第4話

 翌日から、俺は奈津美の尾行を開始した。

 彼女の日常は、毎日判で捺したように決まり切っている。午前8時に家を出て、バスと地下鉄で学校まで行き、そのまま授業をこなし、午後は3時の放課後まで学校から一歩も外に出ない。

3時に下校すると、友達と遊ぶこともほとんどなく、そのまま都立のS区図書館に向かう。

自習室に入って勉強をしていることもあれば、図書館の中を巡って、読書室で本を読むこともある。

ここで彼女の読んでいたのが、

『若草物語』だとか、せいぜいライトノベルくらいだったら、俺も多少は安心しただろうが、彼女が読んでいたの某国の元特殊部隊の隊員だった男が書いたものを邦訳した、

『殺人のための武器の製造方法』

などという、おそろしく物騒な本であった。

他にも、

『ジキル博士とハイド氏』だとか、その昔実際に猟奇事件を起こして逮捕された男の自伝などを、片っ端から読み漁っていた。

彼女は全く表情を変えず、頁を繰っては、傍らに置いたノートに何事か書き込んでゆく。

俺は気づかれぬよう、そっと彼女の2つ向かい側の席に腰かけ、その辺にある本を何でもいいから取ってきて、読むふりをしながら観察をしていた。

傍目から見れば、ただ何か勉強をしているとしかみえないだろう。

しかし彼女が読んでいるのは、明かに『残酷極まりない』本ばかりなのである。

そんな本を美少女が、眉一つ動かさずに読んでいる・・・・。

周囲は誰も彼女の正体を知らないからそうしていられるのだろうが、頭の中で如何に恐ろしいことを考えているか・・・・少しでも彼女の正体を知っている俺には不気味で仕方がなかった。

やがて、彼女は一通り本を読み終わると、元の通り棚に本を返し、来た時と同じ表情で図書館を後にした。

俺も少し離れて付けてゆく。

彼女はそのまま、地下鉄に乗り、自宅へと帰って行った。

恐らくこのまま家に帰り、普段通り食事をし、普段通りに勉強して、遅れて帰宅した両親(仕事の関係もあってか、いつも帰りは遅い)と、何気ない会話を交わしてベッドで休むのだろう。

俺はため息をつき、

『ある人物』に電話を掛けた。

 

 翌日、俺は玉川の河川敷にある、一軒の掘立小屋を訪ねていた。

 しかし掘立小屋とはいっても、造りはなかなか立派なものだ。

 どこから集めてきたのか知らないが、アルミの鉄骨で枠を拵え、壁は全部ベニヤを二重に貼って作ってある。

 平たい屋根の上には、ご丁寧にも小型のソーラーパネルまで取り付けてあった。

 俺はいつもの合図で、ドアを三度ノックした。

 中から『いるよ』と、しわがれた声が聞こえたので、俺はドアを開いた。

 内部は凡そ八畳ほどの広さで、そんな小屋にしては整理整頓されており、そこに『如何にもホームレス』という老人・・・・いや、そういっては彼に失礼だろう。凡そ60代と思しき男性がなんと小型のパソコンに向かって座っていた。

『よう・・・・』

『やあ・・・・』

挨拶を交わし、俺はグリーンのカーペットの上に座った。

この男は『馬さん』といい、ここらでは有名な男だ。

パソコンとインターネットが苦手な俺にとっては、貴重な情報源なのだ。

『分かったか?』俺が訊ねると、馬さんはにやりと笑い、

『なあに、訳はないさ。彼女のパソコンにハッキングして、情報を集めた。プロテクトが堅かったけど、そんなもん、俺にとっちゃ屁みたいなもんだよ。』

 そういいながら、馬さんはプリントアウトしてクリップで止めた書類を俺に渡してくれた。

 俺は引き換えに金を渡す。

『しかし彼女、なかなかのタマだぜ。あの年で恐ろしい方法を苦も無くやってのけるんだからな。』馬さんが渡された金を数えながら俺に言った。

『・・・・』俺は書類を繰って中を確かめ、

『有難う。また何かの折には頼むぜ』

それだけ言って小屋を出た。







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