第78話 思いやり

 優里子と普段通りに接することができるようになってから、右のかかとをつくと、たまにジンとする痛みを感じるようになった。中学校の体育の授業で軽くジャンプして着地した時、階段を降り切った時、靴を履く時、履き替える時、自転車から降りるために足をついた時。少しずつ、少しずつ、痛みは強くなっていく気がした。

 朝、俺はリュックサックを背負い、玄関に腰を下ろして靴を履いていた。すると、ないとを抱いた優里子が見送りに来た。

「今日はジャックウエストの舞台よね。気をつけてね」

「行ってくる」

「うん。いってらっしゃい」

 ないとの頭を撫でた手で、優里子の額をツンと軽くはじいた。少し困った顔をして「何よ」という優里子はふふっと笑った。その微笑みを見るとやる気が倍増した。振り返り、右足で踏み込んだ瞬間、ズキンとかかとで音が鳴った。俺は一瞬動きを止め、左足を踏み、もう一度右足をゆっくりと踏み込んだ。

 朝から施設に来ていた佳代は、職員室から出ると、優里子がないとを抱えて玄関の外に手を振っていることに気がついた。その頬はうっすらと染まり、潤んだ瞳は熱を帯びている。結んだ唇は何かを言いたげで、しかし言えずにいるようだった。優里子の姿に、佳代は施設に駿兄がいた頃の自分を重ねた。まだ幼かった充瑠を抱え、出かけていく駿兄を見送る時、優しい大きな手が充瑠と佳代の頭を撫でた。

「優里さん」

「ああ、佳代ちゃん」

「もしかして、唯君の見送り?唯君、今日も早いわね」

「うん。受験生らしくなく、忙しいみたい……」

 優里子は俺のいなくなった玄関先を、寂しそうな顔で見つめていた。その横顔に、佳代は小さな変化を感じた。

「優里さん。最近は唯君のこと、余計に気にしてるみたいね」

「うん、そうみたい……。最近、唯我を見てると何かこう、感じるっていうか……。目がいっちゃうっていうか……」

 優里子は外に視線を向けたまま、隣に立つ佳代には目もくれない。玄関を出て行く俺の後ろ姿をそこに浮かべた。逆光の中歩いて行ってしまう俺に、優里子は手を振ることしかできなかった。

「優里さん……。それって、唯君のこと……」

「佳代ちゃんもそう思う?私、気づいちゃったの……」

 佳代は優里子の潤んだ瞳や、遠慮がちに染まる頬の色に期待した。もしかして、唯君のこと、好きにっ……。

「最近、唯我の歩き方、何か変じゃない!?」

 想定外の答えに佳代は言葉を失った。そうだった。優里さんが、すんなりと唯君の気持ちに気がつくはずなかったわ。佳代は「そ、そうね……」と適当な返事をした。

「唯我、どうしたんだろう」

 優里子は、俺の歩き方に違和感を覚えていた。右足をつく時だけ、一瞬立ち止まるように動きが鈍くなる。そして丁寧に右足が地面に置かれると、一歩、一歩と踏みしめる。


                ****


 ジャックウエストの舞台で、俺はバックダンサーとして他のJrたちと並んでいた。白いTシャツにジーパンで、お揃いの緑のバンダナを首に巻き、ひたすらボックスステップを踏みながら、手を正面に、天井に伸ばした。最後はターンをして横に体を向けて止まり、人差し指と中指を観客席へ向ける。右足をピタと止めた瞬間、それまで感じていたズキッとした痛みが、かかとからふくらはぎを電気のように走った。

「ゔっ……」

 喉の奥で鳴った声を聞いた、隣のJrはチラッと俺を見た。それまでに感じていた痛みの中で、一番重く強い痛みが足を掴んだ。

 Jrたちはすぐに舞台袖に退場した。列はそのまま薄暗い舞台袖から白く明るい通路へと走り抜けていくが、俺は一緒に走っていられなかった。舞台の上で俺の唸り声を聞いたJrは、舞台袖の影の中に立ち止まった俺に気づくと、駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか?」

