第20話 初ドラマオーディション
初舞台を経験してから、俺は事務所で行われるダンス以外のレッスンを受けるようになった。その中でも、体、言葉、それぞれの特徴や形を活かして「伝わる」表現を身につける総合表現レッスンはとても難しかった。何が難しいかというと、とにかく恥ずかしい気持ちに勝たねばならない。
「ほら、唯我君!また視線が飛んでるよ。何がしたいの?」
「ええっと……、風で揺れる洗濯物を表して」
「全然、見えてこないっての!」
そう。とにかく課題がおかしいのだ!女優でもある女の先生はスタイルがよく、声が大きくて物言いがはっきりしている。レッスンを受けていたJr5人の課題は、風で揺れる洗濯物、雨の日の水たまり、夏祭りの金魚、テンションの高い迷い犬、溶けかけのアイスクリーム。何度も受けたことのある人でも、辛そうな顔してしゃがみ込んでいる。表現するときは一人一人が真ん中に立たされる。これがもう嫌でたまらない!
「僕は大好きだけどなあ。あの人の課題、いつも面白くて!」
事務所のエントランスで偶然会った樹杏に話をすると、樹杏は笑顔でそう言った。
「じゃあやってみろよ。風で揺れる洗濯物」
「オーケー」
樹杏は立ち上がり、椅子の背もたれに両手を置いて、腕、首の力を抜いて寄りかかった。しばらくすると、小さく波打つように背中が動いた。そこから布がたなびくように体中に波が起こった。体が斜めに起き上がり、ダンスのようにステップを踏み、滑らかに腕を伸ばし、腰をしならせる。時々眠たげな顔がのぞくと、これは洗濯物が風に心地よくなびいて揺れているんだということが伝わってきた。
「わかった。もういいよ……」
「途中で止めるなよ!もう!!」
そういう方法もあるのか。……負けたちくしょう!
樹杏は風で揺れる洗濯物を表現していた。悔しい気持ちと同じだけ尊敬する気持ちが上がった。こいつがすごい役者だということが改めてわかった。ムカつく。すげえことがムカつく。
「今日はもう終わりなの?唯我、帰るの?」
「そうだよ。今、優里子待ち」
「時間があるなら、僕とボイトレする?って誘おうと思ったの。この後、ちょっと打ち合わせがあるけど、その後で個人レッスンやるんだ。唯我なら大歓迎!」
樹杏のやるボイストレーニングに興味がわいた。しかし、迎えに来てくれる優里子の都合もあるだろうし。
「いや、優里子が来たら帰らなきゃ」
「いいじゃない。やってったら?」
その時、後ろから優里子の声が聞こえた。ビックリして振り返ると、車の鍵を指にかけてヒュンヒュン回しながら優里子が立っていた。
「ガキンチョが遠慮しないの」
ガキンチョじゃねえ。しかし、否定はできない。
「樹杏のボイトレは何時から?」
「打ち合わせ終わり次第だけど、約束は4時。ちょっと待ってもらうことになるけど、それでいいならやろう!」
エントランスホールの壁時計は2時半を指していた。
「優里子、時間は大丈夫?」
「平気。施設にも電話しとくから」
「じゃあ来る?来る?」
「うん」
樹杏は嬉しそうに笑った。その間、優里子は施設に電話をかけていたが、すぐに「大丈夫だって」とオーケーサインを出してくれた。
「J!打ち合わせ始めるよ!」
「あ、呼ばれた。んじゃまったねえ!」
樹杏のマネージャーの男の人が、遠くから樹杏を呼び、樹杏は手を振りながら俺たちから離れていった。
「さて、唯我。レッスンまで時間あるけど、どうする?」
「うーん……」
何も思い浮かばなかった。しいてすることを考えるなら、空き部屋でダンスの練習でもするかな。
「ダンスの」
「お出かけしましょう!」
俺の言葉に重なって、優里子からお出かけに誘われた。優里子は両手を後ろで組んで前かがみになって言った。その仕草がとても可愛いかった。
****
時計が3時を過ぎた頃、俺は女物の服屋さんにいた。カラフルでいろいろな形の服がたくさんぶら下がっている中に設置されたベンチで、試着室に入った優里子を待っていた。時々、お客さんが俺をチラっと見てくる。男が一人でこんなところにいたら、そりゃ変に思われるに決まってる。俺は優里子にとにかく早く戻ってきてほしくてたまらなかった。
「お待たせ。どう?」
目の前のカーテンがザザッと開かれると、花柄のワンピースを試着した優里子が現れた。楽しそうに揺れる裾に視線を落とし、足をふみふみと動かしている。まるでダンスのステップのようだった。
