異常能力者が求める青春。

@2789

第一章 サニーライト

プロローグ「青春」

「……いってきます」

「いってらっしゃい、カイキ」


 黒縁くろぶち眼鏡をかけた穏やかな性格の父親に見送られる俺、片桐かたきりカイキ。


 天里てんり諸島という日本有数の大きな離島の、天里町に住む高校2年生。学校生活は、実のところあまりパッとしない毎日を過ごしている。


 1年生のときは、先輩たちからの歓迎行事や様々な学校行事があったりと、あの毎日は苦しくも楽しかったと言えるだろう――。

 しかし、今はそれらが消え去った静寂の中で学校生活を送っている。最近になってから、鬱病にでもなってしまったかのように怠さと眠気が俺の青春を邪魔していた。


 世界というのは残酷らしく、どんなに努力しようが頑張ってみようが、上手いこと結果に結びつくことはなかなかあり得ることではない。もういっそのこと、何も考えずに放り投げてしまおうかと僅かに思う。


—―一か月振りの朝の日差しに目がくらむ。

 通学路にある道路のすみできた影から、空をあおぐ。


 梅雨つゆ明けとされる今日、7月の頭。そして、月曜日だ。


 どんなに晴れても、土日という、ほとんどの学生共通の休日をまたいだ次の日は、体が学校へ行くことを拒否してしまう。どうにか重い腰を上げて家を出れば少しは気分が変わるものだと思っていたが、そうとはなかなか言い切れないのが現状だった。


 ツクツクボウシが鳴くと、夏を忘れようとしても無理矢理あの暑さを思い出させる。そして誰もが「暑い」と言葉を吐く。そういうときだけ、俺はすぐに共感する。


 ならば地球を冷やすエアコンを作ればいいではないかと調子の狂う理論を話していたクラスメートを思い出した。それができたらいいな、なんて雑な返答をしたが、おそらくそんな技術ができるのなら世界の人間のほとんどがその理論に共感を覚えるだろう。

 

 無論、実際はそんな共感だけで技術は完成しないし、上手いこと話が進むわけでもないのが現実なわけで。

 変な例えだが、暑くても権力があれば学校にエアコンを取り付けることができそうだし、大きな樹を一本植えればそこが木陰こかげになって、優雅ゆうがに読書でも満喫まんきつできそうだ。


――再び現実からの視点で考えてしまえば、逆にその権力の支配下にある我々学生はその力を有していない。


 だが、一つだけ、そんな世界を変える力の存在を俺は知っている。


――――《能力》。


 この力は、俺の心の底に沈んでいた本能を呼び覚ましてくれるような快感が得られた。

 足に力を込めてジャンプすれば、二階建ての家の屋根に着地できるほど高く飛べるし、森に落ちている細くて丈夫な木の棒をその場で加工して、ナイフを作ることだってできる。


 つまり、憧れていたゲームの世界に生きる剣士の如き力を発揮することが可能というわけだ。

 この力が使えるようになった日は覚えていない。いつの間にか知っていて、知らないうちに能力を利用していた。


 ストレスばかりを吸収していた身体は、それをかてに力へと変換され、世界をひっくり返すであろう存在になれる。


 中二病という、黒歴史の1ページにきざまれるはずのじらいなどうになかった。

 腐りつつある世界を嫌う俺が、世界に対抗する力を持っているのだ。

 ……しかしそれだけは、誰にも話さないといつもきもめいじている。

――俺は能力を隠し、狭苦しい普通の学生としての道を歩いて生きようと選択をしたからだ。



   ***



 アスファルトでできた真っすぐな道路で、来た道を遠目で眺めているとその姿は見えた。陽炎かげろうが揺らめいてその正体を知る情報が限りなく少ないが、あれは確かにそうだろう。




「カイキー! 待って待って……」




 声が少しこもっていて花のようにか弱い、女子高生とは想像つかない声が、セミの鳴く音と混ざり、おまけに俺の体温はみるみる上昇していく。


 待つのはいい。しかしもう少し速く走ってくれれば助かるのだが……。




 まあ、《学校イチの寝坊助ねぼすけ》に加え、《学校イチ足の遅い女子》という称号を学校の連中から貰う幼馴染の同級生、丸宮カノンのことだから仕方ない。


 夏の暑さという地獄に耐えながら、俺は数分の時間をカノンに与えた。




「はあ、はあ。……暑いね、急にこんなに晴れちゃって……」

「カノン……『暑い』っていうの禁止にしよう。余計暑くなる……」


 手を小さく振って首元に風を送るが、その風力が扇風機にも満たないせいで、また体温は上昇し続ける。さすがにこれは熱中症にならない方がおかしいくらいだろうし、まず突っ立っている今の状況に腹が立ってしまった。


