第9話 妖怪はそこにいる ?
翌日、目覚めた津野が真っ先に感じたのは、言いようのない寒気だった。
あいつが近くにいる。
あいつに出会ったとき、果たして昨日話したように出来るのだろうか。
出来たところでそれが有効に働くのだろうか。とてつもない不安に駆られる。
なにせ、何か策を
間曰く、相手に何がばれようとこの策が
「僕も加勢しに行きますから」
その言葉を思い出し、ほんの少し緊張が和らいだ。
言われたとおりに、言われたとおりに。
昨日、間から教わった流れをもう一度確認する。
大丈夫、何も心配はいらない。
あとはそれを実行するだけだ。
津野はゆったりとした足取りで、入り口へ向かう。昨日彼女に出会った場所だ。
朝の日差しが入ってくる。春とはいえ、まだ少し涼しげな空気を
昨日と変わらず、彼女はそこにいた。
「おはよう。今日も会えて嬉しいよ」
相変わらずニコニコとこちらを見ている。他の人間がそれをやれば、津野は好意さえ覚えるだろう、けれど相手は自分を食いに来ているのである。
「そう? あんたに好きって言ってもらえるのは嬉しいな。十年間も想い続けるとね、なんだか恋心に似た気持ちを覚えるんだよ。いずれ自分が食べるとわかっていても、あんたが恋しくて愛しくてたまらない」
「そんな、意味わかんねえことを……」
津野は虚勢を張る。目の前の妖怪には全く意味をなさないことを知っていながら。
「そう、頑張って強がってくれてるんだ。何でだろ? 何か作戦を立ててきたとか? 待ってて、今当てるから」
むむ、と額に指を当て、クイズのように扱っているが、彼女にはもうわかっているのだ。それでも津野は引くわけにはいかない。
「俺はもう、お前が怖くない」
その言葉を聞いて、少女はきょとんとする。
「どうしたの? そんなに頑張っちゃって、すごく嬉しいんだけど」
相手にどんどん恐怖が伝わっていく。策を講じようとしていること、その策までもが曝かれようとしている。
だがそれでいい。はずだ。
「ああー、なるほどね。そういう感じの作戦か。いや、作戦って言うのかな?」
間が講じた作戦はこうだ。
覚の怪に心を読ませる。口からは違うことを発言し、あたかもそれが隠された心かのように、覚に
そこで津野は言うのだ。
「そう、そうだ。そう思い込むように俺は言い聞かされた」
「そう、そうでしょ。そう言うようにいわれたんでしょ? よくわかんないんだけど、そこまでばれてて何か意味があんの?」
「いいや、あるんですよ」
背後から聞こえたのは、相も変わらず人形のように、
「ごめんね、二人だけの空間だったのに。僕は馬に蹴られて死ぬよりも酷い目に遭って死ぬことが決まっているので、それに免じて許してください」
探偵は
さらっと恐ろしいことを言った気もするが、津野同様に、少女にも目の前の人間の考えがはかりかねないようだ。
津野はここから黙るように言われている。任されているのは一言だけ。
「本当そうだよ、せっかく楽しくおしゃべりしてたのにさ」
少女は眉間にしわを寄せ、それだけでも人が殺せそうな視線を探偵に送っている。
「まあまあ、好きな子をいじめる気持ちはわからないでもないですが、少しやりすぎのような気がしますので、ちょっと間に立とうかと」
「間に立つって言ったって、何が出来るわけでもないでしょ。そっちの作戦だってあたしには意味もないし」
確かにそうだ。津野にはこの作戦が本当に効果があるのかわからない。
けれど探偵は自信満々にこう言う。
「残念ながらそうじゃない。津野君はあなたに心を読まれた。それは紛れもない事実です。けれどそれは、実を言うと僕にそう思い込むように言われたことをそのまま思っていただけなのです」
津野の中でこんがらがってきた。
少女の中でも同じようだ。心が読めるからと言って、それが理解できるとは限らない。
「そうだ、先に言わなくてはいけないんでした」
――さて。
探偵はそう言って話し始めた。
「つまり、あなたが読んだのは、津野君の本当の心ではなく、僕があなたに読ませようと用意した虚構の心なのです」
「そんなの、意味わかんないんだけど。そこまで全部含めてあたしは読んでるんだよ」
「いいえ、読まれているところも全部含めて、こちらの用意したまやかしなんです」
間は後にこう説明した。
後期クイーン問題というものがある。
ミステリー作家、エラリークイーンの作品について分析する上で提唱された問題で、間は二つあるうちの一つを例に挙げた。
つまり、「作中で探偵の出した結論が、果たして本当に真相であるか、作中において証明することが出来ない」と言う問題である。
作中に登場した手がかりを元に探偵は推理を組み立てるのだが、登場した手がかりが本当に全て余さず見つけられたのか、隠れたものはなかったか、そして何より、偽物がなかったのか、というものを探偵は保障できない。
なぜなら探偵は、探偵が知らない情報がある(可能性がある)と言うことを知ることが出来ないからである。
それは、小説が閉じられた世界である以上避けられない事実だ。
極論、探偵が犯人を導き出したとしても、それがさらなる真犯人によって手がかりが用意され、そう推理するように仕組まれたものではない、という証明が不可能と言うことだ。
今回のケースで言えば、犯人に津野、探偵役に少女を置く。
津野の心を手がかり、少女が心を読むことを推理と考えるとわかるだろう。
少なくとも少女には、津野が考えた事、または間が考えた事を「そう読むように仕組まれた事ではない、完全な真実である」と言い切ることは出来ないのだ。
それを証明することは、少女にはもちろん、それを言っている自分たちにだって出来ない。
もっとメタな視点での話だからである。
現実ではこんな矛盾が起こることはない。
この矛盾は妖怪や探偵が物語の中という閉じた世界にいるからこそ、起こりうるのである。
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