「何か言ってよ。変かな」
「ん、ううん。別に」
「別にって何よ」
俺はとにかく言葉に困った。「可愛い!」樹杏なら素直にそう言うのだろう。だが、俺には無理だ。「すっごい似合ってる。とにかく可愛い」それは「お前が好きだ」と告白することと同じことだ。
「あれ、唯我の顔、真っ赤だよ!熱出てきた?」
優里子が手を額に伸ばしてきたが、俺に触れて心臓のドキドキが伝わるのも恥ずかしい。目の前の手を振り払い、「大丈夫だよ!」と声を上げてしまった。優里子は首を傾げたが、すぐに鏡に振り返り、嬉しそうにクルクルと回っていた。
「うん。これ買おうかな。今度のデートに着ていこ!」
そう言って優里子は鼻歌を歌いながら試着室に戻り、カーテンを閉めた。俺のテンションは急降下した。
その後は、笑っている優里子を見るとイラッとしたが、買ってもらったフラペチーノは美味しかった。
「さっきから睨んでくるのはどうして?」
「別に」
「変な唯我。さっきから別にばっかり言う。せっかくのデートなのに」
ストローを加えてひたすら吸い上げ続けたフラペチーノを爆発させた。
「なっ!デ、デートじゃねえっ!」
「じゃあ何なの?」
机の上に両肘をつき、あごを乗せている優里子は、施設で一緒にいる時よりも近い気がした。じっと見てくるから、正面を向くと目が合ってしまう。俺はそっぽに目をやった。
「とにかく、これはデートじゃない」
「意味わかんない」
意識すればするほど、優里子の視線を感じる。何をそんなに見つめてるんだよ。
「……何だよ」
「今、目の前にいる唯我は私の知る唯我なのに、ライブで踊っていたり、事務所に慣れたようにいる唯我は、少し違う気がする」
「何それ。それこそ意味わかんねえ」
「少しずつ、大人になってるのかな。唯我も」
「当たり前だろ。早いところ大人になりてえし」
「……少し、寂しいな」
優里子は、目の前のコーヒーをさじでグルグルかき混ぜながら言った。うつむいて、長い髪がひらりと落ちる。その顔は、年上のお姉さんだった。
寂しいのは俺のほうだ。今の優里子は、俺からするとあまりに大人で、あまりにキレイだ。日々、距離を感じるのはこっちも同じだった。早く大人になりたい。大人になって、優里子と並ぶことのできる「男」になりたい。
どうしたら、こいつの隣に並べるような大人の「男」になれるんだろう。
****
12月中旬、俺は千鶴さんの紹介で受けたオーディションに来ていた。オーディションが開かれている部屋には、たくさんの女物の服が並んでいる。それは、優里子と行った女物の服屋のようだった。
「唯我君、いつでもいいよ」
室内にも関わらずサングラスを外さない監督、麻生さんの優しい声が聞こえた。俺は簡易的にカーテンで仕切られた試着室の中にいた。
無理。無理。無理!耐えろ。耐えろ。耐えろ!
心を決め、俺は試着室のカーテンを開けた。すると、長机に肘をつく大人たちからは、「おぉ」といううなずくようなため息がこぼれた。俺は、女物のワンピースを着ていた。恥ずかしくてたまらず、顔は真っ赤で、体がじとっと湿っている。
「どうしてワンピースを選んだの?他にもいろいろ用意あったよね」
俺は横目でチラっとたくさんの女物の服がある場所を見た。本当にいろいろな形の服があるけれど、はっきりいってどう着ていいのかわからない服ばかりだった。
「これが一番…、着たかったからです」
とにかく股がスースーするのが気になる。ワンピースだけは一着を首からストンと着れば良かった。着やすかった。
「一回、くるっと回って見て」
何で!?絶対パンチラするじゃん!
俺の気持ちとは裏腹に、メガネのエロオヤジはニヤッとして俺に熱のある視線を向けていた。俺はどうしたらパンチラをせずにくるりと回れるか考えた。想像したのは、優里子が試着室から出てきた時の様子だ。右手でスカートの裾を持ち、左手は太もも前に添え、小さくくるりと回った。スカートは俺が思っていた以上にふんわりと浮かび、止まってもふわふわと裾が揺れ続いた。ドキドキした。パンチラしてなかっただろうか。
「ありがとう。最後に、その洋服がとってもお気に入りだってことを表現してみて」
お気に入りの服を表現する?どうやって!?
