…… だって、魔術ギルドですよ? 魔法使いたるもの一度は訪れてみたいと思うでしょう!?」

「そうかしら? まあ冒険者ギルドに比べて女の子は多いみたいだから、退屈はしなさそうね。 ……ごめん、今の無しで」

「本当に仕方のない姉さまですわね……」


 このような他愛のない会話を繰り広げながら、フロース姉妹は商業区の喧騒の中を抜けていく。 やがて人々の姿は疎らになっていき、姉妹は静謐な空気に包まれた祈りの広場にたどり着く。


「ここから東に向かえば魔術ギルドがある、アルカナ地区ですわね」

「なんで王都はこうも無駄に広いのかしらね……」


 王都アウローラは千年近くに渡り繁栄を続けてきた巨大な都市であり、その広大な街並みは荘厳な歴史の積み重ねを感じさせる。 その中でもアルカナ地区は神話研究や魔法研究の中心地として古くから栄えてきた地区である。


 アルカナ地区の古めかしい石造りの建物の中でも、最も高く そびえる二つの塔。 この天穿つ魔塔こそ、魔法使いにとっての聖地、王都の魔術ギルドの象徴である。


「やっと着いたわね~! 実験棟ってどこかしら?」

「建物が大き過ぎて、よく分からないですわね……」

「まぁその辺の女の子に尋ねてみるとしましょう」


 リリアは持ち前のコミュ力の高さを活かして、魔術ギルドの魔法使いとおぼしき少女に対して気さくに話しかける。


「そこのあなた、ちょっと良いかしら?」

「はい!? あっ、あたしですか!?」

「ええ、あなたよ。 三角帽子とローブが似合ってるそこのあなた」


 リリアに声をかけられて振り向いた魔法使いの少女の目は驚きに見開かれる。 それも無理からぬ事であろう。 リリアの自信に満ちた凛とした立ち振舞いと、持ち前の顔の良さは、ある種の魔法の如き効力を持つのだ。 その力は容易く他者を魅了して心を奪い、特に同性に対しては抗えぬ程の効果を発揮する。


「あっ、あなたはっ! リリア・フロース様ですよね!」

「ええ、そうだけど何処かで会ったことあるかしら?」


 リリアはその少女とは初対面であるのだが、数年前から冒険者ギルドに突如として入門し、怒涛の勢いで活躍を続けてきたフロース姉妹の噂は王都中に広がっており、特に若い娘の間では話題に上がらない日はなかった。


「ルビー色の情熱的な瞳、その金色の髪は絹のように滑らかで、戦乙女の如き気高い美しさに満ちたお方と聞き及んでいましたが、お噂に違わずお美しいです!」

「そ、それはどうも… ところであなた、クロエ・アドアステラさんという方をご存じかしら? 実験棟にいると伺ってるのだけど」

「クロエ様ですね、勿論知ってますよ。 うちの有名人なので」


 星魔法使いステラ・マギウス、クロエ・アドアステラ—— 闇属性と光属性の二重属性魔法デュアル・マギアの使い手にして魔術ギルドの上級魔法使いウィザードである彼女は、ギルド内でも有数の実力者として名を馳せている。 その力は空間を歪め、天体の運行にすら影響を及ぼす程に強大である。


「クロエ様は凄いんですよ! 魔法学の深い知識を持たれているだけでなく、実戦的な魔法も使いこなす、今最も最上級魔法使いカオス・ウィーバーに近いと言われているお方です」


「へぇ…… それは興味が湧いてきたわ。 その方のところまで案内を頼めるかしら?」

「はいっ! 喜んで! あっ、自己紹介が遅れましたけど、あたしエイミー・ネーベルっていいます! リリア様とエリス様の案内役、勤めさせていただきます!」

「よろしくお願いしますわ」


 見習い魔法使いの少女に案内され、フロース姉妹は魔術ギルドの複雑な回廊を進んで行く。 道すがらすれ違うのは、いずれも見習い魔法使いの少女達で、錬金術の素材や魔導書などを忙しなく運んでいる。


「冒険者ギルドと違って、魔術ギルドには女の子が多いから羨ましいわね。 みんな可愛いし」


 魔力の扱いに長け、魔法使いとなる者は圧倒的に女性の方が多い。 これは、魔力の根源となる百合力リリウム・フォルティアが女性と女性の関係性によって生まれる事に起因する。 もっとも、今となっては百合力を生み出せる存在は、フロース姉妹以外にはいないのだが。