 「大丈夫」と即答したかった。しかし、右足をその場にゆっくり下ろした瞬間、舞台で感じた痛みと同じような強い衝撃がかかとからふくらはぎを突っ走った。

「っ……!……ごめん、肩貸してくれないか?」

「はい」

 俺は右足だけつま先立ちで歩いた。それでも足をつく度に、その振動でジンとした痛みを感じた。俺はそのまま根子さんに連れられて病院に行った。

 施設に帰ると、俺は根子さんと一緒に応接室のふかふかのソファーに座った。俺の右脇には、松葉杖が立てかけられている。

踵骨骨端症しょうこつこったんしょう?」

「かかとにある踵骨という軟骨に炎症が見られるそうです。成長痛に近いですが、足を動かす人に見られる症状とのことです」

「どれくらいで治るんですか?」

「1か月から、2か月程……。唯我君のかかとには腫れも見えるので、少しかかるかもしれないということでした」

「そうですか。痛むか?唯我」

「じっとしてる時は全然。だけど、少し動かすと痛い」

 俺の右のかかとには、黒いサポーターが巻かれている。施設長はそれを見つめて、「そうか」と肩から息を吐いた。

「大きな怪我じゃなくてよかったよ」

「申し訳ございません。大切なお子様に怪我を……」

「いえいえ。根子さんには何の責任もありませんよ」

「すみません。今後の唯我君の予定ですが……」

 話を終え、玄関先で根子さんを見送った。俺は右脇に松葉杖を挟み、体を傾かせて歩いた。

「松葉杖ついて大変だね」

「無くても平気だけど、あれば便利だよ」

 施設長と話しながら施設の中に戻ろうとした時、背後からドサッという音がした。振り返ると、買い出しから帰ってきた優里子が立っていた。優里子の足元には買い物袋がクタッとして落ちている。

「唯我、足どうしたの?」

「おかえり。大したことねえよ。ちょっとかかとが痛むだけ。松葉杖がなくても、ほら、つま先立ちしてれば平気」

「でも、ちゃんと足つけてないじゃない」

「うん。でも平気だから」

「それって平気って言わないよっ」

 優里子の声が玄関先に響いた。優里子は俺を心配そうに見つめて立っている。どうしてそんな顔してるんだよ。大丈夫だって言ってるだろう。すると、施設長がため息混じりに言った。

「優里子、荷物を持って早くお上がり」

「……うん」

 優里子はこれまでに感じていた俺の歩き方への違和感が、痛みとして現れたことがショックだった。もっと早く気づいてあげればよかった。もっと気にしてあげればよかった。地面に落としてしまった買い物袋を取ると、玄関に上がった。

「無理してたの?」

「そんなことは……」

 ないとも言い切れなかった。しかし、優里子にそれを伝える必要を感じなかった。優里子は余計に悲しそうな顔をした。

「ごめん。気づいてあげられなくて……」

 「ごめん」て、何に謝ってるんだよ。

「優里子のせいじゃねえよ。それに、安静にしていれば治るって」

「入試は?間に合うの?」

「多分……」

「多分!?」

「心配しすぎるなよ。きっと何とかするから」

 優里子の様子は、何を言っても変わらなそうだった。


                ****


 予定していたジェニーズ舞台やライブの仕事も全て無くなってしまった11月。予定通り行われた唯一の仕事である『青春・熟語』の撮影は、3日間で行われた。共演者の3人は、俺の松葉杖を見てとても心配してくれた。監督も俺の足を考慮して動きを最小限にしてくれたが、それでも、歩くシーンや立ち上がるシーンでは足にジンジンとした痛みが走った。

 中学の教室には、いよいよ受験の空気がピリリと立ち始め、部活動もない生徒たちは、放課後はすぐに下校するようになった。康平と泉美は塾に向かい、大沢は図書室に行く。俺はというと、松葉杖をつきながら、ゆっくりゆっくり施設へ歩いて帰るばかりだ。

