第82話 Re:START

 梅の花がぷっくりとつぼみをつけ、日差しは日々少しずつ温かくなっていく。冬への別れと、春への期待が膨らむ今日、優里子は悩んでいた。施設の職員室の机上でスマホの画面をなぞると、友達の綾香さんとのメッセージのやり取りが浮かんだ。

『最近、合コン誘ってくれないじゃん。またあったら誘ってよ~』

『あんたのことは二度と誘わない。せいぜい”弟”さんとお幸せに!』

 優里子は、綾香さんのメッセージの意味が全く分からなかった。吹き出しの会話は続く。

『”弟”とお幸せにって、どういうこと?』

『優里子、私はぶっちゃけ怒ってるの。だって、”妄想の弟”が、まさかあんなイケメンだったとは思わなかったもの!中学からの付き合いだけど、長年あんたにダマされてたと思うとショック……。あんたがむしろ私に”弟”紹介しなさいよ!”弟”いくつよ!大学生?』

『4月で高校生』

『は?マジ犯罪じゃん!』

 何がよ!一体この話は何なの!?優里子はため息をこぼした。その時、職員室のドアが開いた。顔を出したのは、綾香さんの言う「妄想の弟」だった。

「ただいま」

「唯我、おかえり。ちょっと来て」

 優里子に手招きされるまま、俺は職員室へ入った。

「何だよ」

「あんた、私の友達に会ったことある?綾香っていうんだけど……」

「綾香?誰それ」

「誰って、私の友達」

「いや、お前の友達とか知るわけないじゃん」

「だよねえ……」

「だよねえって何だ。だったら聞くなよ」

 優里子は、綾香さんと合コンに行ったことを俺には言えなかったし、そもそも自分がどうやって帰ったのか覚えていない。対して、俺は優里子が合コンから酔っぱらって帰ってきた夜のことを言えないし、駅の前で俺に話しかけてきた女の人が「綾香」さんという名前であることを知らない。だから互いに答えが出なかった。優里子は深くため息をついた。

 俺は背負っていたリュックサックから、あるものを取り出した。それはポスターと薄い冊子が入ったファイルだった。

「3月13日、土曜日。お前、仕事休みだったよな」

「そうだけど。何これ」

「俺が通ってる富岡さんのスクールのダンス発表会。俺も出ることになってて、猛練習中」

「へえ、そうなんだ!」

「来いよ」

「行っていいの?」

「うん。……見てほしいんだ」

 俺は言うのが少し恥ずかしかったが、視線を反らすまいと優里子を見つめて言った。優里子は嬉しそうに笑った。

「嬉しい!ありがとう、唯我!」

 笑った頬が上がっているのを見ると、俺はその頬にキスをした夜のことを思い出した。唇がムズムズし始めて、ムギュッと唇を噛んだ。

 その時、施設長がドアの向こうからやって来た。

「おや。唯我、おかえり」

「ただいま」

「今日も遅くまで頑張ったねえ。もう10時だよ?」

 俺は「うん」と返事をしながら施設長に近寄って行った。優里子は受け取ったファイルを見てフフッとニヤけると、机の下に置いている自分のバッグの中にファイルをしまおうとした。

「施設長、前々から言ってた3月13日の発表会、今日プログラムもらってきたから見といてよ」

 ……ん?3月13日?

「おっ!やったあ!僕、唯我の舞台見るの久しぶりだなあ。嬉しいよ。子どもたちも連れて行ってもいいんだよね?」

 僕?子どもたち?優里子は、俺が施設長に渡した冊子を見てから、もう一度ファイルの中身を見た。

「ああ。優里子の分も含めて5人分の席予約した」

 よく見ると、優里子がもらった薄い冊子と、施設長が手に持つ冊子は同じものだった。優里子は驚き、顔を真っ赤にした。勘違いしたっ!私だけ誘われたんだと思ってた!

