第5話

「居るかリーリア。私だ、手が空いていたら力を貸してほしいのだが・・・」

ギイィっと片側の扉を開き、問いを投げかけながら彼女と俺は室内へと入っていく。

「これは・・・何というか、生活感に溢れているな・・・」

「・・・はあ、またか」

眼前、驚くほどに散らかっていた部屋の中は、彼女の友人の衣服だろうか、ズボンやトップス、下着などで散々な有様だった。

「賊に荒らされたわけでは・・・ないのか?」

一応、その友人とやらの自己管理概念に希望を抱いて質問をしてみるが。

「うむ・・・。これは彼女自身のだらしなさ・・・だな」

なんと無念たるや。俺の中の心象は途轍も無く霞んでいるが、本当に大丈夫なんだろうな・・・?


疑念を胸に、一歩前に進む二人。

すると左奥角のゴミ、もとい衣服の塊がモゾっと揺れた。

「そこか。リーリア」

「・・・うそだろ」

信じたくはない、が、その塊の中から左腕が一本飛び出してきた事で、俺は信じざるを得なくなった。

・・・俺は今からこんな杜撰ずさんな人間に治療を受けるってのか。

「ん・・・っ。だれ・・・」

尚もモゾモゾと揺れ動く不審物の中から、籠った声で返答が返ってくる。

「起きたかリーリア。私だ、スーヘイム・ミラ・ド・シェフォンだ」

「んっ!しゅーちゃんきたのっ!いまいく・・・っ」

彼女の事を愛称で呼ぶ辺り、確かな信頼関係があると見える。

そして、そのリーリアと呼ばれた友人は、自身に乗っかっている衣服を蹴飛ばして、その体を露わにしていく。


「待たせたわね・・・。ん、あんたは誰よ」


俺達の前に姿を現したのは、見紛う事無き幼い少女だった。


「ああ、私から紹介させて貰おう。彼はとある異国の地より招かれた、ただの平民だ」

「水流誠司と言う・・・。よろしく頼む・・・」

「ふぅん、変わった名前してるのね。私はリーリア。リーディア・フォン・リーリアよ。要件は・・・。言うまでもないわね」

彼女は視線を下げ、俺の足を見る。

そして俺の目の前まで来たところでしゃがみ、太腿を触り始める。

「へぇ、綺麗な断面ね・・・。それで、これは誰に切られたの?」

「・・・」

俺は無言でシェフォンの方へと目を向ける。

彼女は強張った表情を浮かべ、明らかに焦っているように見えた。

「あ、ああっ。あのー、あれだ。斧を持った兵士に、そのー、右足を薙ぎ払われてしまってだな・・・。だから、まあ、ええとつまり、そこで彼女が助けに来てくれて・・・だな。そう、襲われていた所を彼女に救われた、という訳なんだ」

