第6話 デビュー!

 時計が6時20分を指す夏の朝、居間でジェニーズのDVDを流しながら、俺はトントン音を立てて飛び跳ねていた。手を広げ、大きくステップし、ターンして決めポーズ。鏡に写る俺は汗だくで、長い髪を束ねて、足を広げて立っている。

  広げた手の先が、鳥の羽のようなつもりで伸びているか確認する。傾げる首の筋が長く伸び、濡れた髪が落ちてはりついてる。筋を流れた汗が硬く出る鎖骨を伝っていく。

 床に置いていたタオルを取り、頭から体をガシガシ拭いて、居間を出た。

「唯我、おはよう」

 シャワーを浴びようと廊下を歩いていると、食堂の手伝いをしている優里子が通りかかった。エプロンと三角巾をつけた優里子を見ると、いつもほっとする。

「はよ。シャワー浴びて来る」

「その前に飲みなさい。はい、お水!」

 優里子は目の前にコップを出した。朝からニコニコしている優里子の顔を見ただけで、体力が戻っていく。口元がふにゃっと曲がりそうになるから、タオルで隠した。

「サンキュ」

 受け取った水を一気に飲み、空のコップを優里子に返した。

「もうすっかり習慣になったわね。朝練」

「うん」

 つい2日前のことを思い出した。それは、夏休み明けの土曜日にあった事務所のレッスンからの帰りだった。皆が集まった居間で、俺はあることを打ち明けた。

「秋にライブ!?唯我が出るの!?」

 照れくさくて顔を上げられず、頷いた。

「事務所の人からチケットもらったんだけど、3枚しかなくて……」

 それは事務所の美人キャリアウーマンが手渡してくれたチケットだった。チケットを机の上に出すと、皆が「3枚!?」と体を前に乗り出した。文子と泰一はキャーキャー騒ぎ、佳代は抱きしめるチビの充留と「すごいねえ」と顔を合わせている。駿兄、施設長、優里子は「すごいすごい!」「すごいなあ!」「すごいじゃない!」と言い合っている。皆が盛り上がっている中、俺はとても言いにくいことを言うしかなかった。

「3枚だから、施設長と、優里子と、駿兄に来てほしいんだ」

「え?俺?」

 駿兄は驚いていた。同時に文子と泰一は口をそろえて「えー!?」と不満げな声を上げた。

「駿兄ずるい!」

「どうして駿兄なの!?私でもよくない?」

 二人が行きたがるのは予想していた。だけど……。

「俺がジェニーズになるって決めた時に背中を押してくれたのは、その3人だったから、今回はこの3人に来てほしいんだ」

「唯我……」

 優里子の小さな呟きが聞こえるくらい、あんなに騒いでいた二人は静かになった。それでも、泰一はムッと結んだ口をもごもごとしながら、我慢できずに大きな声を出した。

「じゃあ、次は僕行きたい!」

「私もー!」

 泰一に便乗して文子も手を上げて言った。我慢のできない二人が、よく我慢してくれたと思った。

「うん。次はきっと二人にも来てもらうよ」

 泰一と文子はわーい!と喜んだ。

「唯我兄ちゃん、絶対だよ!」

「絶対だからね!?」

 本当は、次がいつになるかなんてわからないし、次がないかもしれない。けれど、それを当たり前にあるように言うので、つい笑ってしまった。

「うん。次は必ず」

 次が必ずあるように、俺は頑張らなければならないと思った。


                ****


 初舞台が決まってから、放課後は毎日事務所のレッスンに行った。通常のレッスンはもちろん、舞台のダンスの振り付けを覚える特別レッスンがあった。特別レッスンでは新しい男コーチに見てもらい、丁寧に踊れていないと何度も怒られた。おかげでレッスンは予定時間より遅く終わることがよくあった。

