第33話
「まっさか~! もう五年以上前から縁なんて切れてるよ。疑ってたの? 僕がスーツ姿だというだけで?」
「いや、ホント面目ない……」
僕の抱いた嫌な予感はあっさりと打ち砕かれた。そもそもの話、数年前に賞誇会という宗教団体は既に解体していた。度重なる暴力事件と、圧倒的なカリスマで会を指導してきた白鷺会長の死による、自滅だったらしい。その後、賞誇会所有の教会から禁止薬物が発見されたことで、解体は決定的なものになったということだ。宗教団体が薬物を所持していたというニュースは僕も聞いた覚えがあったが、それがまさか櫻井を勧誘した団体だとは思っても見なかった。話を聞けば滅ぶべくして滅んだんだなという感想しか起こらないが、物事の終わりというのは、何であれ、どこかもの悲しさを帯びているものである。決して同情なぞしないが。つまり、櫻井への疑いとは、不勉強な僕が自分の妄想に突き動かされて起こした、一人相撲だったということになる。恥ずかしいことこの上ない。
櫻井はそんな僕には構わずに群馬の地酒を注文している。赤城山という、富士山に次いで裾野が長い(簡単に言えば横に長い)山で磨かれた名水は酒造りにもってこいだとかなんだとか、ぶっちゃけ僕にとっては興味のないことを呟いている。櫻井には悪いが、僕は群馬になぞ何の関心もない。
「それで……あの日、市ヶ谷駅には行ったの?」
「行ったよ。パンツスーツの女性が来た」
櫻井はイカリングを並べて幾何学模様を作ろうと息巻いて、袖まくりをする中で答えた。
………………。
…………。
……。
それからの数分間を、櫻井はあの日何があったのかを説明するために費やした。その日櫻井に接触したのは加藤や丸山ではなく、例のパンツスーツ姿の女性で、彼女は群馬出身だったこともあって櫻井の入信申請書の嘘に気づき、櫻井をつけて住所を特定していたこと。櫻井はパンツスーツの彼女――中津川の新小岩にある家に連れられ、一緒に礼拝をしたこと。見事に櫻井が抱えていた悩みを白日の下に晒し、さらにはその原理さえも解き明かし提示したこと。
そして、
「何か中津川の言葉に感動して、教会に通うようになった」
と、櫻井は数分間に及ぶ演説を、そう結んだ。
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