 施設長が「優里子」と話しかけると、優里子は急いでプログラムをしまったファイルをバッグの中にズボッと入れて隠した。

「優里子も行くでしょう?一緒に行こうか」

「う、う、うん!もちろん、皆で一緒に行こう!た、楽しみね!ホホホ」

 施設長と俺は、優里子の「ホホホ」という声に違和感を覚え、首を傾げた。

「しかし、唯我もまた忙しくなったね。卒業式の日はドラマ撮影、次の日は夜にクラス会、その次の日は発表会でしょう?大丈夫かい?」

「これくらい忙しい方がいいよ」

「体には気をつけてね」

「サンキュ」


                 ****


 それから、あっという間に卒業式の日を迎えた。康平や泉美、大沢、俺の胸には同じ小さな装花がついている。つつがなく執り行われた卒業式を終え、クラスに戻った。涙と笑顔で満ちた教室では、最後のクラスルームが行われた。はかま姿の先生が涙ながらに話終えると、全員立ち上がった。

「起立、礼」

 日直の号令で、クラスメイトたちは「ありがとうございました!」と挨拶した。解散すると、俺はすぐに荷物をまとめた。すると机をバンと叩かれた。康平だった。

「小山内、急いでいるのはわかっているんだが、一瞬だけ待ってくれ!おい泉美、大沢さん!写真、写真!」

 すると、担任の先生と話をしていた泉美、大沢は先生の手を引いて、康平と俺のそばにやって来た。クラスの男子にカメラを渡し、5人で写真を撮った。

「康平、サンキュ」

「明日のクラス会で持ってくから、絶対来いよな!」

「わかった。先生、お世話になりました」

「いつか、小山内君の舞台を見に行ってもいい?」

「はい。是非」

「影ながら応援しています。さようなら」

「さようなら……。泉美、大沢。またな」

「うむ。また会おう!」

「またね、唯我!」

 俺はすぐに昇降口に向かった。そこには、白いジャケットを着た優里子がいた。

「優里子、お待たせ!」

「早く行こう!電車乗り遅れちゃうっ!」

「おうっ」

 俺たちはすぐに車に乗り込み、駅に向かった。その様子を、教室の窓から見ていた泉美と大沢はクスクス笑っていた。

「まさか、卒業式の日に仕事があるなんて驚きだよ」

「今日は4月ドラマの撮影らしいよ。ワガママなお坊ちゃん役なんだって」

「へえ。見るの楽しみじゃの」

 その時、昇降口の人ごみから出てきたのは、隣のクラスのギャル、星野さんだった。星野さんは一人、正門を抜けて行った。泉美は修学旅行の時にあった出来事を思い出した。

「あの後、星野さんは本当に小山内君に話しかけなかったみたいだね。成美にも、しつこく危害を加えてこないか心配だったけど、何事もなくてよかった」

「泉美、心配しすぎ」

「うん……。中学、いろいろあったけど楽しかったね!」

「楽しかったね」

「高校別になっても、遊んでね」

「もちろん!」

 卒業式の次の日、俺はクラス会が行われているお好み焼き屋に入った。クラス会は店内の2階を貸し切って既に行われており、階段を上がる途中から騒がしい音が届き始めていた。

「あ、小山内!やっと来たな!!」

 康平が立ち上がると、「おおっ!!」という声で盛り上がった。康平はさっさと俺の腕を掴んで隣の席に案内した。

「小山内君のその荷物、なあにい?」

 正面に座るクラスメイトの女子は、俺の背負っていたバッグを指差した。康平の案内した席には、あまり馴染みのないクラスの男女が座っていた。

「習い事の荷物。明日、発表会なんだ」

「習い事って何?」

「ダンス」

「さっすがジェニーズ!」

 テーブルの上にある鉄板では、お好み焼きがジューッと音を立て、肉と小麦粉の焼ける煙、ソースの匂いが腹を刺激した。俺の空腹を知ってか知らでか、康平は鉄板の上で余っていたお好み焼きを俺の皿にどんどん乗せた。その食いっぷりが意外だったのか、同じテーブルを囲む人たちは驚いていた。

 クラスであまり話したことのない人たちとの会話は案外緊張するもので、女子との会話は特に困った。そういう時、俺の視界の中に入る、別の席にいる大沢を見ると、とてもホッとした。大沢も、いつもはあまり話さないクラスメイトとの会話を楽しんではいたものの、やはり緊張はぬぐえなかった。そういう時、自分以上にわかりやすく困っている様子の俺を見ると、とても安心した。