俺は服にこだわりを持っていなかった。だから考えた。お気に入りの服、いや布。最近お気に入りの布といえば、インフルエンザになった樹杏を施設で面倒を見たお礼にもらった新しいバスタオルだ。ふわふわでもこもこで、あのバスタオルに顔を埋めた時の柔らかい心地ときたらたまらない。そうだ。このワンピースは、ふわふわバスタオルだ!俺は胸元を浮かせて、頬を寄せた。
「全然、見えてこないっての!」
頭の中に、表現レッスンの先生の声が響いた。あ、ダメだったかもしれない。
「はい、どうもありがとう」
パチパチと麻生さんの拍手がバラバラと聞こえた。
「合否については年明けに発表します。ちょっと待っててね」
俺は不安なまま、ワンピースの裾をぎゅっと握って立っていた。
「……ありがとう、ございました」
オーディションが終わってからは、クリスマスライブのためにダンス練習に明け暮れ、体力勝負のクリスマスライブ当日を迎えた。ヘトヘトのまま、いつの間にか年を越していて、お正月はゆっくり過ごした。
****
年が明けて2週目の月曜日。俺はこの日を、今までの人生で一番楽しみにしていた。キャリアウーマンにも、この日は絶対予定を入れないでほしいと事前に伝えていたくらいだ。それなのに、早朝にキャリアウーマンから電話があった。
「え、今日夕方のライブのヘルプ?」
『はい。前から今日だけは予定を入れないでほしいとは伺ってましたが、空きができたのが……、ジェットスターのライブなんです。唯我君が出たがってたジェットスターです』
俺は雷に打たれたような強い衝撃を受けた。そのまま即答した。
「行きます」
ジェットスターはダンスには定評のあるグループだった。そのバックダンサーになるためには、誰よりもダンスが上手くなくてはいけない。俺は毎朝の練習でも必ず踊るグループだったこともあり、もし機会があるならやりたいと、キャリアウーマンにお願いもしていた憧れのグループだった。
「行きます」と即答したものの、気持ちは全く晴れなかった。行きたくなかった。なぜなら、今日は優里子の成人式だからだ。
しかし、ライブ会場に来てしまうと勝手にスイッチが入ってしまった。キャリアウーマンはヒールをカツカツ鳴らしながら、急ぎ足でライブ会場を歩いた。俺も小走りで移動した。
「唯我君、今日は突然で申し訳ないのだけど、バックダンサーのJrが一人、インフルエンザになっちゃって、どうしても来れなくなってしまったの」
「振り付け、すぐ覚えます」
「ありがとう、唯我君」
キャリアウーマンが手を伸ばすと、俺は荷物を預け、さらに上着を脱いで渡した。ダンスシューズだけ持つと、俺は案内されたレッスン室へダッシュした。
****
参加予定のJrがこない午前中に、俺はライブの振り付け師からみっちりダンス指導を受けていた。ライブ本番まで時間がないという焦りと、今頃は振り袖姿を施設で披露しているであろう優里子の姿が見たかったという悔しさでいっぱいだった。だからなのか、汗を流しても、ポリカを飲んでも集中力は途切れなかった。
お昼前にはライブ会場でジェットスターたちのリハーサルが行われ、午後にはJrたちが集まった。その中に、偶然にも矢久間がいた。俺は舞台の一番後ろにポジションをつけられ、Jrたちとライブ会場でリハーサルを行った。
ライブ本番、俺は衣装に着替え、Jrの仲間と舞台袖にいた。隣には矢久間がいる。それだけで安心感が違った。
俺は落ち着いて、頭の中でカウントして、体をフラフラと動かして温めていた。出番を待っている間、隣の矢久間は浮かない顔だった。
「唯我、俺、明日オーディションなんだ。関西で活動しているJrグループでさ、今年の夏にはメジャーデビュー予定らしい。そのグループに加わるメンバーのたった一人を決めるオーディション」
「矢久間なら受かるよ。お前、アイドルっぽいもん」
ニッと笑うと、矢久間はライブステージの光の方へ顔を向けた。
「オーディションに合格したら、春からは大阪で暮らすことになるだろうから、今日が一緒に踊る最後かもしれねえ。今までみたいに頻繁に会うこともなくなるな」
ステージには曲が流れ始めた。矢久間の横顔がステージの光で照らされた。矢久間が新しいことを始めようとしている。別れは寂しいけれど、それ以上に、矢久間がステージに立つ姿を見るのは楽しみだと思った。
「なら、今日負かしてやるから、安心して大阪に行けよ」
「唯我、生意気。負けるかよ!」
Jrの先頭が動き出した。俺たちはお互いをにらみ合ってから笑い合った。袖を出た瞬間、それまで聞こえていた音が倍になり、一歩踏み出すと、真っ白なライトの光で溢れるステージへと入った。
****
施設に帰ったのは夜の9時過ぎだった。外はすっかり真っ暗で、電灯や外食屋さん、家屋の明かりに照らされた道には、真夜中のような雰囲気が漂っていた。
