後半<高校生編>

第83話 アイドルとダンサー

「あ、先輩。やっほー」

 琴次郎と廊下で話していると、知らない奴から話しかけられた。俺よりずっと身長が高く、ブレザーの下には筋肉質な体が隠されているのが目で見てとれる。全体にゆるいウェーブがかかった髪を横に分け、耳には小さなリングのピアスをしている。そいつは人をバカにしたようにニヤリと笑っていた。何てガラの悪い奴。俺はペコリと頭を下げた。すると、ズッとそいつの顔前が近づいた。

「え!?もしかして、気づいてない!?俺だよ、俺!」

「え?誰?」

 俺が困っていると、一緒にいた琴次郎が話しかけた。

君、唯我君と友達なの?」

「友達っていうか、先輩。なあ、先輩!」

 琴次郎が「鳳君」と言った瞬間、ピンときた。俺の知り合いに、「鳳」という奴は一人しかいなかった。

「え、鳳颯斗!?」

「今気づいたのかよ。そう、鳳颯斗!」

 俺は驚いた。俺の知っている鳳は、長髪を後頭部でお団子にしてまとめ、あごにはひげを生やしている。しかし、目の前にいる鳳は短髪で、ひげの1ミリもない。まるで爽やか系アイドルだ!

「お前、それイメチェン?」

「違うんだよ。聞いてくれよお。事務所から、デビューするんだからひげはダメ、長髪もダメって言われて切るしかなくって。こんなん、俺の趣味じゃねえよ。動くときに邪魔で仕方ないっつーの」

 大きな手で髪の毛をかき上げる仕草は、大人の男らしい色気があるように見え、俺は目を見開き、琴次郎は頬を染めた。事務所の要請とはいえ、ひげを剃り短髪にしたのは正解だと思った。整った顔がよく見えて、うらやましいほどイケメンが際立っている。

「なあ、どこでカットしたか聞いてよ」

「聞かねえよ」

「どこでカットしたの?」

「お、綿谷いいやつ!原宿に、ここでカットするとモテるっていうジンクスのある美容室があってさあ!事務所の人にそこのこと聞いて行ったんだよ」

 琴次郎と目を合わせ、「優しい奴」「そうでしょう?」と話しているうちに、鳳は得意げにペラペラと話した。

「鳳君と唯我君は、どういう関係?」

「事務所の先輩と後輩。ま、俺は6月にはメジャーデビューするんだけとね」

「先輩はやめろ」

 鳳は俺をニヤニヤとして見下ろした。俺は負けじと睨み返した。

「なんだ。友達じゃないのか。なら安心!私、今唯我君と2人で話したい気分なの。じゃあね」

 ニコッとした琴次郎は俺の肩に腕を回して、その場を離れた。「あ、おいっ」という鳳の声を背に、琴次郎は俺を連れて廊下を渡り、ちょうど角を曲がり影に入ると立ち止まった。

「サンキュ、琴次郎」

「だって唯我君、見るからに困ってるんだもの」

「あの先輩呼びにも困ってるんだ。まあ、ただバカにしてるだけなんだろうけど」

「何か理由がるのかな……。あ、もうこんな時間だ。唯我君、次は何の授業?」

「英語ⅠA」

「あれ?私もだよ。誰先生?」

「橋本先生っていう、……一番下のクラス」

「そういえば、唯我君は英語苦手だもんね」

 英語はレベル別にクラスが分けられるが、俺はその中でも一番下のレベルのクラスだった。自己推薦入試の時でさえ、シューズのことで頭がいっぱいの状態で受けた国語よりも、すっかり諦めがついていた状態で受けた英語の方が点数は悪かった。

