第65話 家族の温もり

 樹杏が実家に帰るのは年に一度、年末年始だけである。しかし、11月の下旬、樹杏は珍しく実家の食卓にいた。コックの作った上品な香りと美しく盛り付けられた食事を見ても、樹杏は明るい表情をしない。相変わらず味気のない食事。楽しくない食卓。もっと味の濃いのが食べたい。ああ、「城」のご飯が恋しい。……施設での夕飯は、美味しかったなあ。

 樹杏は、優里子と俺と食べた夕飯を思い出した。工夫のないカレーライス、シンプルなサラダ、少し胡椒の強いコンソメスープ。樹杏が恋しく思えたのは、食事ではなく、誰かと一緒に食事をする温かい空間で過ごした時間だった。それが実家には一切感じられない。向かい合わせで一緒に食事をする父親は、相変わらず横に置いたパソコンにくぎ付けだった。

「かけたまえ」

 食事を終えた後、樹杏は父親の書斎のソファに腰かけた。壁一面を埋める本棚、金色の花が咲いているような蓄音機には、父親のこだわりが見たくなくても見えてくる。使用人が出した紅茶からは、マイペースにたゆたう湯気と一緒にいい香りが上がった。とても邪魔だった。

「何の話をする?話すなら端的にお願いするよ。次の公務があるんだ」

 自分の机にパソコンを置き、マウスを動かしカチカチ音を鳴らす。話をするつもりも何もないのがよくわかった。イラっとした時、頬にチクッと痛みを感じた。落ち着け。僕は怒鳴りに来たんじゃない。それに、僕は一人じゃない。

 樹杏は立ち上がり、父親のパソコンをたたんで閉じた。イラっとした顔を上げた父親を、俳優、大貫樹杏は穏やかな笑みで向かい打った。

「僕は今日、あんたと親子の話をしに来たんだ」

「親子の話だと?」

「今までしてこなかった話を、パパとしたいんだ」

 

                ****


『ウェルカムトゥエブリワン!聖夜の舞台へようこそ!』

 12月24日のドームの中は真っ暗で、レーザービームと大きなライトの光が、天井から床をグルグル回って照らし始めた。放送を聞いた瞬間、観客からワッという声がドームの中に広がった。

 トップバッターでステージに立つ俺たちは、両袖の影に立ち出番を待っていた。衣装は、千鶴さんが監督をしたジェニーズJrたちの映画で身に着けた青と赤の王子服だ。初めて付けたマイク付ヘッドホンは、嬉しい違和感を感じさせてくれる。俺はこれから、Y&Jで真ん中のステージに立つんだ。ステージに立てば、耳に直接曲が聞こえてくるし、マイクのスイッチを押せば、いつでも会場に自分の声が響く。まるで魔法の杖を手にしたように、胸はワクワクと脈打った。

 キラキラとして眩しい光がステージに降り注ぐ。今日、まだ誰の人影もないステージの真ん中に、最初に立つのは俺と樹杏だ。ふうっと息を吐く。ヘッドホンに流れ始めた曲は、衣装同様、映画で歌ったY&Jの歌だ。サビの手前から始まると同時に、頭の中でカウントを始める。1234……

『それでは参りましょう!今年初参加のジェニーズJr!Y&J!!』

 3歩の助走からロンダート。手をステージにつく一瞬、反対側の袖から走って来た樹杏の位置を確認して、床を両足で蹴り、樹杏とステージの真ん中でバク転しながら交差する。着地と同時にカウント4で樹杏とステージの真ん中で再会する。

 一瞬のハイタッチの後、すぐに右へステップを踏みターンを決めて、ピタッと正面で静止。腕を正面へ伸ばす。ヘッドホンから聞こえる自分の下手くそな歌声に合わせて口を開く。マイクに音は通さずとも、俺も樹杏も声を出した。

 視界の中は、スポットライトの強烈な光に包まれる。観客とのつながりは、熱気と歓声、遠くで波打つペンライトの光線だ。それを掴むように視線と腕を伸ばした。最後にY&Jの決めポーズを取ると、拍手が上がった。すぐにヘッドホンのマイクにスイッチを入れた。