 施設に帰るのが夜8時頃になり、俺が帰って来る時間を読めるようになった優里子は、施設の玄関先で俺の帰りを待つようになった。

「たーいま」

「……おかえりなさい」

 施設のガキどもはすっかり夕飯も食べ終えて、各々が自由に過ごす時間になっていた。俺はようやく夕飯だというのに、居間では泰一がギャンギャンと踊り狂っている。日常の騒がしい声が少しだけ腹立たしく思えた。思わず「チッ」と舌打ちをした。

「疲れてるからってイライラしないの。早く夕飯食べましょう」

 優里子は俺のことはお見通しであった。そのまま食堂に連れらて、俺がバクバクと夕飯を食べていると、俺の後で帰って来た駿兄も一緒に夕飯を食べ始めた。

「唯我、初舞台の準備はどうだ?レッスンもやって、朝練もやって、お前すげえなあ」

「うん。すごい大変」

 駿兄は嬉しそうに笑いながら、俺の頭を撫でた。

「俺はすっげえ嬉しい。唯我がとうとうデビューだよ!すげえよなあ」

「ホントそうねえ。感慨深いわ」

 優里子はふむふむと満足げに頭を揺らしている。その表情を見る度に、俺は優里子の「カッコイイ」の声を何度も思い出した。

「バク転もするんだ。見逃すなよ」

「していいならビデオ持ってくんだけどなあ」

「駿君、まるで子供の運動会にやって来る父兄みたいよ」

 駿兄は「しょうがないじゃん。嬉しくて」と毎晩繰り返した。それを聞くほど、俺は胸がぽわっと熱くなって、余計にやる気を出した。


               ****


 舞台当日、Jrたちは朝から事務所に集合し、バスで会場まで移動した。会場に到着すると、そこでようやく智樹と顔を合わせた。

「お!唯我、気合入ってるか?」

「うん。十分」

 智樹は「よし!」と笑顔で言いながら、俺の頭をポンポン叩いた。俺は今日、人生で一番気合が入っている。ライブに呼んだ3人に、今日まで頑張ってきた俺の姿を見せるんだ。それで、優里子に「カッコいい」と言ってもらえたら満足だ。

「楽しもうぜ。唯我!」

「うん!」

 ライブはその日の夕方に行われる。それまではリハーサルや、最終調整がされる。俺たちJrは立ち回りや、ライブ中の動き、流れを徹底的に確認した。それを監督するイケメンが、それはもう厳しかった。

『てめえコラ!ちんたら走ってんじゃねえぞお!下ろすぞガキ!本気出せやあ!』

「はいいっ!!」

 涙目でダッシュするJrたちは声を震わせた。

 イケメンは今日のライブをするジャックウエストのメンバーで、「じゅん君」と呼ばれていた。「純君」はライブの総演出を担当する人だそうだ。マイクを通して声を張り上げるので、周りのJrたちは「ひいいっ」と縮まっていた。

 Jrの並び順を確認すると、俺の前に立つJrが小6の背の高い奴だった。ダッシュされると置いていかれるし、その前の方が見えないから、突然立ち止まられると必ず背中に激突してしまう。

『おい、そこのロン毛!前と後ろの間隔くらい把握して動け!本番でそれやったら下ろすぞ!本気見せろ!』

「は…、はい!」

 全てにおいて『本気!本気!本気!!』と叫ばれる。しかし、本気でやらないと何もついていけない。本気ダッシュ。本気ダンス。本気ストップ!

 ライブ本番までまだ半日を残すというのに、会場の外でお昼を食べるJrたちは意気消沈であった。

「午後は通しでリハーサルだな。マジしんどい」

「純君以外のメンバーも来るよな」

 周りに「はああ」と重たい溜息が落ちている。確かに疲れたし、並び順最悪だけれど、俺にとってはそんなことどうでもいい。とにかく本番が成功すればそれでいい。それに、俺にはもう一つ楽しみがあった。

「それにしても、智樹はすげえな。あいつ、小6のくせに高校生とやるんだろ?」

「ああ、ソロダンスな」

 そう。俺はそれがとても楽しみだった!智樹は今日のライブで、ジャックウエストの人たちが舞台上で衣装をチェンジさせる一瞬、時間で言えばたった30秒間だが、その間、舞台の中央で踊るのだ。それも高校生と並んで!