はっきりいって疲れた。集中力をフルパワーで使った気がする。本物のジェットスターたちを見る余裕なんてなかったけど、バックで踊るだけでも、これまで覚えてきた技を全部使ったので、体力も精神力も、今にも切れてしまいそうだった。眠くて眠くてたまらない。
キャリアウーマンの運転で施設の前まで来ると、キャリアウーマンは「ちょっと待ってて」と言い、スマホを取り出した。
「運転中にオーディション先から電話がきてたみたいなの。もしかしたら結果かもしれない」
「え、今!?」
オーディションとは、女装オーディションのことだ。それが決まれば、初めてのドラマ出演が決まるのだ。急に緊張した。そのおかげで目覚めてしまった。キャリアウーマンの顔が、耳に当てたスマホの明かりで照らされた。俺は背筋をカチコチに固め、両手に握った拳を膝の上に乗せた。
車を降りて、玄関で靴を履き替え、施設の職員室を覗いた。
「ただいま」
「唯我、おかえり」
そこには施設長しかいなかった。他の職員さんもいないし、優里子もいない。今日が終わるんだという気持ちになり、視線は無意識に下を向いた。
「ささ、まずはご飯食べよう。私も夕飯まだなんだ。よかったら一緒に」
「うん。腹減った」
施設長と二人で食堂に行き、並べられた夕飯を食べた。俺は施設長に聞きたいことがあった。
「ねえ、優里子はどうだった?今日は……」
帰ってきて、施設に優里子の姿を見ないのが寂しかった。本当は、振り袖を着て笑う優里子にすごく会いたかった。
「ああ、きれいだったよ。とってもね。唯我みたいにこんな小さかった子が、もうお酒も飲めるなんて驚きだよ」
「そうか」
聞いたことを少し後悔した。優里子は大人になったんだ。働けて、お酒が飲めるんだ。俺が成人を迎えるには、あと9年もある。その9年の差は、永遠に変わらない。余計寂しくなった。
食堂を出て廊下を歩いていると、偶然居間から抜けてきた佳代と会った。
「あ、唯君。おかえり」
「たーいま」
「ちょっと、来て来て」
佳代が手招きするので付いて行くと、何故か佳代の部屋に連れて行かれた。佳代の部屋はとても整理されていて、絨毯やクッション、布団も全部柔らかそうで、部屋全体がピンクっぽい。「女子の部屋」といった感じだった。
俺は紺色のブレザーにチェックのズボンを着せられ、最後に佳代にネクタイをつけられた。
「はい。出来上がり!少し大きいけど、問題なさそうね」
「あの、これは…」
「これね、駿君が小学校の卒業式で着た服なんだって。来年、唯君が卒業式でまた着る服よ」
同じブレザーを着る、幼い駿兄の姿を想像した。このブレザーを着た駿兄は、今の俺とどれくらい身長差があったんだろう。駿兄のおさがりの服が、とても立派で高価なもののように思えた。嬉しくて、胸の奥がむくむくと温かくなった。
「でも、どうして今着なきゃいけないんだよ」
「今日は特別な日だからよ。一緒に居間に行きましょう」
居間の前には見慣れないダンボール箱が2つ重なっていた。佳代は扉にノックをしてから、「唯君が来ましたよ」と声をかけた。中から「どうぞ」というクレアおばさんの声がすると、扉を開けた。
「唯君、どうぞ中へ」
言われるまま、居間に入った。せっせと何か作業するクレアおばさんは満面の笑みで「唯我君、おかえりなさい」と言った。さっきまで一緒に夕飯を食べていた施設長は、三脚のカメラを調整している。
クレアおばさんが離れると、そこに、椅子に座る振り袖姿の優里子がいた。白地にカラフルな花が川の流れのように上から下まであって、金色の帯が優里子の背中で花開くようにゴージャスにまとめられている。いつも大雑把に結ばれている髪の毛は、スタイリストさんが結んだようにきれいにまとめられ、白い花が耳元にさしてある。いつもより桃色に染まる頬と、白い肌に映える赤い唇、長いまつ毛の伸びる横顔には、大人の色っぽさがあった。
優里子が振り返った時には、俺の顔も首筋も耳も真っ赤っかだった。
「唯我、おかえりなさい」
「た、……いま」
俺は佳代に振り返った。佳代は笑顔で手を振ってから居間の扉を閉めた。
「唯我、優里子の隣に立って」
施設長がそう言うので、俺はゆっくり優里子に近づいた。一歩一歩、近づくたびに体が熱くなった。
「はい。写真取りますよー」
「唯我君、もっとこっちよ」
クレアおばさんが手を引っ張り、強引に俺を優里子のそばに立たせた。
「ふふ。唯我、緊張してんの?」
「して、ない」
「いいや、緊張してるよ。固いもの」
チラっと優里子を見た。ちょー可愛い。ちょーキレイ!俺は何をどうしたらいいのだろうか。頭のてっぺんから湯気が上がっている気がする。全身熱くて何も考えられない。
「ジェニーズで撮影なんかもしてるんでしょ?写真撮影なんて、唯我の方が慣れてるわよ。前の舞台の写真なんて、カッコよかったじゃない」
「かっ!!」
優里子の「カッコイイ」についつい反応してしまった。こんなに嬉しいなんて!……いやいや、それよりも!