『Y&Jでしたー!!』

 司会者の声の後、俺たちはマイクのスイッチをオンにした。マイクは俺たちの息づかいを端から端まで掴んで会場に響かせた。ゼエっという呼吸の音がした瞬間、俺たちは『あっ……』と声を出した。

『『ありがとうございました!!』』

『続いてはあ、C少年!』

 すぐにマイクのスイッチを切ると、両袖からC少年たちがステージに上がった。メンバーの聖君、貴之とすれ違う時、俺たちはハイタッチしながらアイコンタクトで無音の会話をした。

 俺たちはすぐにステージ袖から通路に入り、早足で移動した。

「終わっちゃった!早かった!」

「ああ。早かった!」

「明日もあるね!」

「明日もあるぞ!」

「唯我、明日はもっといいステージにしようね!」

「当たり前だろ」

 俺と樹杏は、拳を握った手の側面を軽く打ち合わせた。一瞬だった30秒を終えた俺たちは、熱を帯びたままクリスマスライブ最終日の25日を迎えた。ステージを降りた後、急いで荷物を抱えて裏口へと向かった。小池君の車に乗り込み、向かった先はイタリア大使館だ。


                ****


 ホールの頭上にはきらびやかなシャンデリア、大きな窓には赤いカーテンが下がっている。点々と設置された丸テーブル、シェフが作るクリスマスビュッフェが並ぶテーブルの間を、ドレスアップした外国人たちが歩き回っている。会場には優雅なクラシック曲がかかり、集まった人々は小さな声で囁き合っていた。中には小学生くらいのガキもいる。

 俺と樹杏はイタリア大使館に到着すると、ジェニーズのクリスマスライブの衣装のまま、すぐにパーティー会場であるホールへと向かった。通路には赤い絨毯が敷かれ、壁に寄せられた花束、立派な絵画が美術館の展示品のように点々と置かれている。まるでライブステージに向かうような気持ちにはなれなかった。ここはイタリア大使館で、ホールで行われている優雅なクリスマスパーティー会場だ。

「何か、これからライブに行くって感覚しないよね」

 樹杏が俺の思っていたことを言ったので驚いた。

「ああ」

 通路には、俺と樹杏の足音だけがトントンと響いていた。ただ前を見て、走るように歩く樹杏の横顔は、真剣というよりも、怒っているようだった。

 俺たちは時間通りに舞台袖に到着した。後は司会の進行に合わせて舞台に登場するだけだ。袖の暗闇に来て、俺はようやくステージに立つ意識を持てた気がした。初めての依頼は、クリスマスライブとはまた違った緊張感があり、隣に立つ樹杏は下を向いていた。

「やっぱり、大使の依頼は気が向かない?」

「……ううん。そうじゃないよ。期待してるだけ」

「期待?」

「パパに、僕の気持ちと意思はしっかり伝えたんだ」

 樹杏は実家の書斎で話をした時のことを思い出した。パソコンも電話も握って取らせないようにして、ドキドキ言う心臓の音よりずっと大きな声を出した。言いたいことを全部言った時、樹杏は舞台を一つやった後のような疲労感を感じた。