 康平は数本の割りばしを持って俺の前に差し出した。「一本取って」と言われるまま引くと、割りばしの先には番号が振られていた。

「「王様だあれ?」」

「はい、俺でーす!」

「ここにきて康平かよっ!」

「ちょーやなんですけどぉ!」

「きっとクソつまんねえこと言うんだぜ?」

 同じテーブルを囲んでいた男女から、康平は文句を付けられて笑われていた。

「うるせえなあ!ええっと、5番の人!中学時代の片思いを聞かせてちょうだいっ!」

「誰だよ、5番」

「……俺」

 5番を持っていたのは顔を青くする俺だった。最悪。康平あとでボコボコにしてやるっ!俺はニヤける康平を睨んだ。

 俺の気持ちとは裏腹に、周りの奴らはどよめいた。あんなに康平をバカにして笑っていたクラスメイトたちは、心のうちで「グッジョブ康平!!」と叫んだ。

「さあ、小山内。どうぞ」

「……言わねえよ」

「ええ!?小山内君の恋バナとか、ちょー貴重なんですけどお!」

「俺も小山内のそういう話聞いたことねえから、興味あるー!」

「学校一のモテ男の武勇伝!いいね!」

 こういう時、大沢が近くにいてくれたら助けてくれたのに……。俺はチラリと大沢を見た。大沢はすぐに俺の視線に気がついた。大沢は「?」と首を傾げたので、これは助けてくれなさそうだと、さっさと諦めた。

「成美、どうしたの?」

 一緒にいた泉美が言った。

「いや……、唯我が何か気にしてたみたいなんだけど、よくわからなかった」

「行ってくれば?っていうか、面白そうだから私も行きたいっ」

 2人は席を立ち、俺と康平のいる席に近づいた。

「悪いけど、言わねえよ。俺」

「ええ?こういうのってノリじゃんよお!言っちゃえ言っちゃえ!」

「そうだよ小山内!俺、聞きたい!」

「……じゃあ、いるってことだけな。誰とは言わない」

 大沢と泉美が俺のそばに来た時には、俺はもう話し出していた。俺の手は汗をかくグラスを撫でている。その冷たさが、冷え込む夜に触れた優里子の手の冷たさに似ていた。

「そいつのことが大事だから、言うなら本人にしか言わねえ。悪いな」

 そばにいた大沢や、同じテーブルで王様ゲームをしていた女子は頬を染めた。男子の一人は両手で口を隠し、かわい子ぶって言った。

「あらやだ!イケメン!」

 途端に恥ずかしくなり、俺は顔を真っ赤にした。「っるせえ」と吐き捨て、そっぽを向くと、そこに大沢がいたことに気がついた。シンとした空気が一変すると、爆笑と康平へのバッシングへと話が変わった。

 目が合った大沢は俺に微笑んだ。それを見ると、とても安心した。それから、申し訳ない気持ちが少しふわっと浮かんだ。

「ねえねえ、写真撮ろうよお写真!」

「あ、俺も撮る!」

 同じテーブルに座っていた男女と、大沢、泉美、それから周辺から適当に集まったクラスメイトたちと写真をたくさん撮った。

「ゆ、唯我……」

 スマホを持って話しかけてきたのは大沢だった。

「もしよかったら、2人で写真、撮らせてよ」

「……いいぜ。撮ろう、写真」

 大沢と俺は2人で並び、泉美の構えたスマホでツーショットを撮った。


                ****


 クラス会が解散すると、俺は同じ方向に帰る大沢と並び、康平とハンカチを濡らす泉美に手を振り別れ、歩き出した。俺たちは小学校の頃から中学卒業までの共通の思い出を話しながら、笑いながら、一緒に歩いた。

 施設と大沢の家の方向が別れる交差点では、青と赤、黄色のライトが真っ暗な道の上でポツポツと光っている。その下を一台の車が通り歩道が開けると、大沢は俺に手を振った。

「じゃあ、ここで」

「おう。じゃあな」

 交差点の信号が青信号に変わると、大沢は一歩一歩渡った。渡り終えたところで、クルリと俺に振り返った。大沢は「唯我!」と大きな声を上げた。

「私、唯我の一番のファンだからね!これだけは誰にも譲らないんだからね!」

「大沢……」

「唯我に何があっても、私はずっと、唯我の味方だから!忘れないでね!」

 交差点には、絶えず車が走っていた。風も吹いていた。けれど、大沢の声だけがはっきりと聞こえた。大沢は、明るい笑顔を浮かべて、俺に手を大きく振った。短い髪の毛が揺れると、ふと、ランドセルを背負っていた大沢の姿が浮かんだ。それをきっかけに、ポニーテールを揺らし、セーラー服を翻して走ってくる大沢の姿、驚いて、舌が回らなくなった時の真っ赤な顔、泣き顔や、笑った顔、記憶にある大沢の姿がたくさん浮かんだ。