「そろそろ始めるぞ!!」

 呼びかけに全員で「はい!」と返事をすると、各々動き出し、午後のリハーサルが始まった。


                ****


 まだ昼間の暑さが残る夕暮れ、女たちのガヤガヤとうるさいライブ会場に施設長と駿兄、優里子が到着していた。

「私、ライブって初めて」

「俺も」

「お父さんもだよ」

 3人は、まるで授業参観に来た保護者のような気持ちでいたので、周りの気合の入る女たちの勢いや熱にやられていた。同時に、3人して緊張していた。俺のことが心配で心配でたまらなかった。

「どうしよう。唯我が失敗しちゃったらどうしよう」

「優里姉、落ち着け。唯我ならできるよ」

「でもでも、あの子、人前に出る柄じゃないのよ。こんな大舞台だって初めてでしょうし」

「そんなの、唯我だってわかってるよ。マジで落ち着け」

「そうだぞ、優里子。唯我を信じて見守ることこそ、私たちの役目じゃないか。お父さんは、唯我のことを…しっかり見ているよ!」

 そう言う施設長の声は震えていた。

「お父さん!しっかりしてよ!」

「施設長もかよ!もうマジ勘弁してほしいんだけど」

 席に座った3人の不安は、会場内の薄暗さにあおられて膨らんでいた。施設長と優里子に挟まれる駿兄はドキドキしながらも、二人の姿を見て頭が冷えていた。

「こんな暗いんじゃあ、唯我見つけるのは難しいかもしれないね」

「いや、多分あの舞台からぐるっと続く道に来たりするんじゃないか?そうじゃなきゃ、こんな見はらし良い位置の席なんてもらえるかよ」

 その時、すっと会場の明かりが消えた。集まった女たちの大きな歓声が耳に響き、3人はカチーンと体が固まった。次に大音量の音楽が流れ始める。周りの女たちの歓声はよりボリュームが上がり、3人の体は余計カチコチになった。

 舞台の明かりが突然つくと、そこにジャックウエストのメンバー6人が現れた。その周りでクルクルと踊るJrたちを、3人は凝視した。

「いる?いる?」

「いやあ、わかんねえ」

 会場の上に設置される1台のモニターには、舞台に立つジャックウエストだけが映し出されている。3人は、舞台の隅々を動き回るJrをモニターやら舞台上の人影やらで追うことしかできていなかった。そこに俺はいなかった。

 すぐに2曲目が始まった。すると、舞台からぐるっと続く道にJrたちが現れた。Jrたちは猛ダッシュで定位置につくとしゃがんだ。

 ジャックウエストの6人は、歌いながら舞台からまっすぐ中央の特設ステージに伸びる道を歩き出した。

 Jrたちは頭の中でカウントした。3…2…1…!

 そしてJr全員でジャンプすると、同時に舞台からはキラキラと光る紙吹雪が飛び出した。会場からは、席が揺れるほどの大声が上がった。

「あ、唯我!唯我いた!!」

 最初に声を上げたのは駿兄だった。俺は3人の視線のまっすぐ先に立っていた。俺は踊ることに必死で、何も考えられなかった。本当は、視線を向ければそこに3人の姿が見えるはずだったのに、頭の中はただ体を動かすことでいっぱいだった。

「唯我が運動神経いいのは知っていたけど……」

「そうだね。こりゃ驚いた。すごいじゃないかい。想像以上だ」

「うん。本当に……」

 3人の目に写る俺は、リズムよくステップを踏み、両手をぐーんと伸ばし、背をそらせ、長い髪を揺らして踊っていた。周りのJrたちが笑顔で踊る中、余裕のない俺は真剣な顔つきで、誰とも目を合わせず、一人舞台のように踊っていた。