「樹杏にとって、ここにいることこそが幸せだということは、知っている。わかっている」

「なら、日本に残ってもいいんだよね!?」

「それでも、僕にも譲れない意思があるんだ。Jにとって、これは僕のワガママにしか思えないのかもしれない。そうなのかもしれない……」

「何だよ、それ。はっきり言えよ」

「僕に、君のことを、家族を守らせてほしい」

 大使の青い瞳が、同じ瞳を見つめて反らさなかった。しばらく見つめ合って、最初に反らしたのは樹杏だった。その時、樹杏は大使の曲がらない強い覚悟を感じた。

「……僕が何を言っても変わらないってことだね。わかった。もういい……」

「樹杏、僕は何も君に」

「見ててほしいんだ」

「え?」

「クリスマス、大使館でのパフォーマンスを。一番真ん中で、見ていてほしいんだ」

 樹杏は下を向く瞳を閉じて、グッと歯を食いしばった。舞台袖の暗闇が、深海の中に樹杏を閉じ込めたように、静かな苦しみと葛藤を与えた。

『さて、本日はクリスマススパーティーに相応しいスペシャルゲストをお招きしております』

 俺は樹杏の視線の前に拳を上げた。

「樹杏」

「何?」

「行こう。今年一番のステージにしよう」

「唯我……」

 樹杏も拳を上げると、軽く打ち合わせた。ステージのライトがバッと明るく光り、俺たちを照らした。

『では、登場していただきましょう!Y&Jのお二人です!』

「行くぜ、マイJ」

「うん。マイディアY!」

 光と拍手に包まれ、俺たちはステージの真ん中で構えた。曲は青春隊の「疾風」、そして、クリスマスライブでも踊ったY&J唯一の曲。「疾風」はステップとポジションチェンジの多い曲で、衣装の装飾が体の上でポンポン跳ねて、一緒に踊る。Y&Jの曲はポジションチェンジのない分、ターンが多く、映画の画面映えが意識された振り付けは視線の向きが細かく、前方へ腕を伸ばす動きが多い。

 スタンドマイクに手をかけて、正面へ視線を移した時、樹杏は大使の姿を見つけた。大使は会場のど真ん中に立っていた。その隣には、車いすに座る人がいた。赤毛の長い髪はくりんくりんとしていて、サイドにまとめられている。色白で、微笑む顔が樹杏の笑った顔にそっくりだった。

 自分が大使に言った言葉を思い出した。見てくれる予定のなかった人が、自分の姿を見つめて笑ってくれていることが信じられなかった。鼻の奥がツンとして、涙がこみ上げようとしたのを、樹杏は必死に抑えた。

 今は泣くな。ここは特別な、舞台の上だ!

 最後の決めポーズを決め、歓声と拍手を受け、俺たちのステージは終わった。


                 ****


 控室に戻り、根子さんと小池君と合流し一息ついていると、ドアからコンコンとノックする音が聞こえた。「お入りください」と根子さんが言うと、大使が現れた。

「皆さんグラツィエ!とても素晴らしいステージでした!ありがとう、ありがとう!」

 大使は満面の笑みで、根子さん、小池君、俺と握手した。そして、樹杏と握手した。

「グラツィエ」

「アテ……。どう、だった?僕たちのステージは」

「樹杏、素晴らしかった。唯我君も、とても素晴らしかった。よく頑張ったね」

 大使の言葉は、まるで幼稚園児のお遊戯会を褒めるような簡単な言葉だった。それでも、樹杏にとって大使の言葉はとても重かった。樹杏は俯いた。その肩は小さく震えていた。

「気づいたかもしれないけれど、今日はもう一人、ゲストを呼んでいたんだ。入りたまえ」

 大使が振り返ると、控室のドアが開いた。カラカラと車輪の回る音には聞き覚えがあった。ドアの向こうに現れたのは、車いすに乗る女の人だった。

「ママ……」

 樹杏が見つめるその人は、樹杏と同じくりんくりんとした赤毛を揺らし、青い瞳をまっすぐ樹杏に向けた。車いすが部屋の中に入ってくると、樹杏は立ち上がり駆け寄ろうとしたが、大使が伸ばした腕が樹杏を立ち止まらせた。

「パパッ」

「大丈夫よ、樹杏。今、そこまで行くから。待ってて」

 心配そうな顔をする樹杏が見守る中、樹杏の母親はゆっくりと立ち上がった。まるで頭の重たい赤ちゃんが、ゆっくりゆっくり前へ足を動かすように、慎重に、恐々と、母親は樹杏へ近づいた。ようやく互いに手を取り合うと、同じように目を潤ませて、同じ顔で笑い合った。

「ママ、歩いて平気なの?」

「ええ。ずっとベッドの上で生活していたからね、すっかり体力が無くなってしまったの。この間、ようやく立ち上がって、パパに手を取ってもらって、これくらいの距離なら歩いても怖くなくなったのよ」

