第4話

うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?



・・・やはり分からない。

何なのだこの速度は。

明らかに音速を超えている。

しかしどうしてだろう。彼女に抱えられているこの時だけは、空気抵抗やそれによるGが一切と言っていい程に無い。

しかし、衝撃波が辺りを押しのけ爆音を轟かせている以上、彼女というは確実に物理法則に則っている。

であるとすれば、やはり未だ地球人が手に入れていない能力である『魔法』という物が、この不可能を可能に変えているのだろうと推測が出来る。

ふむ・・・物理学はあまり詳しく無いが、この状況下で体が四散していないことは奇跡だと言えよう・・・。


「到着だ。水流誠司。・・・どうしたのだ?水流誠司」

「・・・酔った・・・」

本来人間は自分が動いている時、止まっている何かを視線で追う事によって平衡感覚が保たれている訳だが、視界に入った物を捉えようにも次の瞬間にはそれは遥か後ろにある場合はどうすればいいんだ。とりあえず混乱はした。

「そうか、では少し休憩するか?」

「いやいい・・・。というか、どうやってこんな速度で走ってるんだ。人間業とは思えない」

「ああ。私には風の加護が付いているんだ。その為、地上においてあらゆる抵抗を受け付けない」

「・・・なるほど・・・」


やはり魔法やそういった類だったか。空返事になるのも御愛嬌願いたい所だ。

科学的に考えるのであれば、未だ地球人が手に入れていない能力によって空気抵抗や摩擦、負荷などが無いものとして扱われるという事か。

空気抵抗というのは、空間内に一定量小さな粒がある図をイメージすると分かりやすいが、物体が空間内を動く時、物体はそこにある粒にぶつかりながら移動をする。

例えばその粒がBB弾だったとしよう。

ゆっくり歩く分にはただぶつかり左右上下に流れていくだけだが、勢いよく走り抜ければ多少痛かろう。

それも彼女のように音速を超えて走り抜けでもしたらBB弾でも体に風穴がたっぷりと開くだろう。

だがその抵抗を受け付けないとなると、彼女は周りのBB弾を自身の速度と同じにして走らせているという事になる。

彼女が周りに同じ速度のBB弾を纏っているのであれば、彼女はその場を動いていないのと変わりない。

そしてその保護下にあった俺も無傷だったという事だ。

きっとこの仮説で間違いは無い。

「大体理由は把握した。だが、その加護を他の人間も持っているなら相当この世界はバランスを失っている事になるな・・・」

兵士全員が物理法則を超えているとかなら本当に笑えない。先ほどまでそんな戦禍に立たされていた、だなんて考えるとぞっとしない。

「期待を裏切ってしまうが、そんな事はあり得ない。これら属性の加護は5つに分岐され、所有者はそれぞれ一人だけだ。火はクラマニィ・ガフ・フェルニマン、水はソフィ・アル・アルレンシア、風は私、スーヘイム・ミラ・ド・シェフォン、光はミリィ・カル・ダ・マフィン、闇はダート・ウィズ・フィード・ラ・アルゲイド。加護の継承は、今所有している人間の死によって新たな継承者へと受け継がれる。この場合、近しい人間ほど継承の対象になりやすい」

「そうか。ほっとした。君ほどの人間で溢れてしまっていたら俺は肩身が狭いと言うものだ。しかし・・・」

「・・・何か気になる事でもあったか?水流誠司。答えられる事ならば答えるが」

「いや、何でもないんだ」

「そ、そうか・・・?ならいいのだが。では彼女の居る所へと向かうとしよう」

「ああ」


当然、何でもない訳が無い。

彼女と初めて出会った時に使っていた呪文は確か風だった。

ならば加護は攻撃に使う事も可能という線が浮上してくる。

火、水、風、光の4つは科学的にも攻撃に転換する事は可能だろう。

光の場合は攻撃の際、光エネルギーから熱エネルギーに変える事で可能となるだろう。

問題は闇。

闇、即ち影はエネルギーを持たない。人間の手では闇を作り出す事は出来ない。光を屈折させ、影を生み出す事は出来るが、それは所詮光を屈折させているだけに過ぎない。

闇を攻撃手段として使う際、どのような方法を取るのか、それがとても気になる。

敵にまわした時、最も懸念される敵はきっとダート・ウィズ・フィード・ラ・アルゲイドだろうか。



†    †    †    †



彼女に肩を貸してもらい、楊梅と光悦茶の二色からなる古い煉瓦の建物に入る。

外見とは裏腹に、中では暖色の灯が香染色の木目を照らしていた。

二階ほど上がった所に観音開きの戸が姿を現す。

彼女はそこで立ち止まり、俺を見やる。きっと、ここにその友人とやらが居るという事なのだろう。

「・・・彼女は少し難しい性格でな。あまり小波を立てる様なことは言わないで上げて欲しい。特に外見について指摘されるのが最も嫌っている事の一つだ。私は彼女の容姿をとても愛らしく感じているのだが・・・。どうも、馬鹿にされている気がしてならないそうなのだ」

愛らしい・・・という表現は一体どういう事なのだろうか。口ぶりからはその外見の想像はつかないが。

彼女は難しい性格と言っていたが、信頼しているのだろう、母親のような声色で話していた。

「そう・・・なのか。分かった。基本的に会話は君に任せよう」

「了解した・・・。あ、あと、これは私個人の単なる願望というかわがままというか・・・なのだが、・・・いいだろうか?」

「?ああ・・・。俺にできる事なら」

「その、君、という呼び方がどうしても気になってしまってな。いや、いいんだ、いいんだが・・・。これまで名前か戦姫と呼ばれた事しかなく、どうしてもこう、もやもや・・・とするというか、だな。いや、いいのだぞ!別に支障はないのだから・・・。でも、こう、なんだろうか・・・」

彼女は尚もぶつくさとなにかしらを言っては否定し肯定しを繰り返し、少し混乱してきたようだ。

もうその時点で支障をきたしているんだが・・・。

「分かったっ、分かったから落ち着いてくれシェフォン。どうだ、これでいいだろう?」

「あ、ああ・・・。すまないな水流誠司・・・」

彼女の語り口調といい、相当堅物に育ってきたんだろうな。

しかしよかった、ちゃんと年相応の顔が出来るじゃないか。

「いや、なんだ。俺も気付かなかったからな・・・。おあいこだ、それでいいだろう」

「そう・・・だな。よし、話が長引いてしまったな。申し訳ない。では入るとしよう」


俺が降り立った戦場の端に位置するのだろうこの小さな町は、既に被害を受けたのだろう。兵士以外の人は見受けられない。

しかしここに彼女の友人が居るという事はこの町を仮の拠点にして周りに防衛線を張っているという可能性が高い。

今は彼女の厚意によってこの場に留まって居られているが、治療が終わり動けるようになれば今度こそ部外者であることに変わりは無くなる。


さて、彼女も後に戦場に戻るだろう。そうすれば助力を借りられる人間は居なくなるが、どうする。


足が治ったとしても、外にいる兵士が敵になる事は十分あり得る。



心のどこかでそんな不安を感じながら、その扉を開いた。


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