「そうですね、あたしと同世代の子は殆ど女の子です。 まぁ、皆あたしみたいな落ちこぼれのちんちくりんと違って初歩魔術も、ちゃんと習得してる優等生な子ばっかりなんですけど……」

「そうやって自分を卑下する事はないわ。 小さな身体で頑張ってるあなたは、凄く輝いてるし可愛いいって思う。 だから、胸を張っていればいいの! 」

「リリア様にそんな風に言って貰えるとか、あたし……」


 リリアの口にした言葉は他愛の無いものだったが、彼女の偽らざる本心であり、故にエイミーの心に響いた。


 エイミーの頬は目に見えて赤くなる。 彼女は恥ずかしげに鐔広の三角帽子を目深に被り、うつむき加減だ。


「可愛いいとか、そんなことないと思いますけど!? いっ、いまは早く案内しなきゃですね!?」


 エイミーは恥ずかしさを誤魔化すように足早となり、フロース姉妹を実験棟に案内した。


「こちらがクロエ様の実験室になります!」


 クロエの実験室前にフロース姉妹が立った時、音もなく扉が開き姉妹を招き入れる。 実験室の中には用途不明な魔力装置が連なり、怪しげな錬金素材や、古びた魔導書、召還術の触媒等がところ狭しと並んでいる。


「クロエ様、お客様をお連れしました」

「お疲れ様ですエイミー、下がっていいですよ」

「はい、ではあたしはこれで…… リリア様、エリス様。 お話し出来て光栄でした。 またお会い出来たらうれしいです!」


 エイミーは深くお辞儀すると、ぱたぱたと元気に走り去って行った。


「早くもうちの女の子を攻略するとは、さすがですねぇ」


 クロエ・アドアステラの目が楽しそうに輝く。 彼女の黒く艶やかな髪と相まって、その好奇心の強そうな瞳は夜空に煌めく星の様だ。 理性的で大人びた雰囲気を持ちながら、いたずら好きな子どもの様でもあるその独特な佇まいは、彼女の魅力を引き立てている。


「お初に御目にかかります。 私は星魔法使いのクロエ・アドアステラです。 仲良くしてくださいね?」

「初めまして、私は冒険者ギルドの初級冒険者、リリア・フロースです。 突然押し掛けてしまって申し訳ありません」

「同じく冒険者ギルドの初級冒険者、エリス・フロースですわ。 突然の訪問にも関わらず快く迎えて下さり、ありがとうございます」


 ギルドマスター相手でも傍若無人に振る舞う印象があるリリアだが、決して無作法という訳ではない。 時と場合によって奥床しい振る舞いも見せるのだ。


「そんなに畏まらないで良いですよぉ、楽しくいきましょう。 リリアさんとエリスさんのお噂はかねがね伺っております」

「自分の知らないところで話しが広がっているのって、なんだか恥ずかしいですね……」

「言っておきますけど、姉さまの噂はろくなものじゃないですわよ?」


 いつにも増してエリスの語調が辛辣なものに感じるのは気のせいではないだろう。


「あっはは〜、私が最近聞いた話だと、ギルドの女の子を見境無く口説いて九股掛けてるとか、ギルドマスターのライアスさんの弱みを握っていて、強請りを繰り返して荒稼ぎしてるとかですねぇ」

「全く心当たりがないですね!」

「どの口が言いますか! ライアスさんの件は語弊がありますけど、さっきだって女の子を口説いていたではないですか!」

「いじらしくて可愛い妹ちゃんですね〜。 あんまりいじめちゃダメですよぉ。 他にもお二人に関する噂の一つに、暴食の大竜ニーズヘッグを討ち倒したってのがあるんですが、本当なんですか?」


 フロース姉妹がニーズヘッグを討伐した話は、まだ公式に発表された訳ではないのだが、今や王都では吟遊詩人の唄にされる程の広まりを見せている。


「それは本当の話です。 私達の目的は全ての竜を殺すこと。 その為にはもっと強い魔法の力が要るの 」


 より強い力を求めるフロース姉妹と、この類い稀なる天稟を与えられた星魔法使いの出会いは、いったい何を齎すのか? その答えは誰も知り得ない。 今は、まだ。






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