第9話
「実は櫻井くんに聞きたいことがあって」
加藤は手を顔の前で組み、ややテーブルに身を乗り出しながら、そう切り出した。
「僕、ずっと疑問に思ってることがあって、会う人みんなにおんなじことを聞いてるんだけど」
てっきりアダルトゲームの話でもするのかと思っていた僕の淡く儚かった期待は、この時ようやく消滅した。
「ほら、小学校のころからいたでしょ、クラスに一人は。リーダー的な存在が」
「まあ、それは」
「僕はずっとそんなリーダーになりたくってさ」
もしかすると、加藤が人から聞かれたわけでもなく自発的に自分のことを語ったのは、これが初めてだったかもしれない。
「櫻井くんは、リーダーになるやつと、なれないやつとの違いって、なんだと思う?」
「さあ……」
「ずっと疑問なんだよ」
いかに加藤にとって大きな疑問であろうと、僕には興味のない話だった。当時の僕の心境を限界まで細かく思い出そうとしてみたが、落胆以外に何の感情も抱かなかったことが分かっただけだった。
「櫻井くんって、女の子と話すの苦手そうだよね」
ぶち殺すぞてめえ。
「たとえば、リーダー的な存在って、女の子と話す時だってきっと臆するなんてことはないよね? だってみんなのリーダーなんだから。そう考えてみると、どう? 櫻井くんだってリーダーになりたいとか思ったことあるんじゃない?」
ごめんね、よくこういう話を人にしちゃって怒られるんだけど……失礼だよね――と、加藤は頭をかきながら、乗り出していた体を引いて背もたれに背をつけた。一瞬場の空気が若干穏やかなものになった。あくまで一瞬だが。
「櫻井くんの女の子のタイプってどんなの?」
「さあ、特には」
「じゃあ、エロゲーのキャラクターで好きな人はいないの?」
「いや、三次元と二次元では違うでしょ!」
とここで、ようやくというか、久しぶりに丸山が口を開いた。今の今までちまちまと付け合わせのコーンの粒と格闘していたというのに。
「え、そういうものなの?」と加藤。
「さあ、人それぞれなんじゃないですかね?」
エロゲーにも話が飛び、ようやく僕の期待した本題に行くのかと思われたが、そう単純な話ではないのがこの物語だった。
それからというもの、またあの秋葉原での会話のように、加藤とのLINE上のやりとりのように、やたらと僕へと質問が飛んできた。
がしかし、それがお互いにとって有益な会話になったのかと問われれば、誰もかれもが首を横に振らざるをえないだろう。
「好きな本は?」
「さあ」
「好きな小説家は?」
「さあ」
「好きなゲームは?」
「さあ」
「好きな映画は?」
「さあ」
「趣味は?」
「そりゃエロゲーでしょ」とは丸山の茶々。
「読書と小説を書くことと東京観光ですかね」
「じゃあ一番良かった東京の観光スポットは?」
「さあ」
………………。
…………。
……。
「話にならない!」
加藤は叫んだ。
「櫻井くん、さっきから全然自分の好きなものの話、しないじゃん!」
それはそうだ。
僕はエロゲーの話をするつもりで来たのだから。
大体、女の子と話すのが苦手だとか、あからさまに人を見下すような発言をするやつに、どうしてそうやすやすと心を開けるとこの男は思うのだろうか。というよりも、どうやら僕はなかなか加藤と丸山に対して心を開いてはいなかったらしい。
「きみ、よく不思議な人って言われない?」
「いえ、別に」
加藤は腕を上げてややオーバーリアクション気味に「お手上げ」といった風を表現した。
「この作品が最上の一品! なんて、そんな風に一番を決めるのが性に合わないんですかね。人の感情なんて、それこそ時と場合によって簡単に変わりますし」
これを一番って決めると、どうしてもその作品を、逆の意味で差別することになりますから――とは、やや話がこじれるので胸の中にとどめておいた。
「いや、きみは不思議な人だよ……」
僕からすれば正直、わけの分からぬ理由で人を呼び出しておいて、リーダーだなんだの話をする加藤のほうが明らかに不思議な人だったが、これもまた胸の内にしまっておいた。
僕は不思議な人なんかではなく、分別のつく常識人なのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます