第34話

「えええええええっ!」

「え、驚くとこ、そこ?」

 あまりに衝撃的な発言に心底驚いた僕だったが、とうの本人である櫻井は僕が驚いたことに驚いていた。

「だって、もう五年以上前から賞誇会とは縁を切ってるって……」

「初めて勧誘を受けたのって六年くらい前じゃなかった?」

「ええ~……そういう」

 わざとやっているとしか思えない話術(?)だった。数か月間は入信していたのか。てっきり僕は、あの日櫻井が中津川の勧誘からどのように逃げ切ったのかについての話をしているものとばかり思っていた。

「まあ半年くらいで辞めたし、ほとんど入ってないようなものだって。お金も、一円だって彼らのためには使わなかった」

「教会までの移動費は?」

「自転車」

「うわーおストイック……」

 櫻井はイカリングを渦巻き状に並べて、次に等間隔に並べて網状の平面を作り、最後に文字で自分の名前を作ろうと並べ始めて諦めて、食べ物で遊ぶことを止めた。具体的には食べ始めた。

 どうやら「櫻」の文字で挫折したようだ。

 それからは、就職しての三年間、お互いに何をしていたのかについて話した。僕は教員の多忙さと生徒を教え導くことの楽しさを、櫻井は原発の功罪について話した。櫻井が電力会社に勤めているという僕のあやふやな記憶は正しかったようだ。櫻井は電力会社で広報を担当しているらしい。原発の仕組みについて詳しいわけだった。

 久しぶりの再会ということもあって、積もる話はなかなか終わらなかった。それぞれ全く違う職種の人間なので、大学時代とは違ってそれぞれの立場から意見が出るのも話が尽きない理由の一つだろう。一つの話題について話す量が、単純計算二倍になったように思う。

 しかし、いかに会話が楽しくとも、いずれは時間が来る。会話を終えざるを得なくなってしまう。大学時代は朝までコース一直線だっただろうが、今はお互いに仕事がある。社会人としての節度を保たねばならなかった。

 結局、スマホのアプリで行った久しぶりの将棋は僕の三戦全勝で終わった。櫻井が新しい手を模索しようとして勝手に自滅した感じだった。しかし櫻井は敗北を悔しがりこそすれ、試してみた手を後悔することは一度もなく、心から将棋を楽しんでいるようだった。

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