「大好きなの。……唯我のことが、ずっと、ずっと……」

 俺は、未だに大沢の言葉を覚えている。その言葉を思い出した瞬間、その一瞬、大沢のことが優里子と同じくらい愛おしくなり、別れがたく感じた。だけど、俺が大沢のことを引き留めてはいけないのだ。ここで大沢の手を取ることは、大沢の言ってくれた言葉に対して失礼だと思った。

「大沢、ありがとう!見てろよ!今よりずっと、大きくなってやるから!」

 大沢がいてくれたことで、どれだけ自分が救われてきたことか。離れ離れになろうとも、大沢のために、俺にはやることが山のようにある。

「頑張れ、唯我!」

 大きく手を振り返し、正面の信号が青になると同時に歩き出した。俺は大沢には振り返らなかった。大沢は目に浮かんだ涙をグッとこらえ、俺とは別の方向へ歩き出した。


                ****


 同日、事務所レッスン室では、ある男が首を左右に倒してパキパキと音を鳴らして立っていた。長い髪を後頭部でお団子にして一つにまとめ、あごにはひげが生えている。同世代と比べても筋肉質で高身長。何より、ダンスが上手い。

「はあ、かれこれ3か月でしょう?もう毎度毎度ダンスバトルすんのやめませんかね、。挑んでくるたび負けるのわかってるくせに。いい加減しつこいですよ」

 その男の背後には、息を切らしてへたり込むD2-Jrがいた。智樹は立ち上がり、あごにしたたる汗を拭うと、男を睨んだ。

「もう一回やろうぜ、颯斗はやと

「ええ?もう9時過ぎますって」

「新参者のお前に、D2のセンターは渡せねえんだよ」

「はあ。……いいっすよ、先輩。こてんぱんにしてやりますよ」

 ニヤリと笑うその男は、自己推薦入試の日、俺にシューズを貸し、「先輩」と声をかけてきた鳳颯斗だった。


                ****


 都内にある小さなホールの正面入り口には、「TOMIIスクール ダンス発表会」という大看板が掲げられていた。観客席にいるのは、富岡さんのスクールのダンスレッスンに通う生徒たちの関係者ばかりで、その中に、優里子と施設長、英とみこ、てぃあらがいた。

『プログラムナンバー23番、小山内唯我によるヒップホップ。曲目は、ジェットスター”Re:START”』

 パチパチと拍手が鳴ると、ステージに俺が登場した。優里子たちは強く手を叩いた。

「にいに来た!にいに来た!」

「そうだね、てぃあちゃん。にいに来たね」

 俺はファーストポジションに構えた。曲が鳴り出した瞬間、右足を強く踏み出し、体は大きく動き出す。俺が披露したのは、高校の自己推薦入試で踊ったダンスだった。1月の入試の時以上に細かいところまで意識して、今日までに完成度を高くした。ステップはより正確に、視線の向け方、表情をより豊かに、カメラがそこにいることを意識する。

 優里子は目を大きく開いて、俺を見つめた。隣にいる施設長は優里子に体を寄せ、小さい声で言った。

「唯我、こんなにダンス上手だったの?僕知らなかったよ」

「うん。すごいね!」

 優里子は、俺から発表会に誘われたことがとても嬉しかった。ただ、誘われたのが自分だけではなかったことが、少し残念にも思えた。でも、あんなに楽しそうに踊ってるの見たら、他にもたくさんの人に見てほしいって、思うのよね。