なんて様だ、ここまで言い訳を考えるのが下手だとは思わなかった。

でも問題はなさそうだ。彼女を見ると安心したようにうんうんと頷いている。

・・・まあ、自分が切り落としました、だなんて流石に言いたくはないだろう。

「ただの兵士がこんな綺麗に肉を削いで骨を断てるかしら・・・。それも斧って。斧なら関節外れててもおかしくないけど。・・・で、誰に切られたの」

おい、すぐに看過されてるぞ。

またも無言で彼女の方を見やる。

・・・君はその表情しか出来んのか・・・。

またしても強張った表情で首を左右にプルプルと振っている。

「・・・はあ、まあ誰でもいいけど。じゃあ早速始めてもいいかしら」

さてはリーリア、察したな。

溜息交じりに立ち上がり、その華奢な体躯を全面に強調するように、脇腹に手を置き彼女は言う。

「じゃあそこのベッドに腰かけて・・・あっ、ベッドの上片付けといてっ。片付け終わったら腰かけといて。あたしは必要な道具とか諸々持ってくるから」

よろしくねー、と言い彼女は鼻歌をたなびかせる様に歌いながら、どこかへ物を取りに行った。

・・・さり気なく面倒な掃除をさせる所、彼女もなかなかやるもんだ。



と、彼女の気配が消えた所で。

「ええと、シェフォン、彼女は・・・」

もやもやとしながら、俺は口を開く。

「言いたい事は分かる。・・・ああ、だから前もって言っておいたのだ・・・」

彼女は遮る。しかし俺の意図を理解はしていた。

「助かった、忠告されてなければ一目散に聞いていただろうからな」

「そうだろうな、私も初見ならそんな反応をするだろう・・・。しかし、彼女は見た目こそ幼子だが、私と同い年でな。その手の話題にはデリケートなんだ」

小中学生のような容姿。

だらしのない性格。

鼻にかかるようなつんとした声。

・・・誰がどう見ても子供じゃないか・・・。


「彼女が居る時は無心を心掛けたが、いざ居なくなると謎を発散したくなる・・・。子供じゃないのか彼女は?本当に腕の良い医師なのか?どうしてこんなにも部屋を散らかせる。・・・ロリ系の子は守備範囲外なんだが・・・」

俺がボソッと言った言葉に彼女は慌てたように言い返す。


「おいっ、水流誠司、間違っても今の言葉をリーリアの前では口に出す・・・」


言いかけて、彼女は絶句した。せざるを得なかった。


俺は話しながらも片づけていたベッドの上に腰を下ろし、シェフォンの方に目を向ける。と。

「ちょっと・・・。あんた・・・」


話を聞いてしまったのだろうリーリアが、狂気に落ちてしまいそうな、影の落ちた目で、忌々しいものを見ていた。

忌々しいもの。つまりは・・・。


「いまなんつったああああああああああああああああ!」


怒りの為か、声を荒げ、こちらに飛び掛かってきた――。


飛び・・・掛かってきた・・・だと!?


「お、ちょ、落ち着ぶはっ」

「子供じゃないし!天才医師だし!部屋は・・・お、おあ、荒らされたんだし!あと」

俺の肩を持ち、前後にブンブンと振りながら彼女は律儀にも俺の問いに答えながら叫ぶ。

彼女はそこで区切り、思いっきり息を吸い込むと。


「ロリとか言うなこのばかああああああああああああ!」

眼前間近でそんな大声を上げ、今まで溜まっていたものを吐き出すように、彼女は息の続く限り叫び続けた。

「お、落ち着けリーリアっ」

シェフォンが止めに入る。が、当然遅すぎた。

もうやられる事はやられたし言われることは言われてしまった。

「す、すまない、ただ少し疑問に思ってしまって――痛い、痛い、殴らないでくれ、ちょ、おい」

普通こういう感じの女の子の殴打ってのは『ポカっ』とか『ポコっ』とかの効果音が定石じゃないのか・・・?

もう殴り方が格闘技のそれなんだけど・・・!




「はあ・・・はああ・・・。・・・ん゛?ふしゃーっ!」

とても長い時間殴り続けたリーリアは、肩で息をしている。

俺が彼女を見ていると気が付けば、何の真似か、威嚇をしてくるようになってしまった。


「だから言ったのに・・・。彼女の外見について何も言うなと・・・」

「あ、ああ・・・。故意ではなかったんだが・・・。悪いことをしてしまったな・・・」

右足が無いという事が、これほど不便だとは思わなんだ。

彼女から逃げようにもその為の足が無いときた。せいぜい腕で上半身を守る事くらいしか出来なかった。

しかし・・・。

シェフォンがしてくれたという『軽い手当』でさえここまでレベルが高いというのは、正直困ったものだ。

痛みや違和感といったものが無い。

医療の先を行くと言われた日本の技術レベルもここではたかが知れてる・・・というのか。

「大丈夫だろう、きっと彼女もそう本気にはしていないはずだ」

「・・・だと、いいんだけどな・・・」


医術も、未だ地球人が手に入れていない能力によってここまで進歩しているこの世界において、俺が知識的に勝っているものは・・・ない、だろう。


であるならば、俺が今後生きて行くにあたって身に着けるべきものはきっと。





・・・魔法、なのだろう。

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mutate―ミューテイト― 渡良瀬りお @wataraserio

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