第76話 猿飛舞台『桶狭間の忍たち』

猿飛舞台『桶狭間の忍たち』

 織田信長と今川義元が刃を交えた「桶狭間の戦い」は、戦国時代を大きく左右した戦の一つである。兵力の劣る織田信長が、如何にして大将軍、今川義元を討ったのか。その裏には、織田信長と今川義元の抱える忍たちの「桶狭間の戦い」があった。


 猿飛舞台とは、歌舞伎役者である中村勘兵衛さんが座長を務める猿飛座の舞台である。歌舞伎のエッセンスを取り入れながら、歌舞伎舞台では見られないアクロバティックな演出、リアルを追求した舞台装置は、観客を世界観へと没入させる。

 俺は稽古初日に見た本番舞台の通し稽古に目を奪われ、その大迫力の舞台に圧倒された。まるで4D映画をアトラクションに乗って見ているような感覚になった。

「唯我君に演じてほしいのは猿太夫えんだゆうだ。猿太夫は信長の忍で、今川軍の密偵をしていたんだ。しかし、今川義元という人を知り、今川の忍たちに感化され、最後は今川の忍をかばったことで、信長の忍、つまり仲間に殺される」

 俺は映画『竹林のライオン』の阿武隈少年役で、一度に2人の人間を殺した経験はあったが、殺される経験はない。今回は映像作品ではないから、一度二度殺されればいいのではない。舞台上で、俺はこれから1ヶ月間、何度も殺されねばならないということだ。それは辛そうだ。

「死ぬんですね……」

「そうだ。先週骨折しちゃった猿太夫の演技を録画していたデータが残ってる。猿太夫は舞台上の動きがかなり細かくて、飛んだり跳ねたり転がったり……。とにかく忙しく動かなきゃいけないから、これを見て、そのポジションとかタイミングを覚えてほしい」

「わかりました」

「時間のない中でお願いするには大変申し訳ないのだけど、引き受けてくれてありがとう!」

「いえ。頑張ります」

 勘兵衛さんから渡されたタブレットには、舞台全体を映した映像が入っていた。猿太夫はセリフは多くないものの、勘兵衛さんの言う通り、動きが多かった。会場の練習室の一室を独占させてもらい、猿太夫の動きを確認し続けた。初日の午後の稽古からは本番舞台の稽古に混ざった。

 舞台袖からゴロゴロと転がって、ジャンプして立ち上がると、ニンニン!とポーズをとり正面に構える。人の移動や入れ替わりがあれば側転して、バク転して、ジャンプして、ニンニン!とポーズをとる。やればやるほど、これは忍者の恰好をしたジェニーズ舞台かライブのようだと思えた。急遽の代役ではあるものの、動きやポジションを覚えるのは、これまで何度も立ってきたライブの経験のおかげでスムーズにできた。あとはセリフと役作りだ。


「そこにおるのはわかっておる!小童!名乗られええっ!!」

 水が細い滝のように落ちる岩陰から、ひょいっと顔を出したのは猿太夫だ。猿太夫は「キイイッ」と猿のような奇声を発しながら岩からピョンと水しぶきのように軽々と飛び上がり、今川義元の前に構える武士・忍たちの間をスルリと抜け、その喉元へクナイを向けた。まるで猿のような身のこなし、風のような早さに、武士や忍は驚きどよめいた。そして、拍子木のカカン!という音に合わせて足を踏み、猿太夫は大手を開いて名乗った。

「我こそは尾張のぉ忍!猿太ぁ夫ぅ!」


『ストップ!唯我君!』

「はいっ」

 勘兵衛さんの声がマイクを通して聞こえると、そのハキハキとした口調が背骨をピンと張らせた。

『動きはバッチシ!だけど、そんな普通の言い方じゃあダメだ!発音、発声!教えたよね?』

「はいっ」

『思いっきり、気持ちよくやってよ!はい、もう一回行くよ!!』

 猿太夫はキリキリとした甲高い声を出すため、俺は裏声で叫ばなくてはならない。猿太夫の発声は独特で全く身につきそうにない。しかし、勘兵衛さんはそれを許さなかった。

 本番までの一週間、俺は全体稽古が終わった後の舞台の上でタタン!と足踏みをして手を広げた。勘兵衛さんはカカン!と拍子木を打つ。

「えぇんんだあゆうううっ」

「違う!もっと深くから始まって、山を降りていくんだ。ぇええんんだあゆううぅ!」

「ぇええんんだあゆううぅっ!」

 勘兵衛さんによる発声練習が続く。それはまさに歌舞伎のような発声だった。

「ぇええんだあ!!はいっ」

「ぇええんだあゆううぅっ!」

「いいよ!今の忘れないで!」

「はい!」

 俺は全速力でマラソンをした後のように息を切らしていた。


                ****


 舞台初日、観客席には雑誌『théâtre』の編集長である大河内さんが来ていた。隣には月刊『スペクタクル歌舞伎』の女性編集者、浪川さんが座っていた。浪川さんは大河内さんのそばに寄ると、口元を手で隠してヒソヒソと言った。

「編集長、猿太夫がきます」

「お!」

 その時、舞台の上で一番着飾っている今川義元が叫んだ。


「そこにおるのはわかっておる!小童!名乗られええぃっ!!」

 ひょこっと顔を出した猿太夫は素早く動き、武士や忍、観客までもをどよめかせた。そして、まるでふざけたような甲高い声で、歌舞伎独特の発声でもって名乗った。

「我こそはあっ、尾張の忍!っぇええんんだあゆううぅ!!」


 会場からは拍手が上がった。猿太夫の登場を待ちわびた人からは「よっ!猿太夫!」という呼び声が上がった。大河内さんは浪川さんと手を叩いた。

 舞台が終わると、楽屋に大河内さんと浪川さんが来た。

「勘兵衛君!」

「大河内さん、浪川ちゃん!お越しいただきありがとうございます」

「今日は浪川君に押されてね、一緒に見に来ました。いやあ、無事の開演おめでとう!一時はどうなることかと思ったね。……ところで、何してんだい?」

「あはは。化粧に慣れない男の子のお世話です。ほら、ちゃんと取れたよ」

「ありがとうございます」

 勘兵衛さんは楽屋の畳の上で正座して、ドアに背を向ける忍の顔を拭いていた。大河内さんは、振り返った忍が俺だったことに驚き、口をあんぐりと開けて固まった。

「え、何で唯我君がいるんだい?!君、歌舞伎俳優じゃなくてジェニーズだよね!」

「やーっぱり驚いてくれましたね!編集長!」

「浪川君!え?何で唯我君が忍装束なんて着てるの!?」

「ふふふっ。こちら、猿太夫の小山内唯我君」

「え!?唯我君が猿太夫だったのかい!?」

 大河内さんは大きな声を上げた。俺は大河内さんに頭を下げた。

「大河内さん、お久しぶりです。『théâtre』9月号、事務所で受け取りました。ありがとうございました」

「すっかり騙された!いやあ、お見事お見事!あの独特な発声も、歌舞伎ならではの発音も、まるで業界の役者のようだったよ!」

「勘兵衛さんが時間を割いて教えてくれました。俺、完全に素人で」

「でも、唯我君は代役を引き受けて一週間で役をつくってくれました。本当にありがたいことです。すごいんですよ!あの複雑な猿太夫の動きを、ほんの数時間でものにしちゃって!さすがジェニーズだと思ったもんですよ!」

「い、いいえ」

 俺にとっては、予定のなかったライブのヘルプに行くような感覚で、数時間、数分で動きを覚えることは当たり前のことだった。

「唯我君、難しくはなかったかい?」

「難しいことばかりです。どれがじゃなくて、全部難しい」

「その中でも、一番は?!」

「あははっ!大河内さんの聞きたがりが出たな」

「編集長が取材にきてるみたいじゃないですか」

「一番難しいことは……、死ぬことです」

「死ぬこと?」

「はい」

 それは、猿太夫の最後のシーンだ。


「今川様、そのまま奥へ逃れませ!皆々、今川様を頼むぞ!」

「猿太夫!そなたもっ」

「皆々、お世話になり申した!ここからは振り返ってはなりませぬ!」

「猿っ!」

「行けええっ!」

 今川軍の密偵であった猿太夫は、今川義元を追ってやって来た織田軍の武士と忍たちと対峙する。猿太夫の親友である織田の忍、犬丸と1対1の対決。クナイや手裏剣、体術剣術の激しい殴り合いの末、猿太夫は親友の短刀を受けるのだった。

「猿、猿っ!猿太夫!!」

「お前には……まだ、すべきことがある。仲間を守れ。織田様と共に、この戦国の世を終わらせるのだ。そのために」

「そなたも共にっ」

「……捨ておけ。行くのだ。行くのだっ」

 猿太夫は大きく体を震わせると、まるで骨の一つ一つが体の中でバラバラになるように崩れて落ちる。そこからは腹も喉も胸も動かさない。親友犬丸は、泣き叫び、猿太夫の屍をおいて、仲間の後を追うのだった。


                ****


 舞台は映像作品とは全く違うものだということをつくづく感じる。俺は舞台の公演が始まり、幕が上がる度に死んでいる。猿太夫の死に方は、まるでおもちゃの人形が崩れ落ちるような動きだ。俺は毎回、舞台を照らすライトを見つめ、体を過剰に揺らして背を反らして、あえてバタンと音がなるように体を床に打ちつける。そうして息を潜め、目を閉じる。

 『竹林のライオン』では、死ぬ瞬間の映像は抽象的な表現になっている。映像では、阿武隈少年の振り下ろした金属バットが徐々に赤々と染まり始める。実際に俺が金属バットを振り下ろしていたのは人形だったが、振り下ろす度に、下で構えるスタッフが俺に血のりをかけてくる。あれは気持ち悪かった。

 舞台で死ぬことで一番しんどいのは、親友から短刀を向けられているということだ。向けられた切っ先を受け入れきれないのは、対峙する犬丸の、友達に刃を向けなくてはならないという悲しみ、苦しみ、怒りが伝わってくるからだ。

 猿太夫も親友に刃を向けるのは苦しい。向けられた短刀は、舞台の上では俺の脇に当てられるだけだが、犬丸に体当たりされた瞬間は悲しくて仕方がない。だけど、受け入れるしかない。痛みと死を。

 俺は施設までの道を自転車を引いて歩いた。蒸し蒸した空気が体を覆う。雲のよどみもない夜空を見上げ、はあっと息を吐き、すうっと空気を吸う。そうして自分の体の感覚を思い出す時、ようやく、死んだ俺は生き返る。舞台公演中、俺は毎日それを繰り返した。

 舞台が公演後期を迎えた頃、平日午後の部の公演の観客席に、富岡さん、歌子さん、琴次郎が肩を並べていた。舞台が終わると、3人は楽屋に来てくれた。楽屋のドアを開いた瞬間、勘兵衛さんの声が3人に突き刺さった。

「ぅ行かれよおっ!」

「行かれよおっ!」

「違う違うっ!行かれの前にクッとこう喉をつかえて。ぅ行かれえ」

「っ行かれえ」

 畳の上に正座する勘兵衛さんの目の前に、既に帰り支度の済んだ俺が正座している。膝の上で握られる拳には力が入り背筋がピンと伸びて、いかにも緊張しているようだった。勘兵衛さんは強い口調で「違う違う!」と繰り返した。そこに歌子さんが割って入った。

「ちょいとちょいと!カンちゃん、少しは手加減をしよ。唯我君は歌舞伎の”か”も触れてないだろうに!」

「何を言うか!歌子!役者は役者。できることはできて当たり前なんだ」

「もう、カンちゃん……」

「いいんです、歌子さん。ありがとうございます」

 そう言う俺はハァハァと息を切らせている。

「唯我君……」

「もう一度お願いしますっ」

 俺と勘兵衛さんの練習が再開すると、琴次郎は手に持っていた袋を背後に隠した。3人は静かに楽屋を出て、夜の街へと向かった。

 街の形をかたどるように、飲食街のビルは明かりを灯す。昼間の熱を残したアスファルトは、夜になっても絶えず走る車のタイヤに焼かれ続ける。人々の声、足音、どこかで鳴るクラクションが響く都会の夜は、まるで空が黒く染まっただけの昼間のようだった。琴次郎は富岡さん、歌子さんの後ろをついて歩いていた。

「何だい、琴の次。さっきから下ばっか向いちゃってさ」

「琴の次の持ってるそれは何だよ」

「これですか?これは……」

 琴次郎は袋を上げた。中には、A4サイズの冊子が一冊入っている。

「唯我君に渡そうと思って持ってきたんだろ。渡せなくて残念ねえ」

「いや、いいんです。タイミングではなかったし。富岡さん、歌子姐さん。今日はここでお先に失礼します」

「ここで?」

「これから夜の銀座に繰り出そうってのに」

「何だか、踊りたくなってしまったの」

 琴次郎は家の茶の間で和傘を開いた。クルリと回して下に傾け、視線を上げると肩に担いでターンする。これをもう一度繰り返した。

 夜の銀座に繰り出した富岡さんと歌子さんは、バーのカウンターでグラスを傾けカチンと鳴らした。

「ありゃ感化されたねえ」

「琴の次が唯我に?」

「そ。唯我君の姿見てたら、ジッとしてられなくなったのよ」

「いいことじゃねえの」

「そうね。あ、トミーにお願いがあるわ。これ、渡しておくわ。唯我君と一緒に来ておくれよ」

 歌子さんは巾着から封筒を出して富岡さんに渡した。富岡さんは中身を確認すると、「お、やったぜゲット」とジャケットの内ポケットにしまった。同時にタバコの箱を手に取り、箱から飛び出したのを歌子さんに傾けて見せた。

「いるか?」

「あら、嬉しい」


                ****


 舞台の最終日、全てが終わり幕が降りた舞台には、観客からの止まぬ拍手の音が降り続いた。カーテンコールに登場した全キャストの中に、右足にギプスをはめ、松葉杖をついて登場したのは、本来猿太夫を演じるはずだった俳優、中村照永さんだ。登場した瞬間、拍手歓声はより大きく膨らんだ。「よっ!待ってました!」という観客の声に答えるように、照永さんは松葉杖から手を離し、正面に腕を伸ばした。手首はぬるりと周り、大きな手の平が開かれると、首がぐるりと回って目は観客を睨んだ。その一瞬の睨みで、観客は息を止めた。

「我こそは尾張の忍!っぅうぇぇええんんだああゆううぅ!!」

 歌舞伎役者でもある照永さんの見栄は本物だった。隣に立つ俺は、照永さんの声で内臓が震えたのを感じた。本物の猿太夫が隣にいる。それが少しだけ悔しくて、しかし、とてもとても光栄なことに思えた。

 次の週、俺は富岡さんに誘われ歌舞伎を見に行った。舞台の上を埋め尽くすように紙吹雪が落ち、その中を一人のお姫様が傘を持って舞っている。風が吹いてくるように三味線や太鼓、笛の音がする。お姫様はシャンと鈴が鳴るのに合わせて体を沈ませ、くるりと回る。傘をひらひらと動かして顔を隠す。音もなく閉じた傘の下で、つむった瞳をゆっくり開けると、観客に向かって微笑んだ。それはとても美しいお姫様だったが、そのお姫様こそが琴次郎だった。

 舞台が終わると、富岡さんに連れられて楽屋へ行った。楽屋では、衣装やカツラを外した琴次郎がいた。顔から首、肩まで塗られたおしろい姿が、とても色っぽかった。

「唯我君。来てくれてありがとう!」

「すごい良かった。きれいだった」

「嬉しい」

 差し出された両手に手を伸ばすと、きゅっと軽い力で握られた。その手は冷たくて、俺の手より少し小さい。まるで優里子の手を握っているような気持ちになり、少しだけ照れくさくなった。

「おう、琴の次!相変わらずべっぴんだな」

「ありがとうございます」

 富岡さんの手を、琴次郎は両手で包んだ。すると富岡さんが「うわあ、冷たっ!」と驚いた。

「唯我、琴の次の手え冷たくて驚いたろ」

「はい」

「こいつ、本番前にあえて手を冷やすのよ。女になりすましたその手を、舞台の上で相手役に触れさせる。その瞬間、相手役の心を本気で奪にいこうって話よ。いやあ、女は怖えな」

 富岡さんの話にドキッとした。俺はまんまと琴次郎の手に引っかかるところだったのか!俺は驚いた。すごい。役のために手を冷やす役者がいるんだ。

「心はね、富岡さんのお好きなお金には変えられないのです。変えがたきを得るためならば、何とて利用いたします」

「すごいな、琴次郎は。俺には思いもつかなかった」

「私の女形は、いさみちゃんがベースなんだよ。唯我君に褒めてもらえるなんて、やったかいがあったもんだ」

 俺は「いや」と頭を振った。きっかけが俺の演じた勇だったとしても、その芸を自分のものにしたのは琴次郎だ。すごい奴がいる。俺の知らない歌舞伎という世界で、俺の知らない力を持った奴がここにいる。きっと、琴次郎や歌子さん、勘兵衛さんと出会わなかったら、こんな感動は得られなかった。きっと照永さんの猿太夫にも出会えていなかった。

「おい琴の次、あれ渡してやれよ」

「え?そうだなあ……」

「唯我、琴の次がお前に渡したいものがあるってよ」

「俺に?何?」

 琴次郎は冊子の入った袋を机の下から出した。袋の中から出てきたのは、高校のパンフレットだった。

「私が通う学校にね、通信制があるんだよ。芸能人やアスリートたちなんかは、この通信制に通ってたりするよ。先生に聞いてみたらね、通信制の人が普通科や芸能科の授業を受けてもいいんだって」

「通信制……」

 それまで通信制高校なんて考えもしなかった。俺はパンフレットをパラパラとめくった。夏休みの高校見学や、図書室にあった学校パンフレットをいくつか見ても、ピンとくることはなかった。しかし、渡されたパンフレットには、これまでで一番興味が持てそうな内容がいくつも書いてあった。

「唯我君の猿太夫を見た日ね、これを渡そうと思ったんだけどさ、余計なお世話かなと思って渡せなかったんだ……」

「サンキュ、琴次郎」

「本音を言えば、唯我君と同じ高校に通えたら、私はとても嬉しい」

「琴次……」

 琴次郎はふふっと笑った。化粧をする琴次郎はとてもキレイで、一瞬男だか女だかわからなくなる。役を作るって、こういうことなのかもしれない。見た目を変え、仕草を変え、心を変え、性別さえも変える。それを表現する。

「こういうの、久しぶりだ」

「こういうのって?」

「同世代の俳優から刺激される感覚……」

 もしかしたら、初めて樹杏に会った時以来かもしれない。高校のパンフレットに目を落とし、高校生活というものを想像した。新しい制服に袖を通して、琴次郎と並んで歩く。そこでしか経験できないことがたくさんあるのかもしれない。

「高校って、面白いかな」

 琴次郎は富岡さんと目を合わせ、口紅をのせた口角を上げた。

「きっとそうだよ」


                ****


 その頃、施設の職員室にいた優里子は、机の上のパソコン画面を睨んでいた。そこには猿飛舞台『桶狭間の忍たち』の特設ページが表示されていた。「猿太夫、代役はジェニーズJr小山内唯我」という見出しの下には、中村照永さんと並んで写る俺の写真が載っていた。

 今回の舞台は、誘ってもらえなかったな。優里子は不服だった。

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