 よく見ると、夏には青かった葉が先の方から赤く染まり始め、サワサワと音を立てていた風は、カラカラという音に衣替えをしていた。空は高く、白を混ぜたような薄水色になり、雲はわたあめをポンポンと置いたような形で漂っている。あの雲は何ていう雲だったか。この間、理科の授業で天気の内容をやったはずだが、思い出せない。

 施設の前まで来ると、玄関を掃除している優里子がいた。ほうきを動かす手を止め、笑顔を浮かべて手を大きく振っている。

「唯我、おかえり!」

「ただいま」

「スロープゆっくり上がってきてね。足は大丈夫?痛くない?」

 俺が松葉杖をつくようになってから、優里子はずっとこの調子だ。俺が帰ってくる頃合いを見計らって玄関に立ち、俺の周りをウロウロしながら「大丈夫?」と心配する。最初は悪い気もしなかったが、それが毎日続くと鬱陶しくなってくる。俺は思わずため息をついた。

「……最近ずっとこうだ……」

「え、何て言ったの?」

「優里子、あの雲の名前知ってる?」

「は?雲?」

 俺は空を指差した。そこには、さっき見た綿あめの雲が広がっていた。

「ああ、うろこ雲ね」

「うろこ雲って?」

「うろこっぽいじゃない。だからうろこ雲」

「それだけ?」

「他に何があるのよ。それよりも、今日手紙が届いてたわよ。泰一君と、あと樹杏君から」

「へえ。樹杏から?」

「フィレンツェの街並みのステキな絵葉書なの。唯我とね、あともう一人宛て」

「もう一人?」

 その時、施設の前でキキ―というブレーキ音が聞こえた。振り返ると、自転車に乗った英がいた。英は汗を流し、肩を上下に動かし、息を切らしていた。

「英?」

「英君!遊びに来たの?」

「んなわけあるかよ!唯我、お前どうしてっ」

「何だよ」

 英は息をスーッと吸い込んだ。

「病院に来てくれないんだよ!!みこが、ずっと待ってるんだ!!」

「病院?みこ?」

 俺は優里子と目を合わせた。英の言うことに、思い当たることが何もなかった。英は俺たちの様子を見て驚いていた。

「寝ぼけてんな。みこが入院してるんだよ。この間から!」

「みこが!?」

「どうして?」

「……はあ?知らないのかよ。そんなはずねえだろっ」

 英は自転車を倒し、足早に玄関へ入った。靴を脱ぎ、まっすぐ職員室に向かった。ドアをガラッと開くと、驚いた職員たち、施設長が顔を上げた。

「施設長!」

「英君、久しぶりだね。元気だったかい?その後、お父さんとは……」

 施設長の前まで来た英の目には、涙が浮かんでいた。俺は優里子と一緒に職員室を覗いた。

「英君?」

「施設長、パパから連絡はなかったのか?」

「いや、何も……。何かあったかい?」

「施設長……。施設長っ!」

 英は両手に拳を握り、ダンと机に叩きつけた。

「10月にみこが倒れたんだ!もう2週間も入院してる!何も聞いてないのかよ!」

「みこちゃんが倒れた?どうして」

「夏頃から、ご飯がのどを通らなくなって、口にしたもの全部吐くようになって、それで……」

 英の震える声を聞きながら、優里子は呟いた。

「拒食症……?」

「何それ」

「普通に食べることができなくなるの。自分の意識で、というよりも、体が拒否してしまうのよ。過度なダイエットをしたり、精神的ストレスが原因だったり……」

 俺がみこに会ったのは、春に施設にやって来ていた時だ。その時の英とみこは、とても元気な様子とは言い難かった。

「今すぐ来て。俺たちを、ここに帰らせてっ」

 英の話を聞き、施設長と優里子、俺は、すぐに病院へと向かった。


                ****


 病室の前には、確かに「服部みこ」という名札があった。中に入ると、真っ白なベッドの上に頬のこけたみこがいた。首や腕、指の先まで細くなり、あんなにきれいだった黒髪のツヤはどこにもなかった。ベッドの隣には、車いすに座る英たちの父親と、その介護士の女が立っていた。