 琴次郎と別れ教室に向かうと、会いたくない奴と会うことになってしまった。

「あっれ?先輩、このクラスなんだ!」

「……鳳」

「知ってる人いて良かった。ラッキー。あ、ここ空いてるなら座ろっ」

 鳳は俺の前の席に座った。鳳と同じ授業を、俺はこれから夏まで受け続けなければならないのかと思うと憂鬱になった。

「ってか、お前去年の秋までアメリカにいたんだろう?何で帰国子女がこのクラスにいるんだよっ」

「それがさあ、連日の取材のおかげで眠くて眠くて、クラス分けのための英語のテストの途中で爆睡しちゃったら、低レベクラスになっちゃったんだよ。アハハ」

「最悪……」

「つーか、先輩こそ何でこのクラス?あ、聞いちゃまずかったか?悪い悪い」

 両手を合わせ、ニヤりと笑う面がいちいち癇に障る。こいつ、本当にウザい!その時、教室に腰の曲がったおじいさんが入ってきた。チャイムが鳴り、第一回目の英語の授業が始まった。鳳は大きな体に合わない机といすの上で窮屈そうに背骨を丸め、頬杖をついてかったるそうに授業を聞いていた。わかりやすくやる気がなく、態度が悪かった。こいつ、実は英語ダメなんじゃ……。そう思うと、ミジンコ程度の親近感が沸いた。

「ではここの文章を……、鳳君、読んでくれますか?」

「へえい」

 腑抜けた返事をして立ち上がり、はあとため息をつくと、鳳は片手をズボンのポケットに入れて、もう片手で持つ教科書に視線を落とした。次の瞬間、それはそれは流暢な発音の英語がペラペラとどこかから聞こえてきたので、教室中の人が目を見開いた。鳳は読み終えると同時にいすに座った。

「……上手な発音でしたね、鳳君。日本語には訳せますか?」

「余裕っす」

 鳳は迷いもせずペラペラと日本語訳を言い始めた。俺も含め、生徒たちは開いた口が塞がらない。こいつはクラスを間違えた。先生もそう思った。

「鳳君、もう一度テスト受けるかい?よかったらもっと上のレベルのクラスでも」

「いや、いいっす。だって、これ以上英語上達しても意味ないんで」

 その一言で、鳳は英語が苦手なクラスの生徒を全員敵に回した。


                ****


 放課後、俺は事務所に向かった。事務所のエントランスを抜け、レッスン室に向かい通路を歩いていると、周りにいたJrたちがザワザワとし始めた。通路の奥からは、6月にメジャーデビューを控えるD2-Jr、改めD-Squaresスクエアの鳳以外のメンバーが歩いてきた。アイドルらしい笑顔はなく、ピリピリとした雰囲気が立ち、触れればナイフで刺されるんじゃないかという強迫的な空気をまとっている。すれ違う他のJrたちはそれを感じ、壁に寄って道を空けた。

「最近、明らかに気が立ってるよな」

「鳳颯斗が入ってからだよな」

「特にセンターだったはずの向井響也きょうや君は、人が変わったみたいだよな」

「見たかよ、あの目の下のくま!」

「もっと爽やかに笑う人だったのに」

 Jrたちの囁くような声は、俺にはもちろん、メンバーにも聞こえていた。一番後ろを歩いていた智樹は、すれ違ったJrたちを睨んだ。Jrたちはヒッと体をこわばらせた。

「響也君、平気?」

「ガキたちの言ってたことか?せいぜい言わせておけよ。俺は平気だよ、智樹」

 響也君は智樹に笑って見せたが、とても平気そうには見えなかった。それまでD2-Jrのセンターに立っていた響也君は、長年ジェニーズJrとして活動を積み重ねてきた27歳のベテランだった。だからこそ、響也君自身が一番メジャーデビューを喜んでいたはずだった。しかし、Jrたちの陰口、突然の鳳の参入、原因は外側からやってくる。D-Squareのメンバーそれぞれが、胸の内に燃える火で、内側から体を焼かれるような思いでいた。

 レッスン室を開けると、そこでストレッチをする鳳がいた。

「よう、先輩!っておい!」

 俺は黙って扉を閉めた。もう会いたくないし関わりたくなかった。それなのに、内側から開いた扉の中から、鳳の太い腕が伸び、俺を引き込んだ。

「何だよ、つれねえなあ。ここで何かすんの?」

「6時から週末のライブ練習だよ。お前、さっさと帰れよ」

「6時?まだ1時間以上あんじゃんよ!」

「自主練。っていうか、お前こそ、ここで何してたんだよ」

「ディスクのメンバーと練習、ついでにセンターをかけたダンスバトル。今日も楽勝!イエイ」

 「ディスク」とは、D-Squareのグループ名の略称だ。鳳の態度は普段通り軽くて悪い。すれ違った智樹たちの様子を思い出すと、こいつがどんな姿勢でグループのメンバーと接し、ダンスバトルしたのか、容易に想像できた。