 学校までの道のりはあとわずかだが、少しすずみに行くとしよう。ここら辺には結構涼めるスポットが多いし、ついでに水分を補給ほきゅうすることに決める。

—―となれば話は単純なこと。


「カノン、寄り道しよう」

「ええ……? 今から? 朝だよ? 遅刻するよ?」

「ええい、質問を繰り返さないでくれ。これは決定事項だ。てかもう遅刻扱いになる時間過ぎてるし……」


 許可なくカノンの小さな手を握り、目的地の変更を確認。


 薄い素材でできた夏用制服の長ズボンのポケットからスマフォを取り出して、一応時刻も確認した。現在、午前8時12分。


 遅刻扱いにされるのは8時までに校門を通らなかった生徒で、当然俺らはそれに該当がいとうする。


 一週間の始まり方があまりにもひどいが、別に俺は気にしていない。カノンも、もうこういうのには慣れている頃だろう。


 ______なら、いいじゃん。みたいに。


「いつまで手握ってるの? 手汗でべとべとになってるけど……。――行くなら早く行こ!」


 俺の手が強く握られる。


 カノンの手汗と俺の手汗が混ざって、確かにもうべたべたになっているが、どこか俺はこの状況を楽しんでいた。


 顔たち後ろ姿も個人的には悪くない女子と、一緒に手を繋いで走っている。ちょっと暑苦しいし、背が俺よりも頭一つ分小さい幼馴染。


 そのせいでカノンのそのショートヘアーのくせに長い茶髪の、寝癖ねぐせだかアホ毛だか何だかが地味に顔を触るのがムズムズしたが、こういう時間こそが、青春してるなって思う。


 やがて通学路から外れ、俺らは涼しさを求めて公園へと走った。

 ……とある教師の怒りの言葉などおくせずに。



   ***



「――お前らッ! これで何度目だと思っている!?」


 やはりこうなってしまった。


 目の前にいるガタイのいい教師は、赤熱せきねつジンガという、いわゆる熱血教師だ。第一印象は怖いし、誰に対してもはっきりと言葉を言う。


 だが、だからこそこの先生は生徒から人気を得ている。




「一年のときを含めれば、遅刻回数はそれぞれ83回、189回だ。二年にもなって、まだ遅刻をしていては後輩の見る目が冷たくなってしまうぞ。――普通は、退学処分になる話だ。でもまあ、お前たちのことはよく知っている。俺も君たちを卒業させてあげたい。――仕方ない、今日だけは見逃しておくことにしよう」


 と、まあ。先生のこの一人語りを含め、こうしたことが何度もあった結果俺らは遅刻扱いにはならなかった。無論、俺は遅刻回数83回の方だ。




 生徒のことを見守り、叱るべきときは叱る。トラブルがあっても冷静に対処し、涙する生徒を落ち着かせるのも上手いらしい。


 ――余談だが、この仁王立ちする熱血教師のジンガ先生、音楽の教師だ。


 一年生のときはこの事実に驚いたが、入学から一年経てば、違和感などなくなってしまう。慣れというのは恐ろしいものだ。


 俺は、そんなジンガ先生の生き様に憧れを持つところがある。こんな人のもとで強く生きられれば、なんて思うことがあるくらいだ。




「ね、夏休みとかに最近できたドーナツ屋さんに行こうよ! あそこの創作ドーナツはゲテモノから至高しこうの一品まで勢ぞろいだって!」

「…………夏休み暇だったらいいけど……」


「よし決まり!」


 まったく、一応怒られたのにこいつは、何事もなかったかのようにはしゃいでいる。呆れてしまうほどバカなカノンは怒りの言葉に対して耐性ができてしまっているのだろうか……。


 揺れるアホ毛。揺れぬ現実、まな板。


 これが、俺の求めていたものだったのだろうか。


――深く考えすぎると頭がパンクしてしまいそうだったので、これ以上はやめておいた。


 ああ、また今日が始まる。



   ***



 結局、何事もなく授業が終わってしまった。

 高校三年の勉強まではしっかりとできているせいか、学校の授業に退屈たいくつさを感じている。


 今日はこれ以上何もないし、どうしようか。


 行くあてを探しながら、とりあえず本校舎二階の教室2-Cを出て一階の昇降口へ向かうことにした。




 昇降口では、他のクラスのダチを待っているであろう生徒がいくつか見える。そういえば、一緒に帰る友達なんてカノンをのぞけば誰もいなかった。


 そのことを苦くと感じたことはない――と思いたい。


 ロッカー式の靴箱から靴を取り出し、上履きからき替える。


 カノンの靴箱の中はすでに上履きに変わっていて、もう下校しているようだった。仕方ない。今日は一人で帰るとしよう。

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