第16話

 それからの三十分間は、その日のうちで最も楽しい時間となった。これほど好奇心を刺激された経験は久しぶりだ。社会人が、学生が、男が、女が、日本人が、外国人が、皆一様にわけの分からぬ言葉を唱え、わけの分からぬ信仰にとりつかれようとし、あるいは既にとりつかれているのだ。現実にはありもしないものを妄想し、創り出し、それを心の拠り所としているのだ。しかも、それらを共有認識上で! 個人ではないのだ、彼らは、いや僕たちは、複数で、集団で、共通して共有された同一の超常存在を創り出しているのだ。

 僕は今、新たな神の誕生という神話の一ページを編む一人なのだ!

 ………………。

 …………。

 ……。

 というのは嘘で、僕は三十分間、ずっと、僕たちの前で礼拝を先導しているパンツスーツの女性のお尻を眺めていた。なるほど正座をすると身体の、特に下半身のラインがよく見えるものである。うっすらと見えるV字の線はもしや下着のものだろうか。

 好奇心をかつてないほど刺激され、最も楽しい時間であったことは否定しないが、どんな刺激であろうと三十分も続けば人は飽きるのだ。むべなるかなである。

 隣の加藤は(一礼するタイミングが何回かあるのだが)額が畳についてしまうのではないかと心配になるほどの勢いで頭を下げている。もう一つ隣に座っていたぼさぼさの髪の男もまた同じように……そんなに頭を下げて、彼らはパンツスーツの女性の尻に興味がないというのか。

そういえば、加藤はまつ毛も長く、いかにも二丁目にいそうな顔だということに今更ながら思い至った。僕は気づかれないようにそっと加藤から距離をとった。がしかし、加藤は事あるごとに礼拝の進行について説明をしようと僕に近づいてくるのだ。ヒィ。

 それにしても、パンツスーツの女性を眺めることについてだけは、三十分が経とうと一向に飽きてくる気配は起きてなかった。

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