「施設長、唯我君……」

「服部さん、お久しぶりです」

「どうしてここに……。あ、英。お前……」

 俺たちと一緒にやって来た英は、手に拳を握り、父親の元へ行った。俺は松葉杖から手を離し、英に駆け寄った。

「英っ!」

「施設には何にも連絡してなかったらしいな。この、クソ親父!!」

 拳が車いすの父親に向かって振り上げられる瞬間、俺は英を後ろから抱き寄せた。右足を後ろに踏み込んだ瞬間、ズキンとかかとが痛み、英を抱えたまま後ろに倒れた。英は「離せ!!」と暴れるので、俺は痛みを無視して英を必死に押さえた。英の頭の上にポンと施設長の大きな手が降りてきた時、ようやく英は暴れなくなった。

「英君、落ち着きなさい」

「施設長……」

 施設長の温かい微笑みを見ると、英は手を下ろした。施設長は父親に振り返り、「さて」とゆっくり話し始めた。

「服部さん。大人は大人同士、大事なお話をしましょう」

 その真剣な表情の奥には、強い怒りが見えた。

 施設長と父親、介護士が病室を出た後、俺はベッドの横につけた椅子に座った。右足がジンジンと痛み続けていた。優里子は心配そうな顔をして「痛む?」と聞いた。その顔を見ていられない俺は顔を反らし、「全然平気」と返事した。

「唯我、その足どうしたの?」

「ちょっと前から痛み始めて……。すぐ治るだろうけど」

「さっきはごめん」

「その通りだ、バカ」

「ちょっと、唯我!英君だって悪気があったんじゃあ」

「あのまま父親殴ってたら、許さなかったぜ」

「唯我……」

 英は悔しそうな顔して俯いた。目には涙が浮かんでいた。その時、ベッドから伸びてきた細い小さな手が俺の肩を掴んだ。

「ににをいじめないで」

 みこはこけた頬を上げて、にっこりと笑った。

「みこ、来るのが遅くなってごめんな」

「いいよ。会いたかった。にいに」

 握りしめた手は冷たく、骨ばっていた。


                ****


 その夜、俺は職員室の奥にある会議室に呼ばれた。椅子に座る時、優里子が俺の肩に触れたのでドキッとした。

「唯我、足の痛みは?平気?」

「平気だよ。今日も何度目だよ」

 俺と優里子のやりとりを見て、施設長は頭をかいてため息をこぼした。それから施設長は、英とみこの話を始めた。

「みこちゃんの容姿の変化を見ての通りだ。英君とみこちゃんは、新しい生活環境になじめなかった。そのストレスが、少しずつ二人の心身に影響を与え、体はそれを受け入れなかった……」

 施設長は、病院の通路で車いすの父親と話した内容を思い出した。父親は自信なさげに小さな声で話し、だんだんと体を丸めると、両手で顔を覆い俯いた。介護士は施設長から顔を反らしていた。

「みこが初めて食事を吐き出してしまったのは9月のことです。僕と、この人の間に新しい命を授かり、英やみこにも、兄弟ができた喜びを分かち合ってほしいと思った。だけど……」

 それは、家族の暮らすリビングでのことだ。打ち明けることができて満足した父親と、介護士の女を見て、英は言葉を失った。みこは「ゔっ」と喉を鳴らすと、膝の上に胃から上がってきたものを全て吐き出した。

「ご家族のことですから、私には深く関わるつもりはありません。ですが、英君とみこちゃんのことについて、こちらにご相談をいただいてもよかったのではないかと思います。何より、お子様に何かあれば、我々にも連絡をいただけるよう、当初お約束したはずですよ」