「パパ、病院に来ていたの?」

「そうよ。でも、たまあにね」

 樹杏が顔を上げ大使を見ると、大使は視線を外した。樹杏には素っ気なく見えたかもしれない。しかし、俺や根子さんから見れば、大使の無表情の裏には、照れくさいのが隠されたように見えた。

「ねえ、樹杏。ママね、来年の夏にはようやく退院することになったわ」

「本当……?」

「年明けから、少しずつお家にいる時間を増やすつもりなのよ。ずっと、一人ぼっちにしてしまってごめんなさい。寂しい思いをさせて、ごめんなさい」

「……ママが謝ることなんて、何もないよ。良くなってきたってことでしょう?嬉しいよ」

「あなたがたくさん頑張ってきてくれたおかげよ。それから、パパが私のワガママを聞いてくれたおかげね」

「ママのワガママって何?」

「樹杏を守ってあげてほしいって」

 Y&Jの打ち合わせで大使館に来た時、一人残った樹杏は、大使に自分勝手な気持ちしか押しつけられなかった。その時、大使は確かに言ったのだった。

「J、君の身に何かあったらどうする。離れていては守れるものも守れない」

 そして、書斎で会話した時も言っていた。

「Jにとって、これは僕のワガママにしか思えないのかもしれない……。僕に、君のことを、家族を守らせてほしい」

 樹杏が否定したかった大使のワガママは、母親のワガママだった。

「僕にも譲れない意思があるんだ」

 家族をないがしろにしていると思っていた人は、もしかしたら、最も家族を大切にしていた人だったのかもしれない。樹杏は素直に受け入れられなかった。それでも、僕のことを認めてはくれない。きっと、これからもずっと……。

 すると、樹杏の母親は握っている樹杏の手をブンブン振った。

「聞いてよ樹杏。この人ったら、いつもヒドイのよ!」

「え、何が?」

「病室にお見舞いに来てくれたと思ったら、いつも病室には一歩しか入って来てくれないの。それで何て言うと思う?」

 母親は、ベッドの上で見る光景を思い出した。病室の奥に一つあるベッドの上で、大使が来てくれるのを待っていると、大使はドアから一歩入ったところで立ち止まり、決まって手を伸ばすのだ。

「早く来い。樹杏は自分の居場所を見つけたぞ」

「……」

「早く来い。樹杏は自分で歩く力を身につけて、どんどん行ってしまうぞ。置いていかれるぞ。早く、歩いて来い。いつもいつも、そう言うのよ」

 自分の居場所、それはきっと舞台の上だ。自分で歩く力はきっと、俳優としての自信だ。樹杏が、歩き始めた道を立ち止まるつもりがないことを、大使はよく理解していたのだった。

「だからね、ママも一緒に頑張りたいと思ったの。パパと、樹杏と一緒に、歩き出したいって」

 樹杏は耐えきれず泣き出した。赤いまつ毛を潤ませて笑う母親の顔が見られて嬉しかった。樹杏が思っていた以上に、大使は樹杏を理解していることが嬉しくて、そのことを自分が理解できていなかったことが悔しかった。樹杏の背を両親の手が抱きしめた。樹杏は初めて、素直に家族の温もりに触れていた。


                ****


 その夜、クリスマスライブのための宿泊荷物を背負い、施設の最寄り駅まで帰って来た。吐く息は白く、空気はとても冷たいが、体からは湯気が立っていた。巻いていたマフラーも上着も暑くてたまらなかった。

 駅前には、迎えに来てくれた優里子がいた。

「た、だいま……」

「あ、唯我!おかえり……。何、それ?」

「じ、樹杏だよ」

「ええ!?」

 俺は電車の中で眠った樹杏を背負い、二人分の荷物を肩からぶら下げていた。ゼエゼエ言いながら、樹杏を車に放り込み、水分を取りながら息を整えた。施設に到着し、樹杏を背負って2階に上がり、俺の部屋に用意してもらった布団に、樹杏を振り下ろした。もう一度上がった息を整えていると、スヤスヤ眠る樹杏にムカついて、満足そうに赤く染まる頬を思いっきりつねってやった。こいつ!人が必死に運んだのも気づかずに眠りやがって!!