 ステージを終え舞台袖に戻ると、舞台中継の映像を映すテレビや音響、照明のセットの横に、富岡さんが立っていた。

「唯我、お疲れ様」

「どうでしたか?」

「まだ一人じゃあ、金は取れねえな」

「金って……」

「例えだろ。まだまだってことだよ。今日のラストを飾る奴は、絶対見てから帰れよ」

「はい」

 俺は舞台裏の控室に向かった。ロッカーから水筒を取り出し一息ついた時、控室の扉が開いた。目が合った瞬間、そいつはニヤリと笑った。

「今日はシューズ忘れなかったんだ」

「ああ。入試の時は世話になったな」

「あはは!覚えててもらえてた!名前も覚えてるか?」

 後頭部でまとめた長髪、あごに蓄えたひげ、首から肩、腕、足に見えるしっかりとした筋肉の筋。手足が長く、身長も高いそいつは、一見、俺と同い年には見えないほど大人っぽい。

「鳳颯斗で検索した。全米Uアンダー15フィフティーンダンス大会の覇者」

「お、知ってんじゃん!嬉しいねえ。先輩」

「先輩はやめろ」

「どうして?」

 ニヤッと笑う顔には自信と余裕があった。俺には、「言ってみろ」と挑発されているように感じられた。

「お前、去年の12月にアメリカから帰国して、すぐジェニーズに所属したって聞いた。6月にはメジャーデビューが決まってるんだろう?それも、D2-Jrのセンターとして」

「そう。でも、もうJrじゃないぜ。メジャーデビューするグループ名は、D2-Square」

 流暢な英語の発音が俺をイラっとさせた。それは発表会の前、富岡さんから聞いた話だ。

「鳳颯斗は、D2-Jrの奴らとダンスバトルして、結果、メンバー全員なぎ倒してセンターを得た男だ。全米1位の称号を持つ男は、今、どのジェニーズよりもダンスが上手いぜ」

 智樹も所属するD2-Jrは、Jrの中でもトップクラスのダンス実力者が揃ったグループだが、そのメンバーと比べても、こいつの実力は上だということが信じられなかった。

「これから、どうぞよろしく。

「よろしく、鳳

 鳳のダンスは発表会の一番最後に披露された。全米制覇者のダンスとあって、ホールの観客席は満員だった。他の生徒たちとは格の違う鳳のダンスは、その時、観客全員の視線を奪っていた。俺は観客席の最前列の座席に富岡さんと並んで座り、鳳の一人舞台を見上げた。入試の時とは気持ちも視線も違う。富岡さんの言う通り、レベルの違いを感じる技術と実力、魅力に溢れたステージだった。

 発表を終え、控室で着替えていた鳳は、スーツからTシャツ、ジャケットに着替える富岡さんに声をかけた。

「あれ、トミーさん。ジェニーズの先輩は?この後の打ち上げ来ないの?」

「ああ。見に来てた家族とさっさと帰ったよ」

「ちぇっ!つまんねえ。せっかく親睦深めようと思ったのに」

「同じ高校なんだろう?3年間も時間あるじゃねえかよ」

「ええ?」

「っていうか、お前。その長髪とひげ、さっさとどうにかしろよな」

「へいへい。明日、原宿の美容室予約してるんだ。知ってる?そこで切ればモテるっていうジンクスがある店で」

「どこで切っても同じだろ、バーカ」


                 ****


 一見、どこかの企業のビルのように見える都会らしいガラス張りの校舎は、春の青空色に染まり、唯一学校らしく見せる桜の木が数本、ピンク色の花びらがビル風にさらわれ、低い青空に分身を映し出した。「入学式」という大看板の前で写真を撮る人は列をなし、昇降口の前に立っている。まだ新しく、履きなれていないローファーで人混みを抜けると、校舎の中にいた歌子さんと琴次郎と合流した。

「唯我君!」

「琴次郎!」

 青いブレザーに細いチェックのYシャツ、赤い斜めの線が入る濃紺のネクタイと同じ濃紺のズボンを身に着けた俺たちは対面した。

「同じ制服だね。嬉しいなあ」

「何が嬉しいんだよ」

「いろいろさ。これからよろしくね、唯我君」

「よろしく、琴次郎」

 俺たちが握手をしている隣では、一緒に来ていた施設長と歌子さんが頭を下げて挨拶をしていた。その時、その場の誰より高身長で体が大きい男が俺の背後を通り過ぎた。俺は何も気づかず、琴次郎と一緒に新しい教室へと向かった。

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