閑話・魔術ギルド 壱
「姉さま起きて下さいまし、もう朝ですわよ」
勢いよくカーテンが開かれ、朝日が射し込んでくる。 空は快晴であり姉妹が宿泊している夢見る羊亭の一等客室から、窓の外を望めば王都を一望することが出来るだろう。
永きに渡り栄えてきた王都アウローラ。 その彼方まで広がる街並みは、大きく四つに分けられる。 物流の中心となる商業区。 様々な種族の者達が暮らす居住区。 神話の時代を現代に語り継ぐ女神の神殿。 魔法研究や様々な学問の中心となるアルカナ地区である。 そして遥か遠方には王都を守護する、巨大な魔法的防護壁がオーロラのように揺らめいている。
「もうちょっとだけ寝てようよ~エリスぅ〜」
「だめです! 規則正しい生活こそ体調管理の基本です! さあ、早く起きて朝食にしましょう」
常に凛とした立ち振る舞いで周囲に隙を見せないリリアであったが、妹と二人きりの時間は、気が抜けた比較的ダメなお姉ちゃんとしての一面を見せることがあった。
「そんなこと言わないで、お姉ちゃんと楽しいこと、しよ?」
リリアは誘うような目つきで楽しいこと、の部分をやけに強調した話し方である。
「なっ!? 朝からなにを言って… そんなの…… ダメに、決まってますわ…」
エリスの語句は後半になる程に幾分弱まり、意思が揺らぐのが感じられる。
「ねぇエリス、私達ここまでずっと頑張ってきたでしょう? 少しくらい羽目を外してもいいと思わない? お姉ちゃん、エリスの可愛いところ、見たいなぁ」
リリアは妹の心を搦め捕ろうと更なる追い討ちをかけた。 既に部屋の中には艶やかな空気が漂っている。 エリスの自制心が限界を迎えるのも、時間の問題であろう。
「エリス、そんなところに立ってないで、こっちにおいで? 昨夜の続き、してあげる…」
「姉さま、わたし……」
リリアが赤らんだ表情で姉の誘惑に屈しようとした、まさにその時!
「朝食をお持ちしました」
絶妙なタイミングで給仕人が朝食を運んで来たのである。 我に返ったエリスは部屋の扉を開け、給仕人から朝食を受け取り、テーブルに並べた。
「姉さま! はっ、早く起きて下さいまし!」
「むー、しょうがないなぁ」
朝食として用意されたのは、芳しい匂いのする蜂蜜のような飲み物と、金色の林檎に似た果実であった。
「これって
どちらもおいそれと御目にかかれない超がつく程の高級品である。 もっとも、それらに言い伝えの如く食べた者を不死にする効能などはないのだか、非常に高い滋養強壮効果がある。
「さっそく頂きましょう!」
果たして神々が好んだとされる果実と神酒とは、如何なる味わいであろうか!?