「唯我って、あんなに上手に、きれいに踊るのね。いつも見てる小さな姿が嘘みたい」

 優里子は俺だけをまっすぐ見ていて、頬をふわっと赤くして、嬉しそうに笑っていたことを、後になって駿兄から聞いた。

 俺を見つけた3人は、それまでの緊張がほぐれ、初めてやって来たジェニーズのライブを純粋に楽しんだ。

 そして、俺は舞台の裾に智樹と控え、今か今かとバク転の準備をしていた。

「お前の夏休みの成果が出るな。頑張れよ!」

 智樹が小声で言った。俺は頭の中でカウントしながら「うん」と返事した。智樹は俺の緊張と集中を察して後ろに引いた。俺が出れば、次は智樹が出て行く。

 曲を聴きながら、タイミングを計る。そして舞台の6人が衣装チェンジのためにすっと後ろに引き始めた。今だ!

 同じタイミングで反対側の裾からも一人バク転する男がやって来た。2ステップ、ロンダート、続けて大きくバク転!

「優里姉、見えてっか!?」

「え!?」

 ロンダートから地面を強く押すように後ろにジャンプした時、優里子はようやくそれが俺だと気づいた。手を伸ばし、視界が反転し、まっすぐ伸びる両足が空を突き上げ着地する。俺はその勢いのまま裾に戻って行った。優里子は言葉が出なかった。駿兄の腕の裾をぎゅううっと握りしめて固まった。

「ははは。優里姉、驚きすぎ。また固まってるじゃんか」

 駿兄が優里子の肩を持って体を揺らすと、優里子は揺れるままに頭を横に揺らしていた。それを見て駿兄は可笑しくてたまらず、声を殺して笑った。

 俺はというと、勢いあまり裾に入った瞬間、体がコロンと回って先輩Jrに体当たりしてしまった。

「バカ唯我!大きな音立っちまったらどうすんだよ!痛ってえなあ」

「す、すみません……」

「軽すぎるんだよ、お前。もっと食って大きくなれ」

「はい。すみません」

 俺は先輩Jrに足を持たれ吊り下げられていた。両手を床につき、体を起こすと、舞台上の智樹の姿が目に入った。横からの姿でもよくわかる。智樹の振りは一つ一つ丁寧で、体の隅々まで神経が行きわたってるみたいにのびのびとした動きだった。

 表情はとても楽しそうな明るい笑顔。汗がキラキラと光ると、智樹のイケメンがより引き立てられるようだった。

 あっという間のソロダンスは終わり、智樹は汗だくで裾に戻って来た。他のJrたちとハイタッチする流れで、「おい、唯我!」と両手を上げた。俺はその大きな手のひらにタッチした。

「大・成・功!唯我のバク転完璧だった!」

「あ、ありが」

 すると、俺を受け止めた先輩Jrが「いやいや」と言い出した。

「唯我、勢いあまって俺に激突してきてっから」

「え!そうなの!?ウケる!」

 周りに控えていたJrも大人もクスクスと笑った。俺は顏を真っ赤にした。

 俺の出番はこのバク転までだった。それからライブは順調に進み、トラブルもなく大盛り上がりのまま、終演となった。


                 ****


「今日の舞台だけど、お前ら……」

 すっかり夜空の広がる外では、ジャックウエストの純君が解散前のJrたちの前で仁王立ちしていた。皆は怒られると思ってドキドキしていた。

「本番が一番よかったじゃねえか!お前のせいで、今日のライブすげえ気持ちよかったよ!ありがとな!」

 思わぬ言葉にJrたちは目をうるうるさせて、頬を赤くした。「純君!」「純君!」と声が上がると、純君は「良くやった。もっと上手くなれよ!」と声をかけた。

「これが純君のいつものやり方なんだ。リハーサルではすごい厳しいのに、全部終わるとすげえ優しくなるの。ふふふ」

 隣にいた智樹が小さな声で教えてくれた。確かに、先輩Jrたちの中にはクスクスと笑っている人が何人かいた。

 俺はそれが「純君のやり方」だとは知らなかったから、かけてくれた言葉が単純に嬉しかったし、純君が優しい人なんだということを知った。なるほど。純君は厳しいのに、嫌われないわけだ。