「お前、メンバーのこと大切にしろよな」

「は?」

 俺は荷物を下ろし、シューズのひもを締め、スマホをセットした。音楽を流してから立ち上がり、腕を伸ばし、脇を伸ばした。

「うらやましいよ。お前が」

「うらやましい?俺が?ハハッ!まあ、納得だね。だって、ダンス全米1位だし、イケメンだし、要領もいいのに頭もいいときた!全部持ってるもんなあ」

 鳳が自慢気に言うことが全て事実でしかなくて、腹が立つ。ムカつく。しかし、そんなもんを通り越すと、呆れてしまった。フッと笑うと、鳳の笑い声が消えた。

「何だよ、先輩」

「いいや、呆れただけ。どんだけ自信満々だよ」

「それだけ実力があるってこと」

「本当、うらやましいな」

 一面鏡の中には、正面に立つ俺と、床に腰をつき、俺を睨む鳳の姿が映っている。その鳳がフッと笑うと、軽々しい口調で言った。

「好意も嫉妬も、何でもウェルカムだよ」

 ニヤリとする鳳を見ると、思わずため息をついた。

「……何でジェニーズになったんだよ。お前なら、別の道だってあっただろうに」

「それって、何かの嫌味?」

 嫌味でも言えれば、胸のモヤモヤした嫌な気持ちも少しはスッキリするのだろうか。いや、それは違うとわかっている。俺のモヤモヤは全て、俺がこれから身につけなければならない技術と実力への憧れで、焦りから生まれる嫉妬だ。そんなもの、誰かにぶつけたところで消えはしないのだ。

「まさか。純粋な疑問だよ」

 鳳は、それまで天井に向けて反らしていた胸を前に倒し、背を丸め、下から睨むように俺を見た。鏡越しに俺を指さすと、いつものようにニヤリと笑った。

「お前に会うためだよ」

「……は?」

 思わず振り返った。鳳は、まるでいたずらっ子のように笑っていた。

「それって、どういう意味」

「そうそうそう!なあ、先輩!来週の月曜日の昼休み、2号棟の3階多目的室に来いよ」

「え」

「面白いもん見せてやるよ」

 そのニヤけた顔からは、悪い予感しかしなかった。


                 ****


「それで今日は外でお昼食べようって言ったんだ」

「そういうこと」

 次の週の月曜日お昼休み、俺は琴次郎と一緒に校舎と校舎の間に落ちる影の下で一緒に弁当を食べていた。とにかく、鳳とは会いたいくないし関わりたくない。俺はため息を止められなかった。俺と琴次郎の正面には、琴次郎を通じて知り合った友人たちも座っていた。

「でも意外じゃね?鳳を初めて見た時は、格闘技か何かの選手かと思ったもん。まさかジェニーズだとは思わなかったぜ」

 一重の細い目が印象的な男子は、華道の家元の嫡男、渡邉陽貴。胸ポケットの中には、いつでも誰にでも渡せるよう、名刺代わりのお手製押し花しおりが入っている。俺ももらった。気配り上手で口も達者だ。彼女はつくらないがガールフレンドはたくさんいるらしく、俺たちが座っているピンクの花柄レジャーシートは、そのガールフレンドから貸してもらった物らしい。

「ヨーキの言う通り!小山内君と違ってアイドル感ないもんね!」

 銀座に本店を構える老舗の芋羊羹屋の一人息子は、多田正彦。食いっぷりが気持ちよく、体型も芋のようにふっくらしている。羊羹の技術を身につけることはもちろんだが、それ以上に、マーケティングや経営学を学びたいというしっかり者だ。琴次郎と楊貴、正彦は、家の仕事でつながった幼なじみだそうだ。

「お、俺って、そんなアイドルっぽい?」

「え、唯我君。今更?」

「イケメンでスタイル良くて」

「歌って踊れて演技もしちゃうんでしょう?さすがジェニーズでしょう!」

「はあ、俺も唯我くらい肌質良かったらなあ。最近、髭剃りがおっくうで」

「ヨーキは肌男だもんね」

「っていうか、男性ホルモン強いよね。華道家なのに」

「俺ん家は代々ひげが濃ゆいのが悩み。俺、絶対女っけの強い子と結婚すんの!」

「頑張ってねえ」

「ねえ」

「興味ねえよな、お前らは!なあ、唯我はどうなの?彼女いんの?何人いたの?!」

「え?いや、一度もいねえけど……」

「それはそれで意外!小山内君はヨーキと違って絶対モテるのに!」

「んだとポチャ彦!」

 二人は互いの弁当の具を取り合い始めた。その時、ダダダッという走る音が俺たちのいる場所に近づいた。その音のする方へ4人して顔を向けると、鳳が現れた。鳳は「あーっ!!」と声を上げ、俺を指差した。

