第15話
しばらくすると、正面左の入り口からスーツ姿の女性が入ってきた。スカートではなくパンツスーツである。髪は一つにまとめて後ろで結っている、ポニーテールというやつだった。
何というか、人を不快にさせない顔だった。化粧は厚いわけではなく、後になって思い出そうとしても、ただ美人だったという印象だけしか記憶に残らないような、飾らない顔だった。
「桜井崇さん」
「はい」
入信申請書と思われる数枚の紙を手にして僕を探すその女性に応えたのは僕ではなく、隣に座る加藤だった。別に彼女に見とれていたからとかそんな理由ではない。本当にそうかと問われたならば一瞬たりとも見とれてなどいなかったなどと言い切れはしないかもしれないが、単純に、僕は「櫻井崇人」なのであって「桜井崇」ではなかったというだけのことである。小説を書く際のペンネーム以外に他人を偽るという経験はなかったので、反応が遅れたのだ。
結局返ってきた入信申請書はそのまま加藤のカバンに吸い込まれたので、別に支障はなかった。
手元にあったすべての入信申請書を返し終えたらしい彼女は、スピーカーの電源を切ると、その上に置いてあったマイクを手に取り
「それでは、三時半の礼拝を始めさせていただきます」
と、仏像の正面、あらかじめ敷かれていた座布団に座った。
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