 解散をして、智樹も他のJrたちも帰っていく中、俺は「唯我!」と声をかけられた。振り向くと、そこに施設長、駿兄、そして優里子がいた。俺は本番前より緊張した。

「皆……」

 最初に近づいて来た駿兄は嬉しそうな顔をして俺の頭を両手で撫でまわした。

「すげえよ唯我!俺、感動した!」

「うんうん。すごかったよ、唯我。上手だった。頑張ったね」

「駿兄、施設長。サンキュ……」

 俺は嬉しくてたまらなかった。駿兄の両手が頬を撫でたけど、思わず駿兄が「熱っ」と笑ったくらい、俺の顔はほてっていた。

「おい、優里姉。何か言ってやれよ」

 優里子は俺の前までくると、じっと俺の顔を見つめた。緊張した。心臓がバクバク鳴る。

「唯我、私あんたのことなめてた。ぶっちゃけ」

「は?」

「もう、すっっっごいカッコよかった!!上手だった。全部全部!」

 優里子は俺の手を胸の前でギュッと握った。今まで一緒に過ごしてきた中で一番顔が近かった。

「あんた、あんなにダンス上手だったの?バク転なんて、ホントにすごかったもん!まるで知らない人みたいだった!本当に、カッコよかったよ!唯我!」

 俺は固まってしまった。優里子は下から覗き込むようにして「唯我?」と呼んだが、俺は胸がいっぱいで、眉間に力を入れないと涙が出そうになった。

「優里子……」

「ん?」

「まだまだだから、また見に来いよ」

「うん。もちろんよ!」

 俯いて視線をずらして、小さな声でしか言えなかった。情けない俺。

 もっと優里子の喜んだ顔が見たいし、声が聞きたい。いつか、智樹のように舞台の中央で踊れるくらいダンスがうまくなったら、誰よりもカッコイイと思ってもらえたなら、その時は、俺のことを好きになって欲しい。

「私が唯我の、一番最初のファンだからね」

 その笑顔が元気をくれる。俺はこの時、優里子への気持ちをはっきりと自覚した。俺は、優里子が世界で一番大好きだ。


               ****


 週明けの学校で、大沢が「ねえ、ねえ」と話しかけてきた。

「バク転、できるようになった?」

「うん。なった」

「じゃあ見せて!」

「先生から、バク転をする時は、先生のいる時にしなさいって言われたから、簡単に見せられない」

「なんだあ。楽しみにしてたのに」

「いつか見せるよ。約束だし」

 大沢はぐっと前のめりになり、顔を近づけた。まじまじと俺を見つめるので、驚いた。

「何だよ」

「唯我、何か変わった感じがする」

「……何も変わらねえよ」

「ううん。前より、明るくなった?5mmくらいだけど」

 5mmって、そんな変わらねえじゃねえか。大沢はふふっと笑うとどこかへ行ってしまった。

 俺は何か変わったか考えた。その時、視界のすみでバカとアホが俺をじっと見ていることに気が付いた。前は、その二人の目が俺を見ていると感じるだけでとても嫌な気持ちになって、ポケットの中のカッターに手を伸ばした。けれど、今はほっとこうという気持ちの方が大きい。それに、こっちが何もしなければ、あいつらも手出ししてこないことがわかった。

 何かが変わったとすれば、カッターを持ち歩かなくなったことくらいかな。


                ****


 その頃、事務所にいたキャリアウーマンの下を訪ねてきたカメラマンがいた。

「ああ、所澤さん。いつもお世話になっております」

「ちょっと聞きたいんだけど、この子、名前は?こないだのジャックウエストのライブでJrの中にいたんだけど」

 所澤と呼ばれる男は、一枚の写真をキャリアウーマンに渡した。

「唯我……。小山内おさない唯我という、ジェニーズJrです。まだ新人ですけど」

「小山内唯我。へえ……」

 所澤の口元がニヤリと曲がった。

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