不幸の神と幸せになるには

第12話 起きろ!!!!!!!!!!





 病めるときも、健やかなるときも、そしてもちろん、地獄の底まであなたと共に。




 津野は頭痛と共に目覚めた。

 外では小鳥が朝の訪れをこれでもかと告げている。

 ここに来てからというもの、まともに寝られた事がないような気がする。

 その直接の原因と呼べるものは今隣でグースカ寝ている。

 用意されているのは二床しょうの布団、にも拘わらず使われている面積はその半分。

 むしろいらないくらいだった。

 布団がもう一つある事で津野の安眠が保証される。そんなに人生は甘くないというのか。神はどうして人々に試練をもたらすのか。

 直接文句でも言いたくなった。

 神はどこだ。

 会ったらぶん殴――るような罰当たりなことが出来ない。


 文句……お願い、嘆願……ちょっと目こぼしをしてもらうことは出来ないだろうか。

 だめだ、同じ部屋の妖怪にさえ手こずっているのに、神様なんて到底相手に出来る気がしない。

 所詮神には人間達の見分けもつかないんだろう。

 しょうがないのでとりあえず隣で眠っている問題から先に片付けることにする。


「起きろ、お願いだから起きろ」


 ぺしぺし、と頭をはたく。

 軽く顔をしかめる表情は、この間まで津野の命を狙っていた者には到底見えなかった。


「愛の鞭……」


 寝ぼけるな。


「いや、違うから。ただの鞭だよ。ほら、起きろって、今日は柚子さんと出掛けるんだから」


 かつては津野も管理人さんと呼んでいたが、どうやらあまりかしこまって呼ばれるのが好きではないらしく、何より津野自身も名前で呼ぶ方が何だかしっくりきてしまったため、最近では柚子さんと呼んでいた。

 ちなみに妹の方は夏乃ちゃんと呼ぶと怒られたので、夏乃さんと呼んでいる。


「あーもう、置いていく、くっ」


 妖怪とはかくも強いものなりや。

 幸夜は寝ぼけているはずなのに、津野の胴体をがっしりと固定していた。


「ちょっとま、ぐ、くそ……」


 どれだけ暴れてもびくともしない。起こすためには鞭どころかちゃんとした凶器が必要なんじゃないか? 津野は鈍器か刃物か悩んでいる。


「いいじゃん、まだ寝てようよ」


 そう言われても、そもそもこの姿勢で眠れる気がしない。

 毎晩の事ながら、幸夜はどうしてこんな状態で眠れるんだ。

 健全な高校生である津野にとって、これ以上の拷問はないというのに。

 拷問。

 ふと思い立った津野は抜け出すことを一旦やめ、なんとか幸夜の方へ向き直ろうとする。抱えられていようが、体の方向を変えることは出来た。

 ちょうど津野の鳩尾辺りに幸夜の顔が来ている。寝息がかかってくすぐったい。

 そしてそのまま――

 津野は幸夜の頭を抱きしめた。

 こうすれば、幸夜の口と鼻を同時に塞ぐことが出来る。

 腹にかかる温かな息が徐々に苦しげになってくる。


「んぐっ、ぶっ」


 ぶはっ、と言う声と共に津野は解放される。


「はあ、はあ、なんて言うことを」


 肩で息をしながらも、幸夜はこちらへ非難の目を向けてくる。


「うるせえ、離れてだめならくっつけ、だ」


 拷問道具と言っても津野には全く思い浮かばなかったが、ただなんとなく苦しくなりそうなものを思い浮かべた結果、相手の呼吸を阻むことにしたのである。

 朝起きるためだけにこれだけの苦労をしなくてはいけない、なんとしても津野は幸夜に自分の布団で眠るよう教育をしなくてはならない。

 やっぱりいるのは鞭だろうか。

 そんなことを考える津野の心を読んだのか、幸夜は答える。


「さっきのあれ、普段からやってくれたらいいのに」


 そしたら大人しく起きるかも。

 ぼそりと呟く。


「さっきのあれ――って」


 普段から呼吸器を塞げと。酒坂が聞けば手を叩いて喜びそうなアブノーマル具合だ。


「違うっての。あの、ぐってするやつ」


「ぐっ、て」


「そう、頭じゃなくてもいいけど、ぎゅーってしてもらうの、ちょっと嬉しかった気がするんだよね」


 くしゃくしゃと髪をかき回しながら照れくさそうに幸夜は言う。

 まじですか。

 今まさに彼の頭の中では、天秤が揺れていた。

 毎朝の平穏か、毎時のしゅうか。

 津野は気づいた。やってくれたら起きるとは言ったが、津野の布団に這入らないとは言っていない。

 普段から抱きしめたとしても、津野の寝床に平穏はやってこないかもしれない。


 だが。


「だめ、かなあ?」


 少し顔を赤らめてこちらを見る幸夜の表情により、天秤はあっけなく破壊された。


 仕方がない、津野だって男の子である。


「まあ、それが、俺の布団に平穏をもたらすのなら……」


 建前は幸夜の前で意味をなさないというのに、それでも津野は素直にいいと言うことが出来ない。


 それも仕方がない、やはり津野だって男の子である。


「おお、おお!」


 幸夜の顔はみるみるしょくに染まる。

 さささ、と近づいてきたかと思うと、いきなり津野の胸元に顔を埋めた。

 やはりかかる息がくすぐったい。


「ふへへ」


 すりすりと顔を擦りつける。撫でられている猫のようだ、と津野は思った。


「いい。いいなあ、これ。持ち歩きたいくらい」


 めちゃくちゃ不穏なことを言う。彼女の中で津野の胴体が分離していなければ良いのだが。

 少し好きなようにさせたあと、津野は言う。


「もういいだろ。早く行かないとそろそろ本当に遅れる」


 離れようとしたが、また胴体を固定されている。


「あと五分」


「いや、もう、ああぁ!」


 これではさっきと全く状況が一緒ではないか。

 津野は自分のかつさを呪った。

 あと、こんな状況をほんの少しだけ嬉しいと思っている自分も。


 仕方がない、津野だって男の子なのである。

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