「こっ、これは! 濃厚な甘味の中に絶妙な酸味が調和して奏でる極上のハーモニィ! 甘味が酸味を引き立て、また酸味が甘味を引き立てる、まさに無限大の旨味成分が作り出す小宇宙! これが神酒っ……! 圧倒的っ…… 神秘的旨さっ…… ですわっ!」
「この…… 味は!? 初めて食べる筈なのにどこか懐かしい、生まれてからずっとこの味を探し求めていたような…… そんな味。 何故かしら、オリーブ母さんのおっぱいを思い出すわ… あぁダメ、何か泣けてきた……」
もう少しで十八になろうという娘二人が、朝食を大絶賛して泣きながら食べるという謎な光景が繰り広げられていた。
「美味しかったですわねぇ、姉さま…」
「うーん、母さんが恋しくなる味だったわね…」
「姉さま、さすがにこの歳になって母さまのおっぱいを欲しがるのは、どうかと思いますわ……」
「違うから! それにオリーブ母さんのおっぱいは花の蜜的なやつだからセーフでしょう!?」
「いや、普通にドン引きですわ…… 」
「ちょっと、エリス最近私に対して冷たくない!? お姉ちゃん泣いちゃうよ!?」
ここからは暫く姉妹の痴話喧嘩が続く事になるのだが、諸事情によりカットさせて頂く。
「あーダメだわ、朝からおかしなテンションになってるわ。 一旦落ち着こう!」
「そうですわね、もっと有意義な時間の使い道を考えましょう」
「じゃあ、そうね。 良い機会だから、私達のこれまでとこれからの話をしましょうか」
無理矢理シリアスな空気を作り出す、強引な話題振りである。
「あまり実感がわかないけど、私達はようやく自分達の力で初めて竜を倒したのよね…」
暴食の大竜ニーズヘッグの討伐、それは全ての竜を殺す事を旨とするフロース姉妹にとっては大きな成果と言えるだろう。 もっともフロース姉妹が最初に殺めた竜は母親でもあった、嫉妬の邪竜レヴィアタンなわけだが、彼女は竜の力を抑え込んでいた上に、竜として生きる事より母親として死ぬ事を選択したのだ。 リリアとエリスにとってレヴィは竜ではなく、母親であり続けている。 そういう意味では二人が初めて殺した竜はニーズヘッグだと言えるだろう。
「ですが、ニーズヘッグは竜としては不完全な状態にあった様に思えます…」
「確かにニーズヘッグは完全な竜には戻ってなかったはずよ。 人間だった頃の意識を持っていたし、何より私達が
驚くべき事に、ニーズヘッグは世代を跨いで数百年間に渡り人間の内側に封じられていた。 しかし、不滅の存在である竜を永遠に閉じ込める事などできる筈もなかったのだ。 封印は徐々に綻び始め、やがて完全な竜となっていただろう。
「本当に私達は運が良かったのよ。 まず第一にニーズヘッグが不完全な状態だった。 次に最初から全力で潰しに来なかった。 更にあいつ自身が自分の能力を使いこなせていなかった。 そして私達の正体に気づかずに深読みしたあげく、わざわざ百合魔法の範囲内に入ってくれた。 そうなる様に誘導したのもあるけど、上手く行き過ぎね……」
「しかし、それでも尚わたし達は全滅一歩出前まで追い込まれていました…」
圧倒的優位に立っていようと、瞬き一つ程度の油断や、ほんの僅かな隙を見せただけで戦況が覆る程に戦力は拮抗していた。 単に戦術がうまくはまり、偶然を味方に付けての勝利に過ぎないのだ。
「要するに私達はまだまだ力不足なのよ。 このまま次の竜と闘ったとして、私達が勝てる見込みはかなり薄いと思うの…」
「それはつまり……」
エリスは次に続く姉の言葉を待った。
「ならば、やることは一つでしょう!! 私とエリスの愛を深め合う! そうすればもっと強くなれるはずよッ!」
「何故そこで愛なのですか!?」
リリアの理屈は決して間違いではない。 百合魔法使いの力の源は姉妹がお互いを思い合う心であり、愛の力と言えなくもない。 しかしリリアが、どさくさに紛れて妹と関係を結ぼうとしているのは明らかである。
「ね、エリス? 一回でいいから試してみよう!? すっごく強くなれそうな気がしない!?」
「姉さま… いい加減に…… してくださーーーいっ!」
この日一番となるであろうエリスの魂の叫びが響き渡った。
◇◇◇
「エリス、やっぱり最近お姉ちゃんに対して当たり強くない? ほんとに泣きそうなんだけど」
「姉さまはちゃんと反省してくださいまし!
……それにそういう事はもっと段階を踏んでというか… もう少し雰囲気を考えて欲しいですわ…」
顔を朱に染めたエリスの言葉は後半になるにつれて小さくなり、リリアには聞き取れない。
「ん? エリス、何か言ったかしら?」
「な、なんでもないです! とにかく、わたし達は今よりもっと強くなる必要があります!」
魔法使いが手っ取り早く強くなる方法など一つであろう。
「これより魔術ギルドに向かいます! 目的は新たな魔法の習得ですわ!」
画してフロース姉妹は王都の魔術ギルドに向かう運びとなったのだった。
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