第32話
大学を卒業して、三年が経った。少しでも就職や何かの役に立てばと思い履修した教職の授業だったが、教育実習を通して生徒たちと触れ合い、教えることの楽しさに目覚めてしまったのが全ての始まり、僕は気がつけば教員になってしまっていた。教員の仕事量の多さが問題視されていた時よりもさらに子供は減っているというのに、そのころよりも仕事が多いのではないかと考えてしまうのは、さすがに被害妄想か。教職という仕事は真っ先にAIに取って代わられるらしいが、出来るのならばとっとと実現して欲しい。そして僕たち教員の負担軽減に一役買ってほしい。仕事なんていくらでもある。保護者対応とか、部活指導とか、保護者対応とか、あと保護者対応とか。
ともあれ、そんな感じで僕は新米教員なのである。櫻井はどうだっただろうか。確か電力会社に就職したとかしなかったとか。いや、今朝上野駅で見かけた櫻井は黒色のスーツを着ていたことだし、就職してはいるのだろう。さすがにリクルートスーツだったというオチはあるまい。
「あ……」
勤務する学校の最寄り駅である南千住駅から常磐線を伝って日暮里駅に着いた辺りで、そういえばと、あることを思い出す。
まだ大学の一年だったころ、櫻井が宗教の勧誘を受けたことがあった。念のためとして櫻井は僕にLINEで助けを求めたのだが、特に危険な目にあったということもなく、それに安心して、僕もそれ以降あまりその話題に触れることはなかった。しかし、僕は一度だけ彼が勧誘されたという宗教団体について調べたことがあった。何度か暴力的な事件を起こしているという情報に混ざって、ほんの一行、スーツ姿で執拗に勧誘してくるとインターネットの百科事典には書いてあったのだ。スーツに思考が及んだ途端、数年前の記憶から思い起こされた。
「……まさか」
かつての学友に対して、嫌な想像をしてしまう。果たして、櫻井はあの後完全に賞誇会から縁を切ることに成功したのだろうか。足を洗うというのは言い過ぎにしても、繋がりは完全に断ち切れたのだろうか。詳しい名前は思い出せないが、なにがしかの書類を書かされた時に、とっさに名前と住所と電話番号は偽のものを書いたと櫻井は言っていたが、それで彼は賞誇会を完全に騙しきれたのだろうか。もう一度団体の人が市ヶ谷駅に会いに来るとも言っていたらしいが……あの好奇心旺盛な櫻井が、それに出向かなかったとでも?
もし仮に櫻井がまだ賞誇会と繋がっているとしたら、どうなる? 詳しくは分からないが、宗教団体の人がわざわざ人と関わりを持つ理由は、おそらく一つ。
僕は今朝櫻井につかまれた袖の部分をなでる。
もしや、櫻井は僕を勧誘しにきた?
「まさかね……」
先ほどまでの思考を笑い飛ばす。日暮里駅で山手線に乗り換えて秋葉原へ、そこからは中央線に乗る。四駅進めば、そこは懐かしの市ヶ谷駅である。
僕は念のために、かつての櫻井を見習って、LINEで親しい人に連絡を入れておいた。
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