「こんなところにいやがった!先輩!約束と違うじゃねえかっ!ちょっと来い!」

「は!?約束なんて何もしてないだろう!」

「月曜日の昼休み、2号棟の3階多目的室に来いって約束したじゃねえかよ!ほら、行くぞ!!」

「ふざけんなあっ!!」

 俺は食いかけの弁当を置き去りにして、鳳に腕を引っ張られ強制連行された。置いてけぼりとなった幼なじみ3人は顔を合わせた。

「面白そうだね」

「行くっきゃねえな!」

 3人は荷物をまとめると、鳳の言った校舎2号棟の3階多目的室に向かった。階段を上がる途中から、「オオッ!」という大きな声と拍手が聞こえた。見ると、廊下にまで人が溢れていた。

 多目的室のドアの中を覗くと、Jポップの流行りの曲と共に、メトロノームのように正確なステップを踏む音が聞こえた。部屋の中央で踊っていたのは鳳だった。短く切ったはずの髪の毛は乱れ、汗と一緒に跳ね上がる。ターンして足を上げ体を沈めて立ち上がり、目の前に立つジャージの男子生徒の顔面に指を差して止めた。その瞬間、四方八方を固めて座る人たちからの歓声拍手が鳴り響いた。

「唯我君、どこにいるだろう」

「あ、あそこにいるよ」

「お、本当だ!」

 正彦が指差したところには、何故か両腕を女子に掴まれている俺がいた。女子たちは、鳳に言われて俺が逃げないように拘束する係だった。それを見た瞬間、琴次郎からただならぬ気配がしたのを、楊貴正彦は感じた。

「あれ、誰だろう?」

「さあ……」

「落ち着け琴次!まだお前はフラれてないっ」

 次の瞬間、楊貴の頭でゴチンと音が鳴ると同時に、多目的室の中に歓声と拍手が溢れた。

『本日のダンスバトルの勝者は、鳳颯斗!これで8連勝だあっ!!圧勝!これぞ全米1位の男の実力!この男を倒せる奴は現れるのかあっ!!』

 多目的室の中央で、マイクを持ったサングラスの男に手を持ち上げられた鳳は、首を左右に倒すとポキポキと音を立てた。視線は俺に向き、パチンとウィンクした。これが俺に見せたかったことか。俺は鳳を睨んだ。両腕を抱きかかえる女子2人は頬を染め、ポワンと垂れた熱っぽい目を鳳に向けていた。

 予鈴のチャイムが鳴ると、生徒たちはぞろぞろと移動を始めた。鳳が俺の正面に立つと、女子2人は俺から離れ、今度は鳳の両腕を抱きしめた。

「俺は、10連勝をかけたダンスバトルを、あんたとやりたいんだ。今日が7回目で、次のバトルが木曜日。俺、負けねえからさ、来週の月曜日、もう一度ここに来い」

「何で俺なんだよ。他にも上手い奴らはたくさんいるだろ」

「俺は、お前とやりてえの。理屈も理由もねえよ」

「くだらない……」

「ああ?」

「てめえのお遊びになんて付き合ってられないっつってんだよ」

「お遊びだと?」

「自己満のダンスなんて、お遊びだろ」

 ムカつく。自己満足に踊って、人を見下して笑ってる。こんな奴が同じジェニーズ?アイドル?ふざけんな。俺は一人多目的室を出ようとした。ドアをくぐろうとした時、鳳の声が響いた。

