第13話 デート? へ行こう!

「おはようございまーす」


「ございます……」


 げっそりとした津野と明らかに上機嫌な幸夜を待っていたのは、いつもよりも少しよそいきの服装をした管理人だった。


「はい、おはようございます。なんだか元気なさそうね? 大丈夫?」


「ええ、大丈夫です。ちょっと昨日夜遅くまで起きていまして」


 正確に言うと朝方に目覚めてしまったのだが、これも幸夜によって。


「あら、ちゃんと夜は寝なきゃダメよ。背が伸びなかったら大変」


「はい、気をつけます」


 それはしき事態だった。

 ただでさえ成長期と言うには慎ましい中学時代を過ごしたのだ。高校生になっても同じとは考えたくない。

 いくら寝不足とはいえ、柚子さんと共に出掛けるのだ。いつまでもこのままではいられない。

 気合いを入れ直すために頬を二、三度はたく。


「よし! ちゃんと起きました。大丈夫です、さあ行きましょう」


「はい、行きましょう」


「いきましょー」


 今日、管理人が津野を誘ったのは、町の案内をするためだ。

 結局布団を買いに行くにも何処に行けばいいのかわからず、お古があるからと柏原に布団を一床もらい、予定が合う日に案内できる人間で町を案内しよう、というてはずになったのだ。

 さて、予定が合う日だが、間は探偵であるため依頼がなければ暇、酒坂は作家なので書く物がなければ暇、柏原は依頼がなければ基本的に暇、夏乃は学校がまだ始まっていないため基本的に暇、管理人だけが買い出しなんかで少しだけ忙しい、ぬらりひょんや幸夜は妖怪であるために基本的に暇……と。

 あれ、このアパート暇人が多すぎないか、そんなことに気づいてしまった津野は、しかしそれ以上を追求しようとはしなかった。


 そんなわけで、管理人の予定が合わなかった一日を挟んで今日、こうやって共に町へ繰り出すことになったのである。

 他の住人は午後、全員が行きつけの居酒屋があるとのことでそこに集合するらしい。

 高校生を居酒屋に呼ぶとはどういうことだろう。管理人が黙っていないような気もするが、どういうわけかお許しが出たのである。

 それにしても、あの大人達が酔っ払った姿……想像するだに恐ろしい。

 夜の修羅場を予感した津野は、せめて今を精一杯楽しもうと思った。


「それで、何処に行くんですか?」


 津野は先導する管理人に尋ねる。


「えーと、まずは買い物が出来るところかな。ショッピングモールに寄ってから、喫

茶店に行って――あ、そうだ、夕食の準備をしないと、喫茶店の後にそっちだね」


 今日は心強い男の子がいるので、たくさん買っちゃいます。

 その言葉はなんだか頼りにされているようで、とても嬉しかった。


「そうそう、後で行くスーパーって、確か今福引きをしてるのよ。たしか、三枚で一回だったかな? くじ運がいい人っている?」


「あたし! あたし!」


「お前ただ福引き引いてみたいだけだろ」


 というような会話をしているうちに着いたのが駅前の複合商業施設、名前をファミーユモールといった。

 外観はヨーロッパの城をイメージして作られているようで、休日のためか多くの車に囲まれているその姿はほんの少しシュールに見えた。

 どちらにしても、津野にとってここまで大きな建物は初めてである。

 津野の通っていた小学校と中学校が、そのまま収まりそうな大きさだ。

 ここまでの物を見たことがないのは、幸夜とて同じである。


「ほおお」


「でっかいわねー」


 感嘆を漏らす二人に苦笑しながら管理人は二人に促す。


「さあさ、早く中に這入っちゃいましょう。外だけでこんなに驚いてたら、中に這入ると大変よ」


 管理人の忠告通り、中には二人の想像を超える世界が待っていた。


「え、駅にもここまでたくさんの人はいなかったのに」


「あーすごい、なんか気持ち悪くなりそう」


 幸夜は早速、人に酔っている。

 それはそうだろう。何処を見回しても人、人、人、津野は自分に不幸を感じ取る感覚が残っていなくて良かったと思った。


「まあ、ゆっくり見て回りましょうか。気になるところがあったら言ってね」


 駅前と言うこと、また元々が港にある商業が盛んな土地と言うことで、モールの広さは伊達ではなかった。

 様々なブランドのショップに始まり、雑貨屋、本屋、楽器屋から映画館に至るまで、あらゆる店が並んでいた。

 情報の奔流に目を回した二人を気遣い、管理人は一階にあるフードコートでの休憩を提案した。

 そして今まさに、一行はそこで休憩中なのである。


「すごい、都会ってすごい」


 シャンデリアのような装飾がされている天井を見ながら、津野は深く息を吐く。

 外も洋風ならば中も洋風である。


「つーかーれーたー」


 机に突っ伏して幸夜は言う。

 その前には付近の女子高生に人気のケーキとコーヒーのセットが置いてあるのだが、手をつけられた気配はない。

 管理人は同店のミルフィーユとカフェモカにしたつづみを打ちながら、その様子を微笑ましそうに見ている。


「二人とも大丈夫? あともう少しだけここを見て回ってから、お昼にしましょうか」


「あー、あたしはもうちょいここで待機したいなーって」


 幸夜のつむじがそう言う。なんとなく押そうとしてみたが、あえなくそれを読まれ、阻まれてしまう。指を反対にそらすのはやめていただきたい。


「そう、やっぱりたくさん人がいるのには慣れてないだろうし、時間はまだあるからのんびりするのもいいかもしれないわね」


 そうだ、大勢の人に慣れていないのは津野も同じだったが、特に幸夜は人里に降りてきて間もないのだ。より耐性がないのも無理はない。

 よく見るとうっすら見えるうなじも少し汗ばんでいる。


「いや、大丈夫。まだまだ回復に時間かかるから、二人で見てきて。あたしはここで待ってるから、終わったら迎えに来て」


 その言葉に津野と管理人は目を見合わせる。

 ここ数日間の中でここまで弱った幸夜を見るのは初めてだった。

 少し申し訳ないことをした。今度はもう少し人の少ないところから慣らしていった方がいいかもしれない。


「じゃあ、もう少しだけここを見てくるから、ここで大人しくしてろよ」


「言われなくてもそんな元気ないよー」


「知らない人について行っちゃダメだからね。怖い人はたくさんいるのよ」


「はーい」


 右手だけをひらひらさせてから承知の上であることをアピールしてくる。

 このまま放っておくのも少し気が引けたが、あまり気を遣われるのも幸夜は好かないだろう。

 後ろ髪引かれる思いだったが、津野ら二人は再三幸夜に注意したあと、フードコートをあとにした。

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