「ちょっと唯我!ゆっくり寝かせてあげなよ」

 俺と樹杏の荷物を持って、優里子が来てくれた。「サンキュ」と荷物を受け取り、部屋の電気を消して廊下に出た。俺はふうっと大きく肩を下げた。すると、優里子が俺をじっと見つめてくるのが気になった。

「何?」

「今年はあんまり疲れてないの?珍しい。いつもクリスマスはバタンキューじゃない」

「ああ、まあ。今年はあんまり走ってないから……」

 いつものクリスマスライブは体力勝負で、疲れきった最後に猛ダッシュする。施設に戻れば一気に疲れが押し寄せて、ひどい眠気に襲われるのだった。

「疲れはしなかったけど、今年はいろいろあったから、頭の整理が追い付かない」

「いろいろ?」

「樹杏が初めてクリスマスライブに参加したこと、初めてメインステージに立ったこと。それから、樹杏と離れ離れになるってこと、樹杏の家族のこと……。いろいろあって、気持ちがいっぱいだ」

 優里子と顔を合わせると、少し落ち着けた。俺たちはそのまま階段へと向かった。

「私は今日、去年のクリスマスを思い出してたよ」

「去年?」

「うん。インフルエンザで寝込んでたクリスマスの夜、唯我が家まで来てくれた」

「……、覚えてるけど……」

 去年のクリスマスを思い出すのは恥ずかしかった。優里子に会えたテンションで、浮かれて自由に踊って飛んで見せたっけ。ガキくさい自分を自覚せざるを得なくて嫌だ。

「唯我、去年自分が何て言ったか覚えてる?」

「……いや」

 優里子は、その時のことをよく覚えていた。街の街灯はイルミネーションの一部のようにキラキラしていた。実家の1階のリビングからもれる明りが俺を照らすと、そこは特設のステージのようだった。自分だけのために用意されたステージの上で、笑顔で飛んで跳ねて見せた俺は、大きな声で言った。

「メインステージに立てるジェニーズになるって、そう言ったのよ」

「……」

「すごいじゃない、唯我!有言実行だよ!」

 俺は体に火でもつけられたように熱くなった。顔も耳の先もきっと真っ赤になってる。何でそんな、1年前に言ったことなんて覚えてんの?アホかよ。口元を手で隠し、優里子から顔を反らした。

「ねえ、唯我」

「何?まだ何かあるのかよ」

 優里子が俺の手を取った。立ち止まり、優里子に振り返った。

「唯我、誕生日おめでとう。おめでとう!」

 もう、今日はずっと頭の整理が追いつかない。ワクワクして、キラキラしてて、嬉しくて、切なくて、寂しくてたまらない。向けてしまった顔を、反らすことができなかった。

「……だから、もういっぱいだって言ってるだろ……」

 優里子の笑った顔を見ると、熱を生み続ける心臓の音が優里子にまで聞こえてるんじゃないかと思えた。手で真っ赤になった顔を隠すが、意味がない。クリスマスのイルミネーションのようにキラキラして見える優里子が眩しくて見ていられない。

「マジで、もう……ないで……」

「え、唯我。今、何て?」

 俺は優里子の頭に手を回し、肩にグッと寄せた。優里子の束ねた髪の毛が揺れた時、優里子の優しい匂いがした。

「そんな顔、他の誰にも見せないで」

 顔が熱い。胸が苦しい。見つめ続けられない。だけど、見つめていたい。矛盾す気持ちには、鳴りやまぬ音とこみ上げる熱があり、それが強い強い欲へと変わっていくのを感じた。

 しばらく経ってから、職員室のドアが開いた。施設長が顔を上げると、職員室に俯いた優里子がスタスタと入ってきたと思ったら、ストンと席に座った。

「優里子、お帰り。唯我と樹杏君は?」

「うん。さっき寝たよ」

「そう……」

 施設長は、ずっと下を向いている優里子の様子が気になった。優里子は顔に点った熱に心底困っていた。

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