「遊びなんかじゃねえっ!本気だよ。いつだって、ダンスだけはっ!」

 俺は鳳を睨み、そのまま廊下に出ると、琴次郎、楊貴正彦と再会した。俺たちが廊下を歩いていくと、それを追って鳳が叫んだ。

「いいか!来週の月曜日、昼休み!この多目的室で、お前を待ってるからな!!いいなっ!!」

 俺は振り返りもせず、立ち止まりもしなかった。

「唯我君、返事しなくていいのかい?」

「あいつに答えるつもりねえよ」

 琴次郎は「そう」と呟くように言うと、廊下に一人立つ巨人に振り返った。

「鳳君は、アイドルっていうよりも、ダンサーだ」

 琴次郎の言葉に、俺はかなり納得した。


                ****


「颯斗とダンスバトル!?いつ?」

「来週の月曜日、学校で……」

「すげー見たいじゃんか!」

 富岡さんのダンススクールのレッスンを終え、ストレッチをしている時だった。開脚した足の間に体を倒すと、呼吸と一緒にため息がもれた。俺の憂鬱な気持ちとは違い、富岡さんは心の中で、「有料配信でも見る奴はいるな」と金のことを考えていた。

「ったく。あいつ、昔っから何も変わんねえな」

 俺には、それまで気にしても仕方ないと思っていたことがある。ダンス発表会に鳳を呼んだ富岡さんと、富岡さんのことを「トミーさん」と親しげに呼ぶ鳳には、俺の知らない過去があるようだった。

「富岡さんと鳳は、どんな関係なんですか?」

「颯斗が小5の時、スクールに来たんだよ。将来ジェニーズになりたいから、ダンス教えてくれって」

「小5……」

「颯斗はここでダンスしながら、ジェニーズ事務所に履歴書を送っては落ち続けてさ。そうして、ダンスに明け暮れた小6の夏、全国大会で優勝する。その大会で得た、アメリカへのダンス留学権を使い、鳳は中学生時代をアメリカで過ごした。そんで、去年の夏に全米1位獲ったから帰国するって突然連絡があった。同時にジェニーズにダンス全米1位の履歴書を送り付け、見事ジェニーズの仲間入りを果たしたっつーわけだ」

 富岡さんは、体の小さい男子を思い出した。年中半袖半ズボンの風の子は、始めていすぐにダンスに熱中した。

「今思えば、あいつには元々才能があった。日々を費やすほど芽は伸び、葉は茂り、あっという間に開花を迎えた。未だに新しい蕾をつけ、次の開花を待っている。今や、あいつのダンスは金が取れる」

 俺はドキッとした。富岡さんはダンス発表会の時、俺のダンスは「金が取れない」と言ったのに、鳳のダンスは「金が取れる」と言った。そこには、大きな実力の差があった。自分の努力不足を棚に上げて、俺は目の前の事実に腹を立てた。

「俺、あいつ見てるとすげえムカつくんです」

 自信家で、傲慢で、人を見下して、バカにして笑ってる。俺は鳳の性格が嫌いだ。嫌いな奴が、俺より後にダンスを始めたはずだったのに、才能をもって俺より先にメジャーデビューするんだ。悔しい。そんなの、俺がこれまでしてきた努力は何だったのか、無意味だったみたいじゃないか。

「ディスクの皆が、わかりやすくピリピリしてるのも理解できる。あいつは人のためになんて踊ってない。同じジェニーズとは、全然思えない」

 ジェニーズの皆はライバルで、仲間で、同志だ。誰かのために踊りたい。応援してくれる人たちの笑顔が見たい。そのために努力したいし、そのために最高のパフォーマンスがしたい。そういう奴らだからこそ、認め合って、高め合っていける。なのに、鳳だけは明らかに違う。琴次郎が言った通り、あいつはアイドルじゃなくてダンサーでしかない。異質で異才。それを認めたくないと思う自分にも、腹が立つ。

 富岡さんは組んでいた足を反対に組み直し、背を深く椅子に預けた。 

「それはどうかな」

「え?」

「あいつは確かに雑草なみに強い根を張り立っている。どこに根をつけようがあいつの強さは変わらない。だが、今はその居場所を自ら変えたんだ。畑が違うことを、颯斗は自覚しなくてはいけない」

「畑が違う?」

「颯斗は自ら、ダンサーではなくジェニーズアイドルの道を選んだんだ。今ならまだ……、いや、今だからこそ、あいつをジェニーズアイドルにしてやれる。俺は、唯我にそれを頼みたい」

 富岡さんは握った拳を、俺の胸にグッと押し当てた。

「あいつをぶっ倒せ。唯我!」



(第83話「アイドルとダンサー」おわり)

 次回更新:7月11日(土)21:00

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