第2話

おおおぉぉおおぉぉおおぉえええぇぇええぇぇええぇぇえ。



耳鳴りと、突風。

雑音と、焦げの匂い。


吐瀉物の、味。



先程まで襲っていたあの苦痛は何処へ消えた?

吐いてしまうほどの酔いはどうして覚めた?


ここは、何処だ?



こんな冗談みたいな台詞を吐く日が来るだなんて誰が予想した。

見えていないのに分かってしまう『知らない場所』の空気感を。


なんだこの耳障りな騒音は。・・・うるさい。五月蠅い。煩い。

数人・・・いや、数十、数百は居るのか、闊歩する大勢の足音、そして呻き喚き嘆きの声。

掠れる鉄の音。破れる布の音。流れる水・・・の音。

ビチャ。ビチャビチャ。ドサリ。

重たい物体が落ちる・・・様な音。金属音。

質量は相当。しかし堅くない。柔くもない。水分保有量はそこそこ、の物体。

そこから流れる水。漏水。

錆臭い。鉄臭い。そして火薬臭い。

地面を撫でる足はジャリっと、音を立てる。

きっとその音に恥じぬ名前の砂利、なんだろう。

息を飲む。生唾を飲み込む。

ドサリ。

ビチャ。ビチャ。

キィィィィン。ズチャ。ドサリ。


これは・・・きっと。




何時いつまで見えないフリしてるつもり?』



はっ。



暗かった視界がぼやけ、それから鮮明になっていく。

聞いていた音はやがて目に像を結び、映像となる。


ああ。重い物体それは死体か。



死体。



死体・・・だと?


「あ・・・ぇ・・・」

見える限りの死体はざっと数十。

屈強な男共が手に光る物を持ち重ねている。

遠くでは弓を引いている男と杖を持った・・・


杖?



途端、眼前に溶けるほどの業火が咲き乱れる。

「あ・・・熱い!熱い熱い熱い!」

焦げる!焼ける、死ぬ!


咄嗟の防衛本能。

ただの日本人である俺には、腕で顔を覆うことしか出来なかった。

後ろに立ち退く事など、頭には無かった。


「【突風クルーフ】」


颯爽と現れたその声の持ち主は俺を庇うように炎の前へと立ち、剣を振るう。


薙ぎ払う様に、掻き消す様にその太陽にも等しいと感じさせる灼熱を無いものとし、辺り、俺が目視した限りの武装者達を一薙ぎで滅した。


「大丈夫か。白衣の男よ」


は白く長い美しい髪を靡かせながら、腰が抜け済し崩しに座り込んでいた俺へと手を差し伸べる。



理解が、追いつかない。


「ここはとても危険だ。何故そなたの様な武装もしていない一般人がこんな戦渦に放り込まれているのかは知らないが。とにかく、そなたを安全な所まで送り届けよう」

つるぎに付いた汚れを拭き、腰に携えた鞘へと納めながら彼女は言う。

「そなたを抱える無礼を許して欲しい」

その言葉を残し、彼女は俺の首後ろ、そしてもも裏を持ち抱きかかえた。

「え、あ」

俺が言葉を発するのを待たず彼女は走り出す。


俺の知りうる限り最高速で、だ。


走り出しや急カーブ、その他常時にかかるGを無視。

物理法則などくそくらえとでも言う様に超次元的な立体移動を彼女はして魅せた。


重力による身体の変形は、無い。


質量保存の法則だ。

本来0からトップスピードまでの助走が無ければ俺の内蔵や骨身は跡形も無かったはず。

この異常なまでの状態は・・・一体。

証明できない現象が現実となって身に起きた。

俺の世界ではこう言うものを。


『無理』と、そう言う。



「ここまで来れば大丈夫であろう。最前線から遠く離れた。多少はここで身を隠すといい」


彼女に連れられやってきた・・・というのは烏滸がましいな。

気が付けばそこに居た、と言うのが正しいだろうか。

俺は背に山がそびえる小さな穴蔵に立っていた。


「さて。私にはそなたを助けた借りがあり、そなたはそれを返す義理がある。違うだろうか」

「・・・あ・・・ぁ・・・」

「・・・放心しているか。しかしそのままでいい。聞こえているのなら問題は無い」


「そなたは何者だ。私達の味方だろうか。・・・それとも敵、だろうか」


敵、と言う言葉を口にするのと同時、右手を剣の柄に添え目を光らせる。

「お・・・れは・・・」

「・・・仕方あるまい。【還る理の生気メドフィステッド・フォーカンカス】」


ここは何処で俺は何をして何故人が死んでどうして俺は彼女はここは今日は明日はどうしてどうしてどうしてどうしてどう・・し・・・て・・・。



そんな解の無い自問ばかり渦を巻いていた頭の中が、彼女の発した不思議な言葉の語尾が消えていくのと同期して落ち着いていく。

それはまるで、とても辛い過去を唐突に『失った』様に。


「落ち着いただろうか。すまない。これは精神魔法の一つだ。そなたがどうも地に足付いていない様だったから掛けさせてもらった。無礼を詫びよう」

「いや・・・。俺こそ悪かった。助けてもらった礼も言わずただ甘えてしまって・・・」

言葉が・・・すらすらと、いつものように紡がれていく。

さっきまでの動揺が・・・嘘のようだ。

「待て・・・。魔法・・・魔法、だと?」

「おっと。まず質問に答えるべきなのはそなたであろう。そなたの正気は私によって確約されている。答える事は歩くよりも幾分か楽なはずだな?」

心を見透かされている気分だ。

もっとも心を取り戻したのは彼女の尽力あっての事だが。

「そう・・・だな」

では答えようか。隠し様の無い事実を。


「俺は敵では無い。味方でもない。がしかし、敵はいない。味方も存在しない」


だ」


何故ここに立っているかなど知らない。

あの酷い酔いの様な現象から目を覚ますとそこに俺はいた。


あの花を、俺は見失って。



「・・・そうか」


「ああ」




「答える気が無いのであれば仕方が無かろう」


・・・は?


右足が、とてもひんやりとした。

それからやがて、熱を持ち始める。



あれ、踏ん張りが利かねえ。

そして気が付く。



あ、足。が。




気が付いただけでは遅かった。

遅すぎた、んだろう。


「なん・・・で・・・」




ズチャ。

質量は相当。しかし堅くない。柔くもない。水分保有量はそこそこ、の物体。





俺の、



太腿ふともも

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