「僕は2人と、家族一緒に過ごしたかっただけです……」

「2人の気持ちを、少しでも考えてやりましたか?聞いてあげましたか?理解しようとしましたか?あなた一人の勝手を通したかったとおっしゃるなら、それは一つの暴力です」

「暴力?」

「エゴという、虐待です」

 実家に帰ることしかできなかった英は、家の中ですれ違う父親と、目は合わせても無視をした。介護士の女には目もくれてやらなかった。英は今、まさに孤独だった。

 施設長は机の上でからめた指に力を入れた。俺は話を聞きながら、ため息をこぼした。

「すっげえ自分勝手な話だな」

「家族であってもね、思いが繋がり合うことは難しい。一緒にいたくても、いられない人たちが今も多くいる。大事なことは、相手を思いやることだ。君たちみたいにね」

「「!」」

 俺と優里子はビックリした。チラッと優里子を見ると、優里子も俺をチラッと見た。バッチリ目が合うと気まずくなり、互いにそっぽを向いた。時々、施設長は突拍子もないことを言う。俺は知っている。優里子のド天然は、施設長譲りだ。

「でも、思いやりも過ぎてはいけない。わかるか?優里子」

 施設長がそう言ったのは、最近の優里子の心配性のことだとすぐわかった。

「え、私?わかってるわかってる!」

「「わかってないだろ」」

 俺と施設長の声が重なって会議室に響いた。優里子は「何のこと?」と首を傾げた。

「施設長が言いたいのは、最近優里子が俺のこと心配しすぎってこと」

「……だって私、少し前に気づいていたの。何となく、歩き方おかしいなって。もしかしたら、その時に声かけとけば、唯我が怪我しなくてすんだのかもって思ったら、申し訳なくて……」

 俺は優里子が玄関先で買い物袋を落とした時のことを思い出した。あの時、優里子は「ごめん」と言った。その理由がようやくわかった。

「そうだとしても、唯我は足を痛めたのだろうし、痛めた理由に優里子は全く関係ない。だから、そんなに落ち込んで心配してないの」

 全くもってその通りだ。俺はうんうんと頷いた。

「でも、お父さん」

「心配しすぎも良くないと言ってるんだ。足のこともそう。受験もそう。優里子が唯我のことを好きなことはわかってるし、だから唯我も信頼してる」

「!!」

 優里子が俺のこと、「好き」!?ドキッとした。いや。それは「弟」に対する「好き」の意味だろう。施設長の天然も、いい加減どうにかしてほしい。はあとため息をついて、うなだれた。

「信頼してるから、心配されすぎて困ることもある」

「好きって……。そりゃあ……」

 俺の耳は、いちいち「好き」という言葉に反応した。視界のすみで捉える優里子は、少しもじもじしているようだった。チラッと見ると、頬が染まっているように見える。少し困ったような眉の下で、潤んだ瞳が俺を見た。何その顔。心臓はドキドキと動き、期待値は上がっていく。

「ごめんなさい、唯我」

「……許してやるよ」

 俺は優里子の頭にポンと手を置いた。優里子はムッとした顔をして、「何よ、その上から目線」と文句を言った。俺たちの様子に安心した施設長はクスッと笑った。

「話を戻すけど、これから児童相談所の方と一緒に、服部さんとの話し合いをする予定だよ。英君とみこちゃんが望むなら、施設に戻ってこれるように、ここからは僕が頑張る番だ。君たちは、安心していなさい」

「うん」


                ****


 それから一週間のうちにみこが退院した。それに合わせて、兄妹が施設に帰ってきた。見送りに来た車いすの父親は涙を浮かべ、2人の後ろ姿を追っている。対して、隣の介護士の女は心底興味なさそうな顔をしていた。英とみこは手をつないで施設の玄関へ足を踏み入れた。2人の背にはランドセル、片手にバックを持って、出迎えるガキたちと施設長の前に立った。

「「ただいま」」

「おかえり」

 施設長が2人の肩をポンポンと軽く叩いた。2人は安心したように笑った。兄妹は、両手で顔を覆って体を屈める父親には、二度と振り返らなかった。

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