追憶・マリーゴールドの楽園
金色の花々が咲き乱れる麗しい花園の只中で、剣を構えて向かい合う二人の少女がいた。 この二人こそが生れながらに竜を殺す事を宿命づけられた
フロース姉妹が
レヴィとオリーブは過ぎ去った歳月を感じさせない程に外見的変化が乏しいのに対して、フロース姉妹は両母の願いの通りに健やかで嫋やかに成長していた。 姉妹の金色の髪が風になびけば、微かに漂う芳しい香り。 身体つきはしなやかで無駄がなく、僅かに膨らみを見せる胸は、やがて豊満となるであろう事を予感させる。 その凛々しさと可憐さが調和した顔立ちは、姉妹に共通したものだったが、切れ長の瞳に宿る感情は姉妹で対称的であった。
姉であるリリアの紅き瞳は勝気さと意思の強さを感じさせるのに対して、妹のエリスの碧き瞳は優しさと気弱さ感じさせる。
フロース姉妹は剣を構えたまま、お互いに動かない。 エリスが単純に、その臆病さと姉との実力差故に身動きが取れないでいるのに対して、リリアは凛々しい顔で剣を構えてる時のエリスも可愛いなぁ。 などとあらぬ事を考えていた。
先に硬直した状況に耐えられなくなったのはエリスの方であった。
エリスは重苦しい空気を振り払うように、上段から剣を振り降ろそうと、気合いと共に大きく踏み込んだ。 と同時にエリスの脚の動きから攻撃を先読みしたリリアは、同じく大きく踏み込み間合いを潰す。
攻撃の起点を潰されたエリスは、いわゆる鍔迫り合いの体勢に持ち込まれていた。
「もっと激しく攻めていいのよ? エリスぅ」
「姉さまはもっと真剣になさって下さいまし!」
この時点で姉妹の形勢は既に明らかであった。 筋力においても体格においても勝るリリアが競り勝ち、妹の首筋に刃を突き付ける。 (安全の為に刃は切れないように加工してある)
「まっ、参りましたわ、姉さま…」
「潔くてよろしい。 じゃあ約束どおりに後でエリスのお胸触らせてもらうからね〜♪」
「随分と調子が良さそうだな。 私と少し遊ぼうか、リリア?」
「絶対いやよ。 レヴィ母さんは少しは手心を加える事を覚えて欲しいわね」
「痛くしないと覚えないだろう?」
エリスは母親のレヴィの強さを嫌と言う方に味わっていた。 姉妹に剣と魔法の両方を教えた師匠であるレヴィの実力は、まるで底が知れず、単純な年の差などでは言い表せない歴然たる力の隔たり感じさせた。
レヴィには遠く及ばずともフロース姉妹は決して弱いという訳ではない。 今はまだ
「二人とも剣術は及第点と言ったところかな。 魔法の方はまだまだだけどな」
「母さま、わたしと姉さまは
「理由は幾つかある。まず第一に
エリスは僅かに思案した後に、おずおずと答えた。
「力線の範囲内、つまりわたしと姉さまを繋ぐ直線上にしか魔法を放てない、という事でしょうか… ?」
「その通り、これはかなり致命的な弱点だ。 この効果範囲の制限を補う為には、別の武器を持つ必要性がある。 まぁ一本の力線を共有している事による、魔力収束率と魔力効率の高さは、百合魔法使いだけが持ちうる強みな訳だが」
レヴィの持つ魔法学の知識量は驚くべきものだった。 魔術ギルドに於いても、これほどまでに魔法学に精通している者は稀有であると言えた。
「よく分からないけど、剣で斬った方が速そうね」
「それも理由の一つかな。 魔法を使うより剣で斬った方が速い、なんて事はよくある話だ。
剣は魔法より速し。 これは戦場に於ける心得の一つだ。 いかに強大な
「あとは
「自然界に存在しない力… ? ならばどうやって魔法を使うのですか?」
エリスの疑問は当然のものと言えた。 自然界に存在しない力、百合力とは何なのであろうか?
「百合力、それは魔法学に於いては根源魔力と呼ばれるものだ。 この世界の魔力が火・水・地・光・闇の五つの力に別たれる前に存在した一なる力。 この力は百合魔法使いの感情の高鳴りに応じて生成される。 故に扱いが難しく、使いこなせば五属性全ての魔力に変換可能の万能の力とも言える」
百合魔法使いを百合魔法使いたらしめるもの。 それはお互いを強く想い合う姉妹の絆の力であると言えた。
「忘れないでくれ。 どんな時でもリリアとエリスは一番深いところで繋がってる。 決して一人じゃないんだ」
「レヴィ母さんの話は難し過ぎるわよ。 でも私とエリスがどんな時でも繋がっているのは分かる気がする…」
「わっ、わたしも感じますわ。 離れていても姉さまが側にいるような感覚を…」
「その感覚を大事にすることだ。 二人なら完全に百合魔法を使いこなせるようになるさ」
レヴィは確信にも似た思いを抱いていた。 いつの日かリリアとエリスが百合魔法使いとして成長し、竜を討つ日が来ると。
「そろそろお昼ご飯の時間だよ~」
オリーブの間延びした穏やかな声が辺りに響く。
甘い香りに誘われるようにレヴィ達三人は屋外に用意されたテーブルに向かった。
「今日のお昼ごはんは〜森で採れた果物の盛り合わせだよ〜」
テーブルの上の食器には様々な種類の果物が盛り付けられている。
レヴィの聖域一帯の樹木は地脈の豊潤な魔力の影響により、極彩色をした奇妙な形の果実を実らせる。 それらは栄養素と魔力を多量に含む為、必然的に彼女達の食卓に多く並ぶことになる。
レヴィ達家族四人はテーブルの上の色とりどりの果実に舌鼓をうった。 それらは蕩けるように甘く、また心地よい酸っぱさを併せ持つ極上の味わいであった。
「果物の盛り合わせは美味しいのだけど… 何か物足りないわね」
「姉さま、オリーブ母さまの用意して下さった食事に文句を言うものではないですわ」
エリスは姉の物言いを嗜める。 だが彼女もまた、これらの食事に物足りなさを感じていた。
「もしかして〜リリア、お母さんのおっぱいが欲しいのぉ?」
「違いますから! 十四歳にもなって、乳離れ出来ない子なんていないわよ!」
リリアは自らの名誉にかけて全力で否定する。
「すまない、リリア。 私にも母乳が出せればッ! …」
「レヴィ母さんまで変なこと言わないで! 私が言いたいことは、この食卓には圧倒的にお肉が足りてないってことよ!」
確かにフロース一家の食卓に肉類が並ぶ事は稀だ。 それらは時々気まぐれでレヴィが狩りに出かけた際に持ち帰るのみであった。
「お肉を食べるなんて〜野蛮だよぅ」
「まぁまぁ、リリアもエリスも育ち盛りだし、確かに最近は狩りに出てなかったからね」
レヴィは良い事を思いついた、と言うように指を鳴らして続けた。
「リリアとエリスに狩りをして貰うとしよう。 実践経験も積めて、食糧も手にはいる。 まさに一度の投石で二体の
「そんなの危ないよぉ、わたしは〜大・反・対!!」
二人の母親の意見は真っ向から対立していた。
「大丈夫さ、オリーブ。 リリアとエリスは十分に剣を扱えるし、基本的な百合魔法は修得してる」
「でも… 心配だよぅ。 もし恐ろしい魔物に襲われたらどうするの?」
オリーブはやや心配性かつ過保護なところがある。 加えてリリアはレヴィに似て、やや無茶をし過ぎる性格であった。
「それは問題ないよ。 聖域から伸びている魔物避けの魔法がかかった路を通って、森の入り口付近まで歩けば、魔物化していない獣ばかりだから簡単に倒せるはずさ」
「オリーブ母さん、心配しないで。 私とエリスなら大丈夫だから! ねっ、エリス?」
「姉さまの大丈夫は、どの程度大丈夫なのか判断が難しいですわね…」
結局、レヴィとエリスの説得にオリーブが折れた形で、絶対に無理しないこと~! を条件にフロース姉妹は初めての闘いに赴く事となった。
例えどのようなものを相手取るにせよ、闘いとは命懸け。 フロース姉妹は幼き頃よりレヴィにそう教えられてきた。 だがその言葉の意味を真に理解しているだろうか? たかが獣、されど獣。 願わくば姉妹の行く末に剣の導きのあらん事を。
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