「何でそんなの知ってるんだよ」
「だって舞台のホームページに載ってたもの」
「見たのかよ!?」
「見たわよ!唯我ジール!掲示は、ポリカの時に怒られたからしなかったけど、見る分には私の自由だと思うし」
キレイな格好が台無しだ。ふくれっ面で言い訳する、いつもの優里子だ。俺は顔をカメラの方に向けた。すると、優里子が静かに言った。
「この部屋ね、皆が手伝ってくれてきれいにしてくれたの。外にダンボール箱、あったでしょ?」
だから、見慣れぬダンボール箱があったんだ。それに、居間はとてもきれいになっていた。撮影のために、あるはずのものが片付けられていたんだ。
「成人式が終わって、ここに戻ってきてね、施設の皆で写真も撮って、一回振り袖も脱いじゃったのよ。そしたら佳代ちゃんが、もう一回唯我のために着てって言うの」
「佳代が?」
「うん。唯我と写真撮ってって」
俺は佳代の去り際の笑った顔を思い出した。
「そしたら、呉羽さんが着付けしてくれて、髪もセットし直してくれて。お父さんは三脚とカメラ用意してさ、唯我のこと、待ってたの。その間に、片付けで疲れた子どもたちは先に寝ちゃったわ」
優里子はカメラの方に視線を向けながら言った。俺のために、皆が協力してこの場を作ってくれたんだ。佳代、ガキども、施設長、クレアおばさん。皆がいろいろなものを運んで整理している様子が浮かんだ。
「ありがたいね、唯我。私たち、こんなに優しい人たちに囲まれてるんだね」
「うん」
その通りだ。皆、優しい人ばかりだ。
「私さ、短大卒業したら、4月からは正式にここの職員になるから、今日の感謝をたくさん返せるように頑張るね」
「うん。俺も……」
俺も、皆の優しさに答えられるよう頑張らなきゃいけない。立ち止まっていられない。悩んでる暇はない。精一杯、できることをやるんだ。
カメラに視線を戻すと、施設長が「いくよー」と声をかけ、パシャッとシャッターを切った。カメラを構えた施設長は、その姿勢のまま次の写真を撮ろうとスタンバイしている。その間、クレアおばさんが俺の髪を整えてくれた。「ありがとうございます」と言うと、クレアおばさんはふくふくの頬を上げて微笑んだ。
「唯我君の手、優里子ちゃんの肩に乗せて。こうね。あ、そうそう。そのままね。うんうん。きれいきれい」
脈が強く打つ指先が優里子の肩に触れると、余計に体がほてった。嬉しくて、恥ずかしい。
「はい、次撮るよー」
パシャッと音がする。施設長が「もう一枚」とカメラを構える。
「優里子、俺、ドラマ決まったよ」
「……え!?うっそ!」
「おい優里子、動かないの!」
施設長の呼びかけに優里子が座り直した。
「12月に受けたオーディションよね?合格したってこと?」
「うん」
「おめでとう。唯我、頑張ったじゃん!」
「優里子のおかげだよ」
これは本当だ。オーディションの時、優里子の仕草を真似したのは正解だった。
「まったまたあ。そんなこと言ったって、何も出ないぞ?」
「……十分だよ」
「ん?何が?」
優里子と目を合わせた。皆が準備してくれて、もしからしたら一生見られなかったかもしれない優里子の晴れ姿を見れたんだから、それで十分だ。
「何笑ってんのよ」
「笑ってない」
「笑ったわよ」
優里子がきれいで、好きでたまらない。
「はい、最後一枚撮るよ。こっち見てねー。はい、チーズ」
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