第26話 ショートヘアとツンデレ

 時間通りに起きないといけないのは、こんなにも辛かったのか。

 津野は二週間前までそんな生活をしていたにも関わらず、休みを挟んで早起きするのに大変な壁を感じている。


「お昼まで……」


 今日も変わらずひっつかれているが、それを引き剥がし津野は着替え始める。


「今日こそは本当に遅刻するから、やめて、本当にやめて」


 着替え途中にも布団への誘惑をする幸夜にあらがいながら、まだしわ一つないパリパリとした制服に袖を通す。


「ネクタイ、ネクタイってどう結ぶか知ってる?」


「知らなーい」


 幸夜に聞いても仕方ないことくらいは知っていたが、となると――


「はい、できあがり」


 広間に行き、間に手伝ってもらいながら無事にネクタイを結ぶことができた。


「おお、すごい、男子高校生がいる」


 と柏原。広間には住人全員が集まっている。


「本当だ。いや待ってください、あれは音に聞く女子高生というものでは?」


 当然、今日から同じ学校に通う夏乃も同じく制服だ。


「ぐっへっへー、お嬢ちゃんパンツの色は何色だい」


 柏原もただのおっさんと化している。


「すごい、高校生が二人もいるのね」


 管理人は手を合わせ感激しているようだ。

 恥ずかしいからやめて欲しい。あと高校生を何だと思ってるんだ。


「そ、それじゃあいってきます」


「いってきます」


 いってらっしゃーい、と柏原、酒坂、間、幸夜を残し三人は学校へ向かう。


「はあ、緊張するわ。なんてったって久しぶりだもの。校長先生はお元気かしら」


 管理人は一人楽しげだ。

 それに対し津野らは、なんというか、面はゆい感じだった。

 道中、津野は青井の姿を見かける。

 と、一瞬後ろ姿だけでは彼女とはわからなかった。


「おはよう、どうしたんだその髪」


 青井は少年とまがうほどの短髪となっていた。

部分的には津野よりも短いかもしれない。


「見た目には気を遣わないといけないなと思って、短いところに合わせてお母さんに切ってもらったの。そしたらこんな感じ」


 ベリーショート、と言って髪をもてあそぶ青井。今までのイメージからはほど遠いが、それでも似合っているのが不思議である。

 楽しげな二人の空気に、一人不満そうな目を向けている者がいた。


「なあ、夏乃さん。どうしたんだい」


 背後の夏乃に声をかける津野。

 むき出しの警戒心が、管理人の怒った時をほう彿ふつとさせて少し目を合わせるのが怖い。

 ちなみに当の管理人は面白そうな雰囲気を察していつの間にやら後方におり、どうやら傍観に徹することにしたようだ。そんなことをやっていないで助けて欲しいと津野は思う。


「この人誰」


 なるほど、その言い分はごもっともだと思った。

 けれど、上手く関係を言い表せる言葉が見つからない。


「ああ、いや、幼馴染みというか、何というか」


「一緒に幸せになろう。って言ってくれたの」


 夏乃から表情が消える。それと同時に、津野の体温も失われる。


「ちょっと待て、それだと語弊がありすぎる」


 しかし、間に入ろうとする津野に目もくれず、青井は高笑いでもしそうな表情で尋ねた。


「そちらは?」


 夏乃は少し考えた後に、にやりと笑ってこう答えた。


「一つ屋根の下に住んでいます」


 なんで対抗しているんだ。やめてくれ。そんな津野の訴えはあえなく虚空に消えていく。

 いっしょくそくはつ、前門の虎後門の狼、めん。津野はまだ学校に着いてもいないのに胃を悪くしそうだった。

 剣呑な空気のまま一行は校門にさしかかる。

 彼らを迎えたのは溢れんばかりの桜色だった。


「わあ、すごい。今日はまだ満開にならないって予報では言ってたのに」


 管理人は手を合わせこの光景にれている。

 彼らの高校生活はここから始まる。

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