第7話 核兵器。前編

核兵器(Nuclear weapon)。これは人類が産み出した物の中で最も危険であり、これを産み出した事を人類は後悔しなければならない。

何故なら、これは人類を簡単に絶滅させてしまう物だからである。

しかし、これが世界の平和を保っているのもまた事実である。


どうも斑雪です。

前置きが長くなりました。これは簡単に今回の文章を要約したものです。

あと、単発意見文のはずでしたが内容も内容という訳で前中後編の3回に分けさせて頂きます。

では、発表!!


核兵器。

これは人類史で最も残酷な兵器である。。。



様々な技術進歩をおこなってきた人類。

人類は知力の粋を技術進歩にあててきた、それは生きる為、家族を、村を、そして文明を支える為。多種多様な物が創られ、それに利便性を追い求める形でまたひとつ、人類の技術は進歩していき、その利便性の追求は人類をこの地球で最も発展した生命にさせた。

人類は様々な「便利」を造り上げた。例えば用水路、手機織、馬車、そして運河、機織機、自動車と人類の利便性の追求は止まらなかった。いや、止められなかったのである。

一度、便利という楽を知ってしまった人類はそれの追求に血眼になった。一切の苦労を嫌った、出来ることなら楽をしたい、その為に技術進歩はどんどん進められていった。

技術進歩の為ならどんなこともやった、隣の村を攻めて技術を奪ったり、技術差がある国を攻め滅ぼし自らの利便性追及に利用した、同盟を結び共同研究を行ったり、一緒に邪魔な国を攻め滅ぼした。

イギリスでは産業革命が起こり、利便性の追求は個人に留まらなくなる。地下鉄、車、舗装された道路、全ては便利という楽の為。人類は技術進歩を止めどなく行った。


そして時は1914年、第一次世界対戦が勃発する。様々な、いがみ合いが生んだ悲劇だ。

利便性の追求はここでも行われた。いかに簡単に殺すか、勝つか、敵を滅ぼすか。それだけを人類は追求した。


人道など棄てた。

そんな邪魔なもの利便性の追求にはいらない。


第一次世界対戦が終戦した時初めて人類は多くの人を簡単に殺す兵器を開発した。

そして人類は気付く。

これは危険だ、確かに大量の人を殺すことは便利になった。しかし、これが自分達に向く事は避けなければ、と。

戦争に勝った国は、すぐさま負けた敵国を敗戦国として多額の賠償金請求と軍縮を推し進めた。

賠償金請求。これは新たな兵器開発を敵国にさせないためである。

軍縮。これによって、もしまた戦争に陥った時、戦勝国側が圧倒的な戦力差を保って戦える。

大国は敵を不自由に、そして不便にさせた。

利便性の追求はさせない。とことん利便性を削いで歯向かえない様にしてやる。


これが次の悲劇を生むとはしらず。。。。


また、大国は兵器の危険性を新たな技術開発で解決しようとした。つまり新たな最新兵器を開発し、もし歯向かって来ても返り討ちにできるようにする。その思想が大量殺人の利便性向上の言い訳になった。

ライフルだけでは連射性に欠ける、かといってサブマシンガンでは殺傷性に欠ける。

ならどちらも出来る物を、そうしてアサルトライフルが開発され。複葉機ではスピードが出ない、ならば単葉機にしようとスピード重視の戦闘機が作られ。戦車も重装甲、高火力になる。どんどん兵器開発は大量殺人を簡単にしていった。機関銃、戦闘機、潜水艦、毒ガス、これまで生まれてこなかった技術が発明され、利用された、人を殺すことに特化した技術。

技術進歩は暮らしを豊かにするため、便利にするためだったのに。

人類の利便性の追求は行きすぎたのである。



戦争からきらめきと魔術的な美が奪い取られてしまった。人類は自らを絶滅させることの出来る道具を手に入れた。


ウィンストン チャーチル



中編に続く。



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