閑話・獅子と狼と
冒険者ギルドにて大金を手にいれたフロース姉妹は、軽い足取りで夢見る羊亭に向かっていた。
「お金が沢山儲かったのはいいんだけど、この円月刀だけ買い取り拒否されちゃったんだよね…」
そう言ってリリアは手にした二本の円月刀を曲芸師のように弄ぶ。
「そうなのですか?」
「うーん、どうやら強力な呪いがかかってるらしくて冒険者ギルドじゃ取り扱えないのだって。 私の見立てだとかなり高価な物だと思うのだけど…」
「そうですわね。 何か特殊な魔力が籠められてる感じがしますわ…」
その血のように赤い円月刀は、かつてニーズヘッグと死闘を繰り広げ、敗れ去ったレオニダスという名の
フロース姉妹が円月刀の処遇について話し合いながら歩いていると、後ろから低くしゃがれた声が響く。
「待ちな、嬢ちゃんたち。 そいつをどこで手にいれた?」
フロース姉妹が振り向くと、そこには初老の男が立っていた。 その老人はボロボロの外套を身に纏い、無精髭を生やしており、一見すると見すぼらしく見える。 しかし、顔に刻まれた無数の古傷と、狼のような鋭い眼光は、
「この円月刀のこと? これは冥界の入り口と呼ばれる洞窟の最深部で拾ったものよ。 持ち主は多分もう死んでるわ」
物怖じせずにリリアが答える。
「そうかい… とうとうおっ
「この円月刀の持ち主の方をご存知なのでして?」
おずおずとエリスが尋ねる。
「ああ。 レオニダスってぇ名の俺の息子さ。 まぁ血は繋がってなかったんだが、俺に似て気の短ぇ乱暴者の大馬鹿野朗でよ、でぇぶ前にその刀引っ掴んで家を飛び出したっきりだ」
「それは… お気の毒に…」
「気の毒なもんかよ! あんな野朗、死んじまってせいせいすらぁ!」
「ちょっと、そんな言い方ないんじゃない?」
老人の余りの言い草にリリアが思わず嗜める。
「ちくちょう、あの馬鹿息子がッ… 」
初老の男の目には涙が浮かんでいた。 涙と共に堰を切ったように言葉が溢れ出す。
「闘いの中で生きる事しか知らなかった俺に、人としての生き方を教えてくれたのは、まだガキだった頃のあいつなんだ… そんなガキに俺は闘いと殺しの
初老の男は気恥ずかしそうに涙を拭う。
「年はとりたくねぇもんだ。 涙腺が緩くなっていけねぇや。 嬢ちゃん達、年寄りの長話に付き合わさて悪かったな。 じゃあ達者でな」
そう言うと初老の男は足早にその場を去ろうとする。
「待ちなさい、お爺さん」
リリアが初老の男を呼び止めた。
「なんだってんだ? 嬢ちゃん」
「忘れ物よ。 その円月刀を持って行きなさい。 息子さんの形見なんでしょう? 」
「でもよぉ…」
初老の男が言い淀む。
「愛していたのでしょう。 息子さんのこと」
初老の男の顔が一瞬強張った後、険が取れたような優しい表情をつくる。
「ああそうさ。 小っ恥ずかしくて面と向かってあいつにゃあ言えなかった。 でも確かにあいつは俺の息子だったんだ…」
「ならばそれはあなたが持っているべき物よ」
リリアの申し出に僅かな時間迷った末に初老の男はその言葉を受け入れる。
「そうかい、ならば有り難く貰ってくよ…
ありがとな」
去り際にその初老の男はフロース姉妹に尋ねた。
「なあ嬢ちゃん達の名を教えちゃあくれねぇか?」
「私の名はリリア・フロースよ」
「わたしの名前はエリス・フロースですわ」
フロース姉妹が答える。
「リリア嬢ちゃんとエリス嬢ちゃんか、
ルプス・ベスティアと名乗った老人は別れの挨拶もそこそこに二人の前から去っていった。
「あの御老人、只者ではないですわね…」
「そうね。 隠してたみたいだけど、刃のように研ぎ澄まされた魔力の流れをしていたわ」
「それにしても見直しましたわ。 お金にがめつい姉さまが高価な物をただで譲るなんて…」
エリスは心底驚いた、という様子だ。
「別に感傷的になった訳じゃないわ。 ただ恩を売っておけば後々良い事が有るかもって思っただけよ」
「ふふっ、まあそういう事にしておきましょう。 ところで姉さま、あの御老人どこかで目にした事があるような気がするのですが…」
「私もそんな気がしてた! どこだったかしら… ?」
その老人、ルプス・ベスティアの名は王都の英雄通りに建ち並ぶ、歴代の英雄を象った一体の彫像の台座に刻まれていた。
ルプス・ベスティア――魔術師ギルドの永い歴史に於いて六人しか存在しない偉大なる
十年以上前に戦場から離れていたルプスは、この日を境に血呑みの円月刀を手に戦場に舞い戻り、幾多の伝説を新たに築く事になるのだが、今のフロース姉妹